リボツナ | ナノ



2.




ブラックスーツとボルサリーノは仕事着のようなもので、今日のようにオフになれば変装を兼ねて普通の高校生のような格好で街をふらつくこともある。
それでも懐に拳銃と姿を変えた相棒を忍ばせることは怠らない。
命を消した数だけ命を狙われているといっても過言じゃない。

ふらりと立ち寄った花屋で淡い色のカーネーションをあるだけ買った。
毎年奈々へと送っているそれとは別の、誰かに似合うほのかなピンク。
今日はあいつもオフだった筈だと花屋を後にして、オフには滅多に顔を出すことがなくなったが以前は足繁く通っていたボスらしからぬ質素な私邸へと足を向けようと思っていた。

道の向こうのガラス越しに見えるその姿を瞳に映すまでは。

こちらに気付かないツナは、隣の女に声を掛けては楽しそうに笑い掛けている。ツナよりも小柄で柔和な笑顔に見覚えがある。晴の守護者である笹川了平の妹の京子だった。
どうしてこちらに居るのかなんて愚問か。
ここ一年で内外共にボンゴレのボスであると認められたツナが、もう大丈夫だと呼び寄せたのだろう。
チリと胸の奥が焦がれていく。

後ろに護衛を連れてはいても、ツナの格好も京子の表情からも緊張感がみられない。
恋人同士のショッピングといった一コマだった。互いを慈しむような穏やかな空間。誰が見ても似合いのカップルだ。

ツナへと向けかけた足がその場に縫いとめられる。
どうせあいつの私邸に向かうつもりだったのだ、ここで掴まえても一向に構わない。
京子はデートを邪魔されて不機嫌になるような、そんな女じゃない。だから誰もが認めた。あの獄寺さえも敵わないと悔しがった。…オレも同じだった筈だ。

けれども足が動かなかった。

ただバカみたいにツナと京子がそこを立ち去るのを見詰めていた。




何度、偶然を装って声を掛けようと思ったか。そんなわずかな勇気もない俺。






「リボーン!」

ボンゴレからも他からの依頼も最近は一段落していた。
それならばとツナの顔でも覗きにボンゴレ本部まで足を運んでいれば、拝みにきた筈の本人が前からすっ飛んでくる。
まだ入り口を抜け、二階へと続く階段をのぼりかけている最中に。

獄寺も山本も護衛につけていないその無防備な慌てぶりに眉を顰めていると、それに気付いたのかこちらに向かう足が鈍くなる。分かりやすい表情の変化に、肩を竦めながら声を掛けた。

「そんなに慌ててどうしたんだ?」

「えっと……うん、執務室へおいで。」

「呼びにきてくれなくても、行くところだったんだがな。」

「…」

雲行きが怪しいことを察したツナは、視線を横に逸らすとオレが隣にくるまで待っていた。
階段を一歩のぼる度にツナに近付いていく。物質的な距離が近くなるにつれて、痛み出す心臓を無視して隣に滑り込むと鼻下くらいまでしかないツナがオレを振り仰ぐ。

「…デカッ!まだあれから15年だったよな。何喰ったらそこまででかくなんの。」

零れそうな瞳が更に大きく見開かれ、徐々に歪んでいった。

「落ち込んでるとこ悪いが、オレはまだ伸びるぞ。」

「うううっ…みんなオレを置いてくんだっ!」

ツナも平均的な日本人男性としてなら軽くクリアしているのだが、如何せん守護者を筆頭にオレも含めた元アルコバレーノはユニを除いて全員ツナより上背がある。ラル・ミルチすら例外じゃない。

ブツブツと横で文句を言うツナにそのままでいいじゃねぇかと口を付いて出そうになって慌てて噤んだ。
注がれる視線をまともに見返すことができなくて、何気なさを装いやっと追いついたツナの護衛に視線を向ける。
それを叱責と取った構成員たちが一斉に視線を下げるが、手を振って気にしなくていいと伝えた。

「…前より刺々しくなくなったな、リボーン…」

「誰かが成長すればオレの役割もその分減る。それだけだ。」

親が子の成長を頼もしく思っているように目を眇めこちらを見るツナに気まずさを隠せない。
師として慕っている以上に、家族として愛されていることを知っていた。
寝食を共にした十数年を思えばそれは当たり前だ。
そんなツナだから惹かれたし、惹かれる度に疚しさで胸が苦しくなる。

こいつがボンゴレボスでなければと何度思ったか。それと同じくらいボスであったことに感謝しない日はない。
同じ世界だからこそこうして出会えた。
こいつの居ない世界に用はないと言い切れる。

ツナの横で息をする度に世界は彩りを増し、風は歌い、空気は澄み渡る。
こんなに腑抜けになったヒットマンを人は笑うだろうか。

ふっくらしていた頬がすっきりとし、若木のようにしなやかな四肢へと変貌を遂げたツナを横目で確かめながら歩いていく。
最近は同盟ファミリーや幹部から我が娘をと引く手あまただと聞いたが、今のところ愛人や恋人の姿は見えなかった。それにどこか安堵していた。誰のものにもならないのだと、自分が一番近しいのだとどこかで自惚れていたのかもしれない。

「そういえばさ…」

横を歩くツナが斜め下からこっそりこちらを覗いてきた。慌てて前を向くがバレなかっただろうか。
表情を読ませないことにかけては右に出るものがいないと自負してきたのに、こいつの前ではかなりの頻度で見抜かれてしまう。それがくやしくもあり、面映くもある。

「チッ、何だ?」

「何で舌打ちするんだよ!…昨日の花、お前だろ?来たなら待ってろよ。」

折角京子ちゃんも居たのに、と唇を尖らせるツナにドキリとした。
何気ない仕草に振り回され、たった一言で突き落とされる。

「邪魔する気はねぇ…」

「バッ…!邪魔なんて、思ってないよ!京子ちゃんもお前に会いたがってたし。…それにカーネーション、綺麗だったから嬉しかったんだよ。」

頬を染めるツナに黒いものが込み上げてきた。
似合いの2人だと諦めようとしても、それでも壊してやりたい気持ちが勝る。
好きだと言えたらどれだけ楽だろう。
けれど、それはただの独りよがりだと知っていた。

こんなに酷い気持ちが恋だとするならば、あの2人の間に流れるものが真実の愛なのか。
ドロドロとした気持ちが身体中を駆け巡り、その内一歩も動けなくなるのはそう遠くないだろうと…



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