小説 | ナノ


1.



オレがリボーンさんと知り合ったのは今年の夏の終わり。

学校で職場体験学習があり、たまたまリボーンさんの経営する会社で一週間働くことになった。
その時に何故かリボーンさんに見初められたオレは、今では恋人同士という枠の中に収まっている。
いつの間にか母さんに挨拶をしていて、一緒に暮らすことまで許可を貰っていた手際の良さに驚く暇も無く、あれよあれよという間にこの高級マンションの最上階に住み始めて二週間が経った。
たまに強引過ぎて付いていけないところはあるけど、そこに惹かれたのも事実。
自ら進んでしたことなど無かった炊事をするようになったのもリボーンさんに喜んでもらいたいからで、そんな自分は相当惚れているんだなと自覚したのはつい最近のことだ。

昼間、リボーンさんから「今日は早く帰れる」との連絡を貰ったので、オレは鍋の準備をしながら帰ってくるのを待っていた。
オレが体験学習をした会社以外にも幾つか会社を持っているらしくて、忙しいリボーンさんはあまり休みという休みが無い。
それでもオレの為に帰宅時間を早くしてくれているので、なんとか二人で居られる時間もあった。
そんな時間にお互いの色んなことを話すのがオレは大好きだった。
まだ知らないリボーンさんの色んなことがどんどん知れるのが嬉しいのだ。
今日はどんな話が出来るだろうかと、聞くことを色々考えながらネギや白菜を切っていると途中でインターホンが鳴る。
セキュリティが万全であるこのマンションは、来客があればマンションの出入り口での応答になる為、マンションの住民以外が部屋の前まで無許可で入ることは出来なくなっている。
だからこそ玄関のインターホンを鳴らせるのはリボーンさんしか居なくて、思っていたよりも早い帰宅に嬉しくなりながら出迎えに行った。

「おかえりなさい、リボーンさん」
「ただいま、ツナ」

ドアを開ければ夜の冷たい風が室内に入り込んできてブルリと震えたが、目の前のリボーンさんが薄手のコートを脱いで抱き締めてきたので、すぐに夜風の冷たさなど忘れてしまう。
抱き締められたことにドキドキと五月蝿くなった心臓を落ち着けたい所だが、それよりも先にリボーンさんの顔がゆっくりと落ちてきて、キスされるんだと気付いて熱くなっていく顔のまま眼瞼をギュッと閉じた。

リボーンさんは毎朝晩、家を出る時と帰ってきた時は抱擁とキスを欠かさない。
それにはいまだ慣れることがなくて、オレはいつもリボーンさんの顔が近付く時は恥かしくて目を見ていられなくなる。

「…んっ」

チュッと二、三度軽く啄ばむようなキスをして離れていった唇に、少しだけ寂しくなる。

その時のリボーンさんの気分なのか、今のような軽いキスの時もあればディープ過ぎるキスをされる時もあって、そのまま寝室へ雪崩れ込むことになったりすることも少なくない。
エッチなことをするのが体力をすごく使うんだと知ったのもリボーンさんとそういうことをするようになってからだった。
だからあまり深いキスをされるとその先を予感して色々と恥かしいので得意ではなかったのだけれど、今はなんだかもう少しだけキスをしていたいと思ったのだ。
だが、そんなことを自分から言えるはずもなく、自分の気持ちがバレてしまわないようにとリボーンさんのコートを持ってそそくさとリビングに向かった。

そんなオレを見て何か思案する風を見せたリボーンさん。
感が鋭いことは一緒に暮らし始めてから二週間で充分に理解していたので内心焦る。
足りないと思っているだなんてこんな恥かしい頭の中を知られたら軽蔑されそうで、必死に平静を装う。
内心いっぱいいっぱいになりながらキッチンに逃げ込もうと思っていたら、リボーンさんが腕を掴んできて引き止められた。

