リボツナ | ナノ



その微笑、媚薬の如く




石畳の上を2つの影が落ちていく。
久しぶりの外の景色と気心の知れた護衛ひとりしか連れていない身軽さに進む歩調も軽やかだった。

ジャケットを脱いで肩に担ぎ、ネクタイの結び目に指を差し込んで緩めていると、不意に後ろから容赦ない鉄拳が飛んできた。
毎回、毎回、目からといわず鼻や口からもわけの分からない液が飛び出るほどの強烈な一撃に、それでももう慣れた綱吉はすぐさま後ろを振り返って2発目をかわした。

「一丁前に逃げんな。てめぇのいいところはその打たれ強さなんだぞ。」

「逃げるに決まってんだろ?!何、その拳銃。逃げなきゃそれで殴る気だったな!」

痛む後頭部をさすりながら距離を置くと、それが気に入らなかったのかリボーンが手の中の拳銃を持ち替えて引き金を引く。
勘を頼りに身体を横に逸らさなかったら、間違いなく肩に吸い込まれていっただろう。

「だから何で?!」

「言わなきゃ分からねぇんなら、言っても無意味だろう。面倒くせぇからくたばっとけ。」

「いやいやいや!言葉は大事だよ?!なあ、リボーン。最近お前おかしいよ。すごく機嫌がいいかと思えば、今みたいに突然拳銃をブッ放してみたり。ずっと護衛してくれるのかと思えば、どっか行ったっきり1週間も音沙汰なかったりさ。…なんかあった?」

「…」

綱吉を睨み上げるリボーンは、いつもの無表情なのに綱吉にだけはその奥の気持ちが透けて見える。
気に喰わない。
それは分かるのに、何が気に喰わないのかは分からないのだ。

「リボーン…?」

リボーンを伴ってのいつものファミリーの会合だった。
とくに気になる懸案もなく、以前に比べればジャッポーネの青二才がといった侮蔑もなりを潜めた。
和やかなとは勿論いかないが、特に気になる様子もなく会合を終えたのは今から少し前の話だった。

珍しく午後からオフになった綱吉は、護衛にリボーン一人を引き連れて久しぶりの外を満喫している。
それだとてリボーンがオレがいるから他のヤツらはいらねぇと追い返したために2人きりでぶらついているというのに何が気に入らないのだろうか。

リボーンたちの呪いが解けて早10年。ゆっくりと戻っていく過程の彼らを弟のように慈しんできた。
ほんのわずかに目線を下に向けるこの角度に、一抹の寂しさと頼もしさが交錯している。
去年まではもっと低かったのにと思っていると、またもリボーンの手元から拳銃が火を吹いた。

「ちょっと!何が言いたいんだよ?!」

「うるせぇ。」

綱吉を置いてさっさと歩いていってしまう後姿を追いかける。
小さい背中だった。
昔は赤子だったのに、ひどく頼もしく思っていたものだ。

今も誰よりも信頼している師であることに変わりはないのに、昨今のリボーンの様子の変化についていけない。
子供らしいということとも違う、師として距離を置いている部分が出てきたこととも違う。
何がと言われれば分からないのに、勘が今までとは違うことを求められているのだと知っている。

だから言葉を掛ける。
邪険にされようとも構わない。

「なあ!」

リボーンの前に回り込んで顔を覗くと、苦虫を100匹くらい噛み潰したような顔をボルサリーノで覆って駆け出した。

「リボーン!」

「っせぇ!おかしいのなんざ分かってるんだ。このオレがなんでこんなチンケな野郎を…病気だ、病気に決まってる…!」

身長はさして変わらないというのに、コンパスが違っていた。早歩きのリボーンを追いかけるオレは小走りで付いていく。

「ええぇぇえ!病気なの?それなら早いとこ医者を呼ぼう!すぐシャマルを呼ぶよ!」

慌てて懐から携帯電話を取り出すと馴染みのボタンを押していく。すると前を歩いていたリボーンがオレの手元からそれを取り上げた。

「ちょっ…!医者嫌いなのは知ってるけど、そんなこと言ってる場合じゃないだろ?呪いを解いた副産物とかかもしれないだろ!」

「違う…」

「違うってどうして分かるの。いいから診て貰おうよ。」

取り上げられた携帯電話をリボーンの手ごと掴むと、明らかに手が震えた。
目元を覆い隠すボルサリーノのせいで表情が見えないのに苛立ちが肌を伝ってくる。

余程悪いのかと顔を覗き込もうと顔を近付けると、真っ黒いツバが視界を覆う。
咄嗟に目を瞑るとムニュと唇に柔らかいなにかが触れて、すぐに遠ざかっていった。

目を開けても見えるのは帽子のツバだけで、それなら一体なにが唇に触れたのだろうか。
目の前にはリボーンの顔が少し下にある。
覚えのある感触に言葉も出せずにツバの先に視線を落としていると、鉄皮面と名高いリボーンの白い顔がほんのりと染まっていることに気が付いた。

握っていた手を急いで外し、その手をどうしていいのかさえ分からずにわたわたさせる。
するとまたも頭をひとつ張り飛ばされて道端に転がると、殴った本人が手を差し伸べてきた。

「チッ、さっきのはただの手付けだ。」

「…手付け?」

痛さとリボーンの意味不明な行動のせいで混乱したまま手を差し出すと、そのまま引っ張り上げられて両手で顔を固定された。先ほどまでの顔の赤みはすっかり消えて、端正な顔が妙に艶かしい表情を作り出していた。
って、どうして?!

赤子姿のときから一度として敵わなかったオレは、やっぱり今でも敵わなかった。
理不尽で自分勝手なリボーン相手に、真剣に拒否したことがないということが問題だったのだろうか。いまさら逃げ出すこともできないのは、長年培われた習性としか言えないだろう。

成長するにつれ、まん丸お目々は切れ長に可愛らしいお鼻は真っ直ぐに通りおちょぼ口は皮肉気な笑みが不遜でありながらも色香を醸し出している。
これで中学生くらいだと言われても、空恐ろしいとしか思えない。

その顔が何でか目の前に近付いてきていた。
愛人さんは順調に増え続けて3桁を超えたとかどうとか。呆れるよりも感心する。
だからこれって何かの間違い?それとも新たな嫌がらせ?!
そうだそうに決まっている。

「んな訳あるか。本当にてめぇはダメツナだな…」

「って、ちょっとちょっと!ここは外だよ!じゃない!!いまだにダメツナって言うのはお前くらいのもんだよ!」

引き寄せられる顔を近づけまいとリボーンの顔を必死で押し返していると、口を押えていた手の平をがぶりと噛み付かれた。

「っっ!」

「覚えとけ、ツナ。オトすと決めて、オチなかったヤツはいねぇんだぞ。」

「…それがオレに関係あるの?」

じっとこちらを見詰める瞳に恐々訊ねると、噛み付かれた皮膚をペロリと舐め取られた。
手の平からゾクリと這い上がってきたそれに慌てて手を引っ込めると、目の前の顔がニヤリと笑った。

「逃げんなよ?」






いつの間にやら捕らわれていたのはどちらだったのだろうか。



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