リボツナ | ナノ



8.




目覚めれば以前と変わらぬ朝にもぞりとシーツの中で身体を動かした。途端、ずきっと脊髄まで駆けあがる痛みの後にじんわりと鈍い痛みが広がる。
それすらも心の痛みに比べればまだマシだ。

結局は数ヶ月離れていようとも変わりはなかったという訳だ。当たり前といえば当たり前の事実に起き上がる気持ちもなくなった。

肩まできちんと掛けられていた上掛けも、自分以外のぬくもりも感じないシーツも何もかもが腹立たしい。
綺麗に拭かれた身体は匂いすらも拭き取られていて、薄く残る赤い痕も遠い過去の戯れだとそう言われているようだった。

キスと身体を弄られる時には残す痕も、身体を繋げる時には残さない。まるでなかったかのように事後は綺麗にされている。いや、なかったことにしたいのだろう。
ガキで、男のオレとの情事を誰にも知られたくはないのだから。

ひりつく痛みだけが教えてくれるリボーンとの繋がりも、数日経てば消えてなくなる。
握り締めた上掛けを蹴り上げてどうにか起き上がることに成功した。
横にきちんと綺麗に畳まれていた自分の制服に袖を通して、ズボンを履くために片足を上げると力が入らない足はずるっと沈み、身体はみっともなくベッドへ転がった。

片足だけズボンを履いた格好でベッドに大の字になると、笑いが込み上げてきた。
本当にお笑い草だ。
少しでも好きでいてくれるんじゃないのかと、そんな淡い期待をどこかで持っていた。だけど結局は身体の繋がりがあるというだけの希薄な存在でしかないのだと思い知らされるだけだった。

「馬鹿馬鹿しい…」

5つの年の差はいつまで経っても埋まらないし、オレが身体を差し出そうと好きだと告げようともこの関係に変わりはない。

遮光カーテンの隙間から漏れる光は明るいオレンジ色に染まって、セミの声は近くから聞こえている。外の壁にでも張り付いているのだろう。
一夏を必死に声を上げて生きるセミのように叫んでみても距離は縮まらなかった。

「あーあ、」

手で顔を覆うと温かい液体が零れ落ち、それを隠すように着ていたパジャマで拭うと、寝転がりながらもズボンを履き終えた。

それから。


居間のソファで居眠りをしているリボーンを起こすことなく、洋館をあとにした。








自宅に戻る気も起らず、コンビニに向かうとそのコンビニの向こうから見知った顔を見つける。
眉間の皺がせっかくの美形を台無しにしている獄寺くんは、オレを目敏く見つけると愛犬もかくやというスピードで駆け寄ってきた。

「沢田さん…!」

「ご、獄寺くん!」

あのままのスピードで体当たりされたら後ろに倒れると怯えていると、きちんと目の前で停止した。すごい。本当に犬みたいだ。
なんて失礼なことを思っていると、オレより少し高い位置にある獄