「ツナ」
「な、なんですか?」

へんなことを思ったことがバレてしまったんだろうかとビクビクしながらそう言えば、フッと笑われてしまう。

「敬語は止めたんじゃなかったのか?」
「あっ!ご、ごめ…」

一緒に暮らし始めてから一番最初に、リボーンさんはオレに敬語を止めるようにと言った。
最初は急に言い方を変えることに気恥ずかしさもあったけれど、今では普段どおりに話すことが出来るようになっていた。
今みたいにごくたまに前のような言葉使いに戻ってしまうこともあるが、これでも随分慣れたのだ。

「ついでに名前もそろそろ呼び捨てられたいんだが…」
「だっ、だって!」

言われて顔がカッ!と熱くなる。
オレにとって、リボーンさんを呼び捨てにするのは相当勇気がいることだった。
それと言うのも、リボーンさんと想いが通じ合ってから初めて…その、エッチなことをした時に、殆ど強制の様に『リボーン』と呼ばされたからだ。
その所為でどんなに呼び捨てで…と言われてもいざ言おうとするとそのときのことを鮮明に思い出してしまって、言うことが出来ないでいた。
普段は言えないで居るオレに呼び捨てをすることを強要するわけではないのに、身体を重ねる時になるとオレが我慢出来なくなる状況を作り上げてワザと呼ばせようとするから、今では理性的に物事を考えられなくなった時でなければ名前を呼び捨てになど出来なくなっていた。

「ツナがまだ『さん』付けするからベッドの上で言わせたくなるんだぞ?」
「そそ、そういうこと言わないでよ!」

焦って言い返すオレを見てクツクツと笑うリボーンさんはこうやってからかうのが好きらしい。
オレからしたら恥かしくて堪ったものではないのだが。

「あぁ、そうだツナ。明日明後日、休みが取れたんだ」
「え!本当?」

休みが殆どないリボーンさんが連休なんて本当に珍しい。
しかも土日でオレも休みだから、ずっと一緒に居られるかもしれない…そう思うと嬉しくなって予定を聞いてみた。

「休みは何するの?」
「温泉旅行に行こうと思ってるんだが…」

既に予定が決まっていたらしいリボーンさんに内心で大きなショックを受けた。
連休はその旅行のために取ったのだろう。
少しでも自分のためかもしれないと思ったのが恥かしくなってきたと同時に寂しくなった。

「そう…なんだ…」

恋人はオレの筈なのに…リボーンさんは誰と旅行に行くんだろう。
明らかに気落ちした声をだしてしまうと、リボーンさんが笑ってオレの頭を撫でてきた。

「ツナと行くつもりなんだが、空いてるか?」

その言葉に落ち込んでいた気分が一気に上昇する。

「あ、空いてる!」

旅行がオレと行く為だったことに嬉しくなって、はしゃぎそうになるのをなんとか抑えた。
けれど引き締めようにも口元はニヤニヤしてしまってどうしようもなくだらしない。
考えてみれば、リボーンさんと旅行に行くのは初めてなのだ。
こんなに旅行が楽しみでわくわくしたことなど、修学旅行ですら無かったことだ。
明日が待ち遠しくてソワソワする気持ちを抑えながらも、夕飯を作らなければと途中で止まっていた鍋の準備を再開する。
そんなオレをソファに座って見ていたリボーンさんもまた楽しそうなイヤラシイ表情をしていたことにオレは気付けないままに夜は更けていった。




さて、一泊二日の旅行とはいえ、それなりに準備も必要だろう。
何を持って行くべきか…と、オレはまずクローゼットのドアを開けた。
とりあえず二日分の着替えは必要だろうと下着に手をかけ…

