リボツナ | ナノ



5.




彼女の手を引いて歩いていく最中にも、取り乱すことなく確かな足取りでついてきていた。
何を思って見知らぬ男についていくのか、その心情は分からないがもし想像通りだとしたらヤケクソなのだろうか。それとも後にはひけない事情でもあるのか。

最上階にあるスイートルームにたどり着くと、そこに控えるボンゴレの構成員が扉の前に立ち塞がっていた。
こちらに気が付いた構成員の一人の肩が僅かに揺れる。
必死にこちらを見ないように視線を逸らしながらも、言い付けられた仕事をこなそうと表情を消す若い構成員と握る手の中の白い指が小刻みに震えることは無関係ではないのだろう。

扉を押し開く構成員に手で制止して、その歳若い構成員の前に立つ。

「…君も入っておいで。」

「いえ…!オレは…」

大きな身体を縮ませてこちらを見ようともしない男の胸倉を掴むと片手でぶら下げてもう一度言った。

「この子のことが好きならば、入ってこい。」

「っ!」

そのまま手を離すと廊下にへたりこんだ男を睥睨して部屋へと足を踏み入れた。
手の中の小さい手はガタガタと震え、後に続いてきた構成員の男も死んだような顔色をしていた。

パタンと扉が閉まった音が響くと、手から離れた女性は慌ててその男へと駆け寄っていく。
今までの押し殺したような表情から一転、苦悩しながらも隠しきれない愛おしさを滲ませてその男の手を握っていた。

「ボス!オレは、」

「何も言わなくていい。部下の恋人を寝取る真似はしないから安心しろ。話も通しておく。…お嬢さん、試して悪かったね。でもこんなバカなことはもう2度としない方がいい。」

男泣きをして床に突っ伏す若い構成員の肩に手を置きながら、気丈にもこちらを振り仰ぐ女性がきちんと頭を下げてきた。

「ありがとう、ボス…」

「いいや、幹部にきちんと言えなかったオレのミスだから。もうこういうことのないようにすると誓うよ。」

幸せそうに微笑む顔は本来の女性らしい美しさを取り戻していて、これでよかったのだと安心した。
やはりムリがあるのだ。今日中に他の女性たちにもお引取り願おう。

この女性が教えてくれたように、打算と駆け引きでは愛は得られない。女性は子供を生むためだけにいる訳ではないのだからそれだけを望むことはオレにはできない。
ならば諦めて貰うしかないのだと思った。

ふっと笑い掛けると、女性が目を瞠ってこちらを見ている。
どうかしたのだろうか。

「…ボスもいい人が居たのね。おかしいと思ったの、項に付けられたばかりのキスマークがあるのに私を連れていくなんて…。でも、やっと分かったわ…」

「なにが…?」

「ボスも私と同じなんでしょう?きちんと言わずにここに来た…ねぇ、どうして言わないの?」

驚きに言葉もなく見詰めていると、視線の先で女性がふふふっと微笑んだ。
初めて会ったばかりだというのに、何故そんなことが分かるのか。女性というのは恐ろしい。
苦いため息を吐くと、ソファの背凭れに腰掛けた。

「言えないよ…だって相手はオレのことなんとも思っていないんだ。」

あんな美人揃いの愛人だらけの男に、何と言えばよかったのだろう?
それ以前に一服盛られた上に男としたなんてプライドが高いリボーンにとって屈辱な筈だ。もう2度と会えないかもしれないと思っていた。

「そうかしら?ねぇ、貴方はどう思う?」

オレを通り越してそう言葉を掛けた先から現れたのは、いつものように全身黒尽くめのマフィア界きっての暗殺者だった。いつからこの部屋にいたのか、気配さえ掴めなかった。

「…棺桶がひとつ必要になるだけだ。」

「リボーン…」

呆然と後ろを振り向いてその表情を読もうとするが、いつもの鉄扉面は崩れない。
そんなオレたちを楽しげに見ていた彼女は、若い構成員を立たせるとさりげなくその場を離れていった。
残されたオレは、どういう顔をすればいいのかさえ分からなかった。

