リボツナ | ナノ



3.




この歳になって初恋なんて、本当に馬鹿げている。分かっている。




ツナの周囲がかしましいと知ったのは同盟ファミリーとの会食での席でだった。
どうやらツナは紹介される度に上手くかわしていたようで、一度でもいいからと熱心に口説かれ泣きつかれている有様を目の前に愕然とした。

たがそれも分かる。9代目以上の穏健派でありながらも、初代と同じ武道派でもあるツナは、その地位も然ることながら人柄でも惹かれる者が後を絶たない。

そういえば三十路を目前に控えた大ボンゴレのボスが所帯を持っていないということは、対外的に見て収まりが悪い。
右腕である獄寺や親友でもある幹部の山本ともそういった話がのぼらないようだ。
…さもありなん。

結局はこういったこともツナの師であるオレの仕事という訳だ。
ツナには京子という想い人がいて、しかも長期休暇を取ってまで今こちらに来ている。ファミリーにゴタゴタもない。あとはこの万年常春男の尻を叩いてやればいい。

内心の反吐が出そうなイラつきを覆い隠し、アイボリーのスーツにピンストライプのシャツと同じ色のネクタイを嵌めてぼんやりと外を眺めているツナに声を掛けた。

「おい、京子にはプロポーズしたのか。」

「な…っ!する訳ないだろ!」

「…相変わらずダメダメだな。京子がこっちに来たのは、てめぇにそれを言わせるためじゃねぇのか?」

「バカ言うな。オレなんかが京子ちゃんと…」

勢いよく否定するも尻つぼみになっていく声に、やはりそうだったかと気持ちが塞いでいく。29歳ともなれば早い方ではない。互いに暖めあった想いを成就させるのに、何の躊躇いがあるというのか。
だというのに聞くとはなしに聞いてしまった心の声からも、困惑の色しか浮かんでいない。

「いい女が待っててくれたんだ、てめぇでどうにかしろ。」

これ以上傍に居られなくなって、車を止めさせると車から出ていく。
もう同じ空間に居るだけでもダメだ。
どうしようなんて縋られたら、多分一番最悪な方法で傷付けてしまうだろう。

車から背を向けて路地裏へと足を運べば、ツナの声が背後からかかる。
滅多に聞けなくなった、ダメツナのままの声が。

「もう行っちゃうのかよ?!」

「…またくる。」

一言返すとまた止めた歩みを進めて車から見えない奥へと歩いていった。





その後、素直に隠れ家に戻ることも出来ず、かといって愛人たちの元へ行くことも虚しいと昼間から酒を出す店にふらりと立ち寄った。
路地裏の奥の、そのまた地下にあるその店には客はまばらでウエイトレスが色目を使ってくる程度の寂れ具合が今の自分には丁度いい。

カウンターに座るとオレの顔を覚えていた店主が何も言わずにそれを前に置いていった。グラスに氷とウォッカが入っただけのそれをカラリと回して口を付ける。

ツナが結婚する。育てあげた生徒の喜ばしい出来事だ。なのにそうなると知って、当たり前だと理解する端からぶち壊してやりたい衝動が湧き上がってきた。
京子とツナ。中学時代からの片思いを経て、ゆっくりと確実に育て上げた恋が実ろうとしている。
奥手な2人は状況を考え過ぎていたのだろうか、けれども今は障害もない。

昼間からウォッカを煽っても酔う気配すらない自分は、酒と相性が悪いのだろう。舌打ちしたい気分でも外で飲むときも易々と表情を晒す失態だけはしない。

オレも男であいつも男。どうにかなりようもない。けれどあいつが女であればと思ったことは一度たりとてなかった。
ツナがツナであればそれでいい。あいつが笑っているのなら、それがオレの喜びだ。
その筈だった。

一番長い年月を共に過ごしたせいで、勘違いしたのだといくら思っても自分の気持ちは誤魔化せやしない。
この気持ちは危険すぎる。このまま表に出すことなく朽ち果てていくのが似合いだ。

長い長い年月を独りで過ごしてきたオレがはじめて出会った明るい青空。
こんな歳になるまで、こんな苦しさは知らなかった。

ツナが欲しいと啼く心が、すべて壊せと唆す。
誰にも渡さなければいいのだと、自分にはそれを出来るだけの手段もありそれくらいなら容易いだろうと、暗闇の中から声が聞こえる。

聞こえる声はいつも同じ。
オレと同じ、死に神の声。





翌朝、シーツの波から身体を起こすと腰に女の身体がしがみ付いてきた。
気乗りしないオレを連れ込んだ女のべとつく香水の匂いに眉を顰める。
どうにもならない衝動を手近な行為にすり替えても、結局朝がくれば同じことの繰り返しだった。
いっそ自分の息の根を止めてしまおうか。

クッと口端だけで嘲笑ったのに、腰に巻きついた女は無表情なあなたも素敵と益々腕に力を込めた。
どうしてこんな女と床に入ったのか。どうでもよかったにしろ選びようはあっただろうに。
明けきらない朝日に照らされた瞳の色がツナに似ていた。

「…仕事だ、離れろ。」

馬鹿馬鹿しい。
ツナと似た色の瞳だというだけで動揺することも、ツナを想う気持ちも。
すべて消えてしまえば楽だろうに。

身支度を整えるとシャワーも浴びず、その女のもとを後にした。もう訪れることもないだろう。

まがい物じゃなく、本物のツナの瞳が見たかった。
今、会ったら何をしでかすか分からないというのに。
知らずツナのいる私邸へと足が向かっていた…


.







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -