9.握られた手を強く引かれて身体が強張った。 突然そんなことを言われて信じられないと思うより、どうしたらこの場をうまく収められるのかと算段を巡らせた。 けれど獄寺くんほど賢くもなく、リボーンほど世渡りに長けていないオレは目の前の告白にすら持て余す。 受け止めるなんてできない。 友達とキスとかそれ以上なんてできる訳がない。 だけどすげなく断ることもできなかった。 何か言おうと口を開いて、でも言うべき言葉が見付からない。 逃げるように視線を手元に落とすと頭の上から声が掛かった。 「すみません…本当は知ってるんです。リボーンさんのこと。」 「なにが…」 そこでリボーンの名前を聞くとは思わず、慌てて顔を上げる。すると獄寺くんはいつも寄せている眉をハの字に引き下げ、泣きそうな顔で笑っていた。 「去年くらいから、沢田さんの身体の動きがぎこちない日があることに気付いたんです。」 言われて羞恥で身が染まる。 合わせられなくなった視線はまた手元に落ちた。 そんなオレに構うことなく言葉は続く。 「襟元の裏の、覗き込まなければ分からないシャツに隠れる部分に、いつも赤い痕が残っていたんです。知ってましたか?」 知らなかった。 そんな場所は鏡を使って覗かなければ目に留まらない。 オレの手を掴んでいた手がそっと離れるとシャツの奥の首裏を撫でつける。 堪らず身体が跳ねた。 「今もまたついています。ここんとこしばらくは無かったのに。」 肩を竦め、テーブルに顔を伏せていると、その手がシャツの襟を辿ってだらしなく開いている襟元から鎖骨に落ちていく。 何をされるのか、どうしたいのか。 知っているのに怖くて身体が動かない。 「ここも、こっちも、薄くなってきていてもまだ分かりますよ。だっていつも触れたくて齧り付きたくて気が狂いそうでしたから。」 「ごくでら、くん…」 舌が張り付いたように動かなくて、逃げたい筈なのに逃げられない。 その間に獄寺くんはテーブルに突っ伏しているオレの背後に回って肩を掴み、引き起こしてそのまま引き寄せた。 「嫌なら嫌って言って下さい。じゃないと本当のあなたなのか分からなくなる。それともこれは夢ですか?」 「ご、」 獄寺くん止めようと言い掛けたオレの首筋に吸いつかれて息を詰めた。 身体を固くし、目を閉じて声を漏らすまいと口をつぐむと、柔らかく吸いつかれた先がチリっとした痛みを覚える。 「なんで何も言わないですか?もっとしちまいますよ。」 訊ねる獄寺くんに頭を振っても、やはり言葉にはできない。 傷付けたくないと、できることならすぐに止めてなかったことにしたいのだという気持ちで頭を横に振り続けた。 けれど続く言葉はオレを追い詰めるだけだった。 「オレじゃダメですか?」 「っ!」 答えられなくて息を飲むと、答えは欲しくなかったのか再度訊ねることはなく手をシャツの中に忍び込ませてきた。 リボーン以外の手に触れられるのは初めてだ。 ピアノを弾く意外に大きな手は熱くて、脇腹を撫でるその手に身体が竦んだ。 「沢田さん、沢田さん、さわださん…!」 熱に浮かされたようにオレを呼ぶ獄寺くんに何と言えばいいのだろうか。 まさぐるというより溺れた者が藁をも縋る思いでしがみ付いているような姿に、リボーンを想う自分を投影してしまう。 嫌だといえば止めてくれるだろう。なのに言えないのは自分で自分の想いすら否定してしまうような気がするからだ。 好きだと言っても返ってこない返事にいつも傷付いていた。 そうかでもよかった。とにかく受け入れて欲しかった。 だけど返せない言葉もあるのだと今気が付いた。 大事だから返せない想いもあるのだと、気付かされて涙が止まらない。 しゃくり上げると後ろでオレを抱えていた獄寺くんが手を止めると小さくすいませんと呟いた。 「それでも、嫌がられてもオレは、」 続けられる筈だった言葉はドスンという何かが壊れる音にかき消された。 何事かと音のする方向に目をやると、キッチンの扉の向こうから見知った顔が現れた。 「リボーン…」 どうしてここが分かったのか、なんでここに現れたのか、示し合わせたようなタイミングは何故なのかと呆然とこちらを睨む顔を眺めていると、ズンズンと足音を立てて近寄ってきた。 ぐっと伸ばされた手に身構えていると、オレの後ろから気配が無くなる。 後ろを振り返るのと、獄寺くんが殴られて飛ばされたのはほぼ同時だった。 「獄寺くん!」 壁まで飛んだ獄寺くんがラグの上に倒れ伏した。慌てて立ちあがって駆け寄ろうとするオレの手を掴むと、有無も言わせずリボーンの肩に担がれる。 「離せよ!獄寺くんが…!」 肩の上で必死にもがいても降ろして貰えず、腹が立ったオレは背中を拳で叩きつける。 それでも揺るがない背中に訳も分からず苛立った。 「り、ボーンさん…」 「獄寺くん?!」 伸びていたのかと思っていた獄寺くんが、ラグから顔を上げるとなにかを言おうとしている。 それに気付いたリボーンがオレを抱えたままで獄寺くんを振り返った。 「…ぐ、ゲフ!あ、んたは一度沢田さんを手放した…なのになんでもう一度囲おうとするん、だ?…沢田さんはずっとあんたのことが好きだった。それを無視したのはあんただ!」 激昂する獄寺くんを尻目に黙って聞いていたリボーンは、重い口をやっと開いた。 「それはツナに言う。ツナが考えて、ツナが決めればいい。」 先ほどまでの怒りに燃えた瞳ではなく、静かな湖面のような穏やかな顔でそう告げた。 . |