リボツナ | ナノ



4.




身体だけ大きくなった俺なんかよりあの人はずっと大人。守る必要なんてない。



自分が歪(いびつ)な存在であるということに気が付いたのは、やはりここ一年のことだった。
赤子姿でいた時の方が余程精神が安定していた。成長を続ける身体に引き摺られ、心もまた一から成長をはじめていったのだろうか。

何物にも囚われることのなかったオレが、ツナという見えない鎖に繋がれてその腕(かいな)から抜け出せなくなっている。護るための義務感が、奪われないための拘束へと変質していったのはいつだったのか、それさえ記憶にない。

ゆっくりと、深く、滲むように心を蝕んでいったそれは今は切り離すことさえ難しい。
愛おしいと想う気持ちと、闇へ落としたいと願う心に隔たりはなかった。




やっと白々と明けた空にはツナの炎と同じ色のオレンジ色の朝日が昇っていた。
明るく暖かい太陽にこの気持ちごと溶かされてしまえば楽なのに。
肉片の一欠けらになってでもあいつの元へ帰りたいと叫ぶ心が確かにある。

とてもあのボンゴレボスが住居しているとは思えないほどの質素な佇まいながら、警備の面と内装のこだわりだけは煩く注文した甲斐のある私邸には下働きの者たちがすでに起きだしている気配がある。勿論、警備は24時間態勢で見張っている。

しばらく通わなかったことが信じられないほど変わっていないと感じるのは何故だろう。
邸宅を彩る花々は季節によって移り変わっていくというのに。
まだ蕾のバラの葉に触れれば朝露が指を濡らして地面に消えた。

警護にあたる構成員たちに声を掛けてから中へと案内されれば、丁度この屋敷の主が女性の手を取り階段を降りてくるところだった。
やはりというか、京子だった。
京子の少し赤く腫れた瞼に何があったのかと勘繰りたくなったが、オレを見ても動揺しないツナは使用人に言い付けて京子だけ車へ乗せるとすぐに出させてしまった。

読心術で読めてしまった京子の心に驚きを隠せない。
車が屋敷から遠ざかっていくまでただツナの後ろ姿だけを見詰めていた。

「いらっしゃい、リボーン…」

くるりと振り返ったツナはいつもの柔らかな笑顔だった。見慣れた、ボスの笑顔。
それを今オレにするのか。

「…てめぇ、何京子を泣かせてやがる。」

一瞬だけ下を向いた視線が、再びこちらを向くとまた何事もなかったような笑顔でいる。
最近はこいつ相手に読心術は使えない。読ませない技術は教えたが、ここまで完璧になるとは思ってもみなかった。

「残念ながらオレには京子ちゃんを幸せにする資格はないんだ。だから」

「だから振ったのか?ハン!てめぇも偉くなったもんだな?!」

「そうだよ、お前がここに据えたんじゃないか!」

オレの言葉に反応して声を荒げたツナは、すぐにハッとして表情も心の波も戻していった。
一瞬だけ読めたのは、オレのことだけでそれだけでは分からない。
水面に波が立たないように、ツナの心にも揺らぎはなくて、目を閉じたツナがまた目を開ければ無となっていた。

「ごめん、こんなこと言うつもりじゃなかったのに…」

どうにかしてこの無の笑顔を引き剥がしたい。
何も見えない、何も感じない虚無の笑顔は似合わない。
何がお前をそうさせた?
ボスなんて似合わぬものをお前に背負わせたからか。

一歩一歩近付いていくと、何を感じたのか表情が強張っていく。
視点の定まらない瞳がぎゅっと瞑られて、徐々に青白く変わっていった。
今にも倒れそうなツナを支えようと手を差し伸べると、その手を叩き落とされる。
ジンジンと痛む手に、驚きを隠せない。

「匂い…」

振り払われた手を宙に浮かべたまま呆然とツナを見ていれば、ぼそりとツナが呟いた。

「ヒットマン失格だよ、そんなに匂いをさせてるなんて。」

「ツ…」

「ごめん、ごめんね…何言ってるのかな。ちょっと気分が悪いから、隼人が迎えにくるまで部屋で寝てるよ。」

くるりと背中を向けて階段を上っていくツナが、途中で足を止めるとゆっくりと振り返って笑った。
以前のままの優しいダメツナの笑顔で。

「ボスになったことは、正直嬉しいとは思えない。でも、リボーンや隼人や武…みんなとこうしていられるのは悪くないって思ってるよ。先生の生徒でいられてよかった…」

ここに在るのは自分の意思だときっぱり言葉にするツナに、何が言えるだろうか。京子のこともマフィアに彼女を引き込むことに躊躇したのだろう。そういう優しいところは変わらない。
ボンゴレなんかブッ飛ばしてやると息巻いていた少年は、今も心の奥底に眠っているのだろうか。

オレよりも一回り小さい背中が、今日はやけに大きく見えた。






京子の帰国が決まり、もう二度とボンゴレへ近付かないと決めたらしい京子のために顔見知り全員を集めてパーティーを開くこととなった。

小ぢんまりとした店を貸し切って開かれたそれには、驚くことに雲雀や骸まで参加していた。
骸はクロームのおまけだろうが、雲雀はかなり珍しい。
こういったパーティーの類は受け付けない雲雀が、この場所にいることに何かを感じる。

「…おい、何隠してやがる?」

部屋の片隅で料理に手を付けることなく腕組みをして立っている雲雀へと声を掛けた。
すると一瞬だけ目を眇めて、またいつもの面白くもなさそうな無表情に戻ると別に…と視線を横へと向けた。その先には今日の主役である京子と主催者のツナとが楽しげに会話している。

こいつもオレと同じで、誰かのいうことを易々と聞くタマじゃない。唯一ツナにだけは気まぐれで餌を貰いにくる猛禽類のようにふらりと立ち寄ることがあるだけだ。
野生の勘とでもいうのか、何かある時にだけ姿を見せる雲の守護者を警戒しつつもツナに視線が引き寄せられる。

京子もツナも、ふんわりと優しい雰囲気を持つ2人はやはり似合いだと思った。それをボンゴレのためだけにこうして引き剥がすことになろうとは。
視線をツナから逸らすと、雲雀がふうんと声を出す。

「随分イイ顔で綱吉を見てるんだね。…僕も君と同じだよ。」

「…何のことだ?」

「綱吉の傍には誰も居なくていいってことさ。ついでに言えば、君も邪魔だ。」

孤高の王者で在ればいいと嗤う雲雀を、諌められない自分に腹が立つ。
そうだ自分のものにならないのならば、誰のものにもならなければいい。
身勝手だと言われようと、それが真実だった。

「さて…よく見とくんだよ、赤ん坊。」

先ほどからこちらを狙う殺気に気付いていたオレと雲雀、守護者の面々は膨れ上がるそれに戦闘態勢をとってはじまりの鐘が鳴らされる時を待っていた。

「僕がここに呼ばれたのはこれのためだ。この機会を逃すと尻尾を掴まえられなくなるそうでね…綱吉もボスらしくなったっていうことかな。彼女まで使ってあぶりだすんだから。」

口角を上げた雲雀の手にはトンファーが握られていて、京子の傍にはクロームと笹川が控えていた。
グローブを嵌めたボスが一歩前に出ると、高らかと宣言する。

「蟻の子一匹漏らすな。殲滅させろ。」

それぞれの守護者が無言で応えた。



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