リボツナ | ナノ



1.




ボンゴレ9代目から家庭教師を言い付かって早15年。その間にボンゴレが新たなボスを擁すること5年。
生徒をマフィアのドンに据えた数、2人。



請け負った仕事の報告を出しにボンゴレ本部へと足を運んだのは春から初夏へと季節が移り変わる5月も半ばを過ぎた頃だった。
ボンゴレからの依頼で新興マフィアと薬のルートの繋がりを叩くためにここ2ヶ月ほど休みなしだったオレは、やっと戻ってこれた古巣にホッと一息吐いていた。

「何が古巣だ…らしくねぇ。」

戻ってきたことに喜びを感じるのはここじゃない。
厳重な警護の奥に佇む、年代物の扉の向こうに存在する人物にこそ癒される。

ボスになることを最後まで嫌がり、けれどもこの場所に座るのは自分しかいないのだと悟るとあっけなく受け入れた、間抜けでお人よしのダメ生徒。
家庭教師を請け負った時には想像もしていなかったほどに成長を遂げたボンゴレ10代目こと沢田綱吉は、ひっそりと今日もその鳥かごのような執務室で、自分にしかできないことを知ってファミリーの命を預かっていくのだろうか。

この場所に閉じ込めたのは自分でも、それを依頼したのは9代目だと何度思おうと、やはりここに据えるだけの器量を持ち合わせていたからこそのめぐり合わせだと知っていても、やはり胸の疼きは誤魔化しようがなかった。
そしてそれと同じだけの暗い悦びも持ち合わせている。

暗殺者である自分と、同じ世界に足を踏み入れたツナだからこそ共にあれるのだと…。




いつからだろうか、ツナの傍が安らげることに気が付いたのは。

日本にいた時にはまだ庇護の必要なひよっこだった。
マフィアになることに抗い、苦悩している間にもボンゴレの次期後継者を狙う同業者は跡を絶たなかったし、それとツナをボスの器に押し上げることだけに集中していられた。

イタリアに渡ってからもしばらくはジャッポーネの若造が就任したのだと、敵対ファミリーや新興ファミリーとの諍いまたは古参幹部の造反などと気の抜けない状況が続いていたから本職に借り出されることもままあった。

それも治まったこの一年…若き10代目から押しも押されぬゴッドファーザーへと周囲の評価と内面の輝きとが、それを知らしめることとなってからこっち、オレはどうにも尻の座りの悪さを自覚しはじめた。




広く長い廊下に敷き詰められた赤い絨毯は、一体いくつの命をここで見守ったのだろう。それでもオレが手を掛けた数よりは少ないか。
ツナの居る執務室へと渡る途中で、獄寺に声を掛ける。
一人前の面になった獄寺が、慌てて駆け寄るもそのまま止まらずに執務室へと向かっていく。

「後ほど、お茶をお持ちします!」

「…いらねぇよ。」

獄寺にしてみれば、オレはいつまで経ってもツナを育てあげた家庭教師なのだろう。10代目命な嵐の守護者は変わることなくオレも敬い続けている。勿論ツナあっての話だ。
オレが一たび敵対する立場に着けば、容赦なくその頭脳を奮う。
それでいい。そうでなければ困る。

ここ一年で獄寺と同じ身長にまで成長したオレは、変わらぬ目線の先にある緑の瞳に手を振った。




コンコンと2回のノックで返事も待たずに入室する。
面倒だからというよりは、抜き打ちの意味も併せ持つオレの来訪にツナがどこまで察知できているのかを知るために気が付けばこうなっていた。
どこまでも教師と生徒という立場が抜けない自分に苦い笑いが過ぎる。
いわばこれば最後の砦だ。

開けた先にはいつもオレの座るソファの前にデミカップが置かれるところだった。
コトンとゆっくりカップを置いて、ふわふわの柔らかそうな髪が跳ねた。

「おかえり、先生…」

にっこりと笑う姿はあどけないと言って差し支えない。
どう見てもティーンにしか見えないその姿は15年前よりは少しは成長したが、10年前からは変わっていない。本人だけはおっさん臭くなったと嘯いていても、何ら変わらぬのは奈々の血筋か初代の呪いか。

それでもオレの帰りに合わせての支度にニッと笑ってやると、偉そうに胸を反らせて腰に手を当てている。

「…超直感のムダ使いだぞ。」

「うっさいな!たまにはよくできた教え子だって誉めてくれたっていいじゃないか!」

「もっと違うところで使ってくれりゃ、オレの仕事も楽だったな。」

「うっ…!」

暗に今回の件をあてこすって言えは、言葉に詰まって視線が泳ぐ。その変わらない姿にホッとして、ホッとしたことに舌打ちしたくなる。

「その情けねぇ面、他のボスどもに見せてんじゃねぇだろうな。」

「してないよ!リボーンに教えられた通りに表情は崩さないって。」

「フン、今度の会食にでも付いていくか。」

嫌味でそう言ってやれば、ツナの表情が明るくなった。その表情の一つひとつに視線も何もかも奪われて、囚われる。
それでも呆れた表情を作ってソファに腰掛けると約束だからね!と妙にはしゃいでいた。
何がそんなに嬉しいのか。それを察したツナの頬がぷうと膨れた。

「お前ね、最近こっちに顔出してないの自覚ないの?!」

「…それはてめぇが無茶な仕事を入れたからだろ。」

「違うって!その前から…一年くらい前?うん、そんくらい前からボンゴレに用事がなけりゃ寄り付きもしないで!」

「そうか?」

「そうなんだよ!」

がなるツナをわざと冷たくあしらうと、愛人もいるから仕方ないけど…と小さく呟いていた。
愛人に現を抜かすものか。ここに来たくない理由など決まっている。
そして来たい理由も同じだった。

少し冷めたエスプレッソを煽り、70点と切り捨てる。
ツナの童顔が益々膨れていった。



15年前のあの事件をきっかけにアルコバレーノの呪いが解かれ、そこから緩やかに再成長を始めたオレたちは、その年月の分だけ成長していった。
以前の年齢と同じとはいかないまでも、そこそこ成長したオレが一番困惑したのが自分の気持ちというヤツだった。

ツナの生まれる前からヒットマンとして名を馳せていたオレだから、そんなモノなどとうになくなっていた筈だった。
だが、若い内から誰も信じない気を許さない生活をしてきたオレが、唯一陽の当たる暖かい場所へと連れ出された。それが沢田家だった。

家光が護り、奈々が暖める。そんな生ぬるい日常に最初はどこか冷めた気持ちでツナに接していた。甘やかされて育った、もやしっ子。成績がダメだとか、運動もからっきしだとかはどうでもいい。気持ちが、覚悟がなければこの世界では生きていけない。
それをこの子供に望むのはムダではないのか、と。

9代目の先見の明も鈍ったかと諦めかけたその時に、やっとツナが自らの殻を脱ぎ捨てて外界へと踏み出した。
それからもダメツナに変わりはなかったが、しっかりと着実に閉じ込めていた放ち始めていった。

すべてを受け入れ、赦す大空。まさにツナの本質そのものだ。
人を思い遣る心というものはある日突然目覚めるものではない。それがオレにまで向けられていることを知ったときから少しづつ気持ちが変質していったのだろうか。

こいつの存在が何物にも変え難いと気が付いたあの瞬間から、傍にあることに耐えられなくなった。






こんなに誰かを愛しいと思ったのは初めてだった。正直、初恋だった。




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