リボツナ | ナノ



5.




叶わない恋なんてロマンチックな言葉は似合わない。これは馬鹿がする馬鹿な恋。





見ていろという言葉通り、手を出す隙もなく片が付いた勝敗にさもありなんと納得した。
今やどのファミリーにも負けないだろう。

京子の居た場所にはクロームが現れ、クロームが居た場所は濃い霧が散っていった。
なる程、京子はここに呼ばなかったと言う訳か。
ツナらしい方法と手段だがまだ詰めの甘さが見え隠れしていた。言いたいことはある。本来ならば守護者だけでもいい作戦をノコノコ総大将がやってきて、その身を危険に晒しながら指揮を取り自らも戦闘に加わるとは。

だがそれも分かってのこの作戦だったのか。
建物は内装も調度品も全て破損。立て替えた方が早い無残な姿になっている。もくもくと土煙を上げるそこからオレは気配を消して黙って立ち去った。

警察への根回しも先に済ませてあったのだろう、あれだけの店がひとつ崩壊しかけているというのにいまだパトカーの一台も駆けつけてはいなかった。
それを少し離れた場所から眺め、また足を踏み出した。

今にも星が落ちてきそうなこの夜空を忘れはしないだろう。
自分で育て上げた生徒が一人立ちの時を迎え、そして告げることの赦されない恋が終わりを告げた。
きっと一生忘れないこの思いを胸にボンゴレから離れよう。

傍にいれば今回の京子のような件を何度も見ることになるだろう。それが怖かった。何をしでかすか分からない、制御できない感情ほど厄介なものはない。それに白旗を振ったのだ。このオレが。
目を閉じればすぐに思い出せるツナの笑顔。
それを曇らせることは自分だろうと許せない。ならば離れて在ればいい。

自分と共に在れなくとも、その存在を遠く確かめながら生きていくのも悪くない。
ふっと緩んだ口許から漏れそうになった情けない声を飲み込むと意地で笑みの形を作る。
これでいい。

「リボーン…!」

歩いてきた橋の向こうから声が掛かった。馴染み過ぎて離れ難いその柔らかい声が、珍しく切迫している。
本当に超直感とは便利だが面倒な代物らしい。
振り向かずそのまま止まっていると、駆け寄る足音が近付いてきた。
それがピタリと背中で止まる。

「リ…」

「75点だ。てめぇまで出るのはやり過ぎだったが、守護者共との共闘には文句の付けようはねぇ。あとはてめぇで考えていけ。…大丈夫だ。いいボスになってきてんぞ。」

ジャケットの裾を掴むと背中に額を押し付けて声を殺して泣いていた。
ツナにも別れを惜しんで貰えている。それだけでいい。
一歩踏み出そうと足を上げれば、ツナが必死に裾を手繰り寄せて離さない。

「お前、もうボンゴレに現れない気だろ?」

「…さあな。」

そう嘯くも多分バレている。余計なことに超直感を使うなとあれ程言ったのにな。
背中越しにツナの頭を覗くと、こちらを見ていたツナと目が合った。
その瞬間に読めてしまった心に驚きを隠せない。…バカな。

「読まれちゃったみたいだから…最後だから…言わせて。」

渡伊してきてからとみに色素が抜けていった髪はミルクチョコレート色からもっと淡くなり、それと同じく淡い色の瞳がまっすぐにこちらを見詰めていた。

「好き…なんだ。リボーンのことが。…だから京子ちゃんもそれ以外の女の人とも結婚はできない。」

言い切った途端に大粒の涙が頬を伝い落ちていって、片手でそれを隠すともう片手で背中を押された。

「さよなら…想い続けることくらいは、許してくれよ…」

くるりと背中を向けて立ち尽くすツナはどこまでも独りだった。
このまま立ち去るのがツナのためだと分かっている。けれど勝手に動き出す足を止める術を持ち合わせてはいなかった。

手で顔を覆い、声を殺して泣くツナの細い肩を引き寄せて抱き締めた。
意味が分からず強張る身体を力の限り抱き寄せると、恐る恐るといった調子で手が背中に周ってくる。
たどたどしい手の動きに煽られて戸惑うツナの頭に手を差し込むと唇を重ねた。

余裕なんてない、奪うような口付けにも必死でついてくるツナから漏れる声の甘さに、どんどん深くなっていく。
吐息まで貪り尽くし、ツナの身体が崩れ落ちかけてやっと離してやった。
顎を伝い落ちる唾液を舌で掬い取ると、腕の中の身体がビクビクと振るえた。

「…同情でもいいよ。傍に居てくれるなら、それでも…」

そう嘲笑って視線を上げないツナの鼻に噛み付くと、驚いてこちらを振り仰ぐ。

「家庭教師は辞めた。オレと再契約しろ、ボス。内容はボスの警護及び暗殺。期間は…お前が決めろ。」

「だって…そんなこと言われたらずっとって言っちゃうよ?そんなの可笑しいだろ?!違うよ、そんなのフェアじゃない!」

呆然としていた顔に徐々に赤みが差し、眉根を寄せて苦しそうに目を瞑ると首を振る。そんなツナの手を取るとリングの光る手の甲へと口付けて勝手に忠誠を誓った。

「リボーン!」

「自分の言葉には責任を持てよボス。オレは高いぞ。」

「知ってるよ!だけど…こんな契約は…」

意味も分からず動揺するツナの手を取ったまま煩い口を口で塞ぐ。逃げようとするツナを追って舌を絡ませると鼻にかかった甘い声が漏れる。

「うン…!」

最後にツナの下唇を舐め取ると、立っていられなくなったのか首にしがみ付いてきた。
荒い息を繰り返すツナの暖かさを首筋に感じながら、耳元に唇を寄せて呟く。

「報酬は今まで通りだが、契約金は新たに頂いていくぞ。」

「分かって…ひゃわわっ!」

膝裏に手を差し込み、抱きかかえると歩き出した。それに慌てたのはツナだ。

「ちょっと…!何で…?」

「言っただろうが、オレは高いってな。契約金代わりにボスのお前を貰っていく。…ずっとなんて長ぇ契約だ、それくらい貰わねぇと割に合わねぇだろ?」

「違うって!それじゃお前にはいい契約じゃないだろ!?離せよ!」

腕の中でジタバタ暴れるツナの柔らかい耳たぶを食むとピタリとおさまった。
しがみつく腕に力が入ったところを見ると、怖かったのだろう。そういう小さなことにビクつく様は以前と変わりない。コンタクトを入れられないとビビッていたあの頃と。

見つけ出した変わらぬものと、変わっていくだろう関係とを思い、変われる未来に一歩踏み出した。

「本当に分からないか?オレは欲しいものは欲しいと言っているんだぞ。」

「だって…」

「契約の履行はなしだ。一生賭けて愛してやる。」

一生馬鹿で在り続けるのもいいだろう。




終わり







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