「どうしてここに?」

訊ねても返事も貰えず、ゆっくりと近付いてくるリボーンに身体が強張っていく。
怒っているのか、何とも思っていないのかさえ分からない。
リボーンを横目で追っていると、ソファ越しに後ろで立ち止まり、手が襟首を掴んで引き寄せられた。

強い力のせいで首が締まりまともに息も吸えない状態でも、不機嫌そうに歪む顔から目が外せない。
息苦しさに咄嗟に手をリボーンの手に添えると、その手首も引かれて上から顔が落ちてきた。
重ねて、塞がれた唇がゾロリと舐め取られて、やっと口付けられていることに気が付いた。

後ろ襟を掴んでいた手が後頭部を抱え、手首を掴む手の力強さに逃れられない。
訳も分からず貪られているのに、抵抗する気にもならなかった。

どれくらいそうしていたのか、10分だったようにも1分だったようにも感じた口付けをどちらからともなく外す。
荒い息遣いと顎を伝った唾液とが先ほどまでの接吻が本当だと教えてくれている。
どうしてなんてどうでもいい、ここにいてくれるなのらばその手で殺されても構わない。

離れていった顔をぼんやり見詰めていると、珍しく憤りを露わにした顔を覗かせた。

「…誰だ?」

「何のこと?」

「惚けんな。誰を想ってオレに抱かれた…」

仕事をしている時だってこんな獰猛な顔にはならないというのに、今は切れ長の瞳が切れそうなほど鋭くこちらを睨みつけていた。

「分からない?本当に?どうして薬を使ったかも?」

「ツナ…」

「ボスの身辺を警戒する護衛ならいらない。もしどうしてもっていうのなら、棺桶には自分が入ることになるね。」

どの道報われることなどありはしないのだ。そっとしておいて欲しかった。
それもできないのならばいっそ。

ワインに盛った薬の効果は一晩だけだが、リボーンという毒をずっと飲み込んできたオレはここで引導を渡してもらう方がいいのかもしれない。
一思いに楽にして欲しい。曝け出した心を打ち砕いてくれ。

見詰め合ったままで時が流れ、時計の針が12時を差して時を告げる。
深く響く音が2人の間に横たわり、身動ぎひとつすることもできずにいればやっと言葉を飲み込めたリボーンに引き摺られソファの上に転がされた。

「オレにとってセックスなんざその場限りの欲望の吐け口でしかない…筈だった。」

勢いよく転がされたソファの上でそう呟くリボーンの顔を見たくても、目元まで帽子で隠された表情はやはり読めなかった。
肘をついて起き上がると、逃げられないように腹を膝で押さえつけられる。ぐうっと吐き出した息も無視されて肩も押し戻された。
ソファに貼り付けにされる格好でリボーンを覗くと口許だけが見える。

「ずっと手に入れたかったてめえとヤって気が付いた。ツナの代わりはいないってな。なあツナ、あの薬は死ぬまで有効だぞ。いまだにこんなだ…」

手を取られリボーンの股間に導かれて頬が火照った。
明け方までさんざんしたくせにもう元気になっている。

それでも手は外さずにもう片方の手をリボーンに差し伸べるとすっと顔が落ちてきた。
帽子を外し、頬に手をかけて顔を寄せると今朝噛み付かれた唇を舐め取られた。
ビリっと痛みが走ったが、それもすぐに薄れていく。

「責任取れよ?」

「なに言ってんの。オレこと責任取って欲しいよ。…リボーンの毒舌が身体を巡っていまさらリボーンのいない生活なんかできないんだからね。」

「そりゃあいい…」

互いの唇に触れたまま言い合えば、クツクツとリボーンが笑い出す。
首にしがみついてリボーンの唇に自分の唇を押し付けるとすぐに深く絡まってくる。
着ていたジャケットも脱がず、シャツのボタンだけを外して身体を撫で回す手に煽られていく。

「毒が回って息ができなくなるまで傍にいてやる。」

「それって死ぬまでヤるってこと…?」

「…」

「黙るなよ。本当みたいじゃないか。」

「本当だぞ。」

「遠慮する!」

「思慮深いのは美徳じゃねえぞ。腹上死ってのも男のロマンだろ?」

「間違ってる!絶対間違えてるっ!!」

ワインに仕込んだ薬の効力はきっと、ずっと続いていく。



終わり



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