「下着…?」

ふと、そこでオレはあることに気づいて手を止めた。
(…やっぱり、初めての二人きりの旅行なんだから、下着には気を使った方がいいのかな…)
気づいた途端にドキドキと妙に胸が騒ぎ出す。
(いや…いや、でも、もう全部見られちゃってる仲だし、今更下着に気を使ったところで…変わんない…よね?)
そうは思うが、一度気になりだしたら止まらない。
せっかく二人で温泉に行くのならやっぱり思い出は作りたいし、思い出のためには、どうでもいいようなパンツはやっぱりはけないし…でもパンツに気合い入れたら期待してるって思われちゃうかな…それはそれで恥ずかしいよな…。でも旅館だし…やっぱりそんなこともするよね?うん、する…よね?…うん、そうだよ、別に期待してましたって雰囲気でもいいじゃないか?だって恋人なんだし?
(や、でも…でもどうしよう…)
普段のパンツにするべきか、それともちょっと気合いの入ったパンツにするべきか…
手にパンツを持ったまましばらくドキドキと悩んでいると、

「何してんだお前…」

突然リボーンさんが部屋の中へと入ってきた。

「ひゃああ!!」

思わず悲鳴を上げて握っていたパンツをなぜか背後に隠してしまう。
ついでに悩んでいる間にあれやこれやと妄想してしまっていたせいで赤くなっていた顔を必死に俯いて隠した。

「な、なんでもない、です。ちょっと、明日の準備を…」
「ふぅん…」

オレの言い訳にどこか納得がいかないように呟きながら、リボーンさんはそのまま部屋の中へと入ってくる。
ああ、ダメだ。
ますます心臓がうるさく騒ぎ出す。
だって今リボーンさんの顔を見たら…声を聞いたら、変なこと考えてたせいで色々と意識をしてしまう。
ついでにさっきの物足りなかったキスまで思い出してしまって、全身が色んな意味で熱くなってきた。
(ダメだって!明日から旅行なのに…)
まずは準備をして、それから今日は早めに寝て…

「ツナ」
「んっ」

リボーンさんの手が、オレの頭に触れてきた。
それだけで体中に電気が走ったみたいにゾクゾクとする。
どうしよう…旅行で変な妄想してひとりで熱くなってたなんて、リボーンさんに知られたら…

「なぁ、ツナ」
「な…んですか?」

どうしようと思いながらも、リボーンの問いにカラカラになった喉をこじ開けて返事をする。
これ以上、変だと思われたくはない。

「ついでに、俺の荷物も準備して貰ってもいいか?」
「え?」

けれど、リボーンさんの申し出にオレは肩すかしを食らったようについ顔を上げてしまった。
てっきり、何か言われると思っていたから。
けれどリボーンさんは、様子のおかしいオレのことに気づいているだろうに、ワザと気づかないふりをしてオレの状態には触れないでくれたようだった。
ありがたい。
あからさまにホッと息をついて、オレはリボーンさんの行為に甘えるように分かりましたと返事をして、リボーンさんの荷物の準備に取りかかるべくリボーンさんに背を向けた。
内心はまだドキドキとしていたけど、気づかないふりをしてくれたリボーンさんに感謝しながら、リボーンさんの荷物に手をかける…が、ふと気づいた。
あれ?そう言えばもう、リボーンさんの荷物って準備が整ってるんじゃなかったか?
そうだ。オレが洗い物をしている間に準備を済ませたとか言ってなかっただろうか…
すると、

「一応、ツナに中身の確認をしてもらおうと思ってな」

言いながら、オレの背後にゆっくりとリボーンさんが近づいてくる気配を感じた。

「忘れ物するわけにはいかないだろう?」

そう言って、開けることをためらっていたカバンに、リボーンさんが手をかける。
ジッと音がして、ゆっくりとファスナーが開いた。

「ついでに、予行演習もしておいた方がいいだろ?」

何の予行演習?
聞こうとしたオレの目に、しかし不可思議な物が飛び込んできて、思考が停止する。
リボーンさんのカバンの中…

「な…に?これ…」

聞いたオレに、リボーンさんが背後で鮮やかに笑っている姿が見えた。


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