1.ケタケタと背中の上で笑っているボスを抱え直すと、要塞のようなボンゴレ城へと足を踏み入れた。 立つこともできない癖に肩を叩く力は強い。それに眉を顰めながら頭を下げる構成員たちの間を抜け、ボスの私室へと足を向けた。 敷き詰められた絨毯の上を2人分の体重がかかっているとは思えないほど静かな足取りで進んでいく。 「らからー!オレはへーきらの!!らってフワフワしてるんらって!」 「チッ…いいから黙ってろ。」 「なんでらよ!」 「…鉛玉喰らって黙りてえのか。」 「…」 賢明にもピタリを口を噤んだ。そうさせるだけの過去があるからに違いない。 ボスのボディガード兼ボンゴレのお抱えヒットマンでもある長身の青年は、やると言ったら間違いなくやる。 それでも酔っ払いのボスは普段より気が大きくなっているためか、目の前の帽子をひょいと取り上げて自身の頭の上に乗せた。 「似合う?」 「…てめえにゃ麦わら帽子がお似合いだ。」 「酷っ!」 酒に呑まれているせいか、普段よりスキンシップの激しいボスにヒットマンの眉間の皺が増えていく。 それを見つけたボスはしみ一つない頬をプクリと膨らませて帽子を戻した。 長い廊下を歩いていくと、2人の構成員がその部屋の前に立ち塞がっていた。 リボーンとその背中に背負われているボスとを確認すると、すぐさま扉の前から退いた。 ボスの私室を守る構成員たちがドアを開け、ボスを背中に抱えたままリボーンは入る。 久しぶりに入室したこの部屋は2年前と少しも変わっていなかった。 だらしなくベッドの上に放り投げられたままのパジャマすら同じなのではないのかと錯覚するほどに。 女っ気の欠片さえ見当たらない空間にホッと息を吐きそうになって、慌てて飲み込んだ。 「ボスは相変わらずこの部屋に愛人は入れねえのか?」 「…そのボスって止めろよ。わざとらしい。」 ソファの上にボスを放り投げると、ボスこと綱吉はくてりとその細身の身体をソファに投げ出した。 今年で30になるというのに、あまりに若々しいがために不老の薬をボンゴレが開発したのだろうともっぱらの噂だ。 そんな綱吉はアルコールのせいで身体が熱いのか、解けかけのネクタイを抜き取ると床に投げ捨て、着ていたジャケットも脱ぐとソファに凭れ掛かりながらすいと指をワインセラーに向ける。 「この前いいワイン貰ったんだ。ディーノさんがリボーンと飲めってさ…丁度いいから飲もう!」 「……飲めねえヤツとは飲まねえ。」 「何で?すっごく貴重なワインだって言ってたよ。好きだろ?」 言いながらもシャツのボタンを外し、ベルトを抜くとアルコールでぼんやりとした瞳をこちらに向けてきた。 弱いくせに珍しく飲んだアルコールのせいで白い頬がほんのりと染まっている。うるんだ瞳と少しふっくらした唇が無防備に熱い吐息を漏らしていた。 慌てて視線を逸らすと、グラスを2つと先ほどのワインを手に綱吉の前に差し出した。 「早く飲んで寝ちまえ。」 「お前ね、仮にもボスに対して…イヤイヤイヤ!何でもないです!その物騒な代物をしまって下さい!!」 懐に手を入れた途端手の平を返す綱吉に、分かりゃいんだと睥睨してからグラスにワインを注いで口に含んだ。 「フン、まあまあだな。」 「うへっ…オレにはいいワインは分からないよ。」 同じく口に含んだ綱吉が、鼻に皺を寄せていた。 年代物のワインの価値も分からぬ輩に飲ませてもこんなもんだ。そもそも普段から飲まない綱吉が飲んで分かる訳がない。 余程味が苦手だったのか、ソファからふらりと立ち上がってカウンターの奥にある小さい冷蔵庫へと歩いていった。覚束ない足取りの綱吉の背中を見ながら、明らかに挙動不審な言動を繰り返していた今日を振り返った。 しばらくぶりのボンゴレ本部での仕事を言い渡されたのは昨日の話だ。 ロシアからのルートを使って、ボンゴレのシマ内で薬の密売組織が勢力を伸ばしていた。薬はご法度だと知ってのやり方にボス自らが組織の殲滅を掲げたのは2年ほど前の話だった。 綱吉のボディガード兼ヒットマンという二足の草鞋を履いていたリボーンが、それ以降は構成員とボンゴレの諜報網を使って敵対組織の黒幕をあぶりだす作戦に駆り出されていた。 敵対組織を表社会から叩き出すと、経済力の破綻したところを同盟という形で終結させた。 見事な手腕といっていいだろうそのやり口に、綱吉を快く思っていなかった古参幹部たちも諸手を挙げたのだとか。 今日はその古参幹部がやっと新しいボスに組した祝いの席だった筈だ。 なのに中座をして会場から出てきた綱吉は、とても楽しい席だったとは思えないような形相で足早にその場を後にした。 苛つきとも、諦めともとれるような複雑な顔をしたまま乗ってきたリムジンに座るといつもは手を出したこともないワインを開けて飲み始めた。 そこから冒頭の状態へとなるのにさしたる時間はかからなかった。 千鳥足でカウンターまで辿り着いた綱吉は、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと口でキャップを開け一気に煽っていた。 口端から零れた水が喉元を伝い襟元にしみを作っていく。 細いその首筋と無造作に開けられたシャツの合間から覗く白い肌に釘付けになって、慌てて視線を横へと逸らした。 「どうした、ジジイどもに一杯喰わされたのか?」 「…まさか。」 肩を竦めるその仕草にも含むところは見られなかった。 襟で零れた水を拭うとシャツの奥の鎖骨から肩の張り出し具合まで見て取れた。 しばらく女っ気がなかったからだと嘯いて、自分の気持ちに蓋をする。 綱吉はミネラルウォーターを飲み切ると、またもふらつく足取りのままリボーンの座るソファへと近付いてくる。 会話に集中できないほど目の前に迫る綱吉の存在に惹き付けられていた。 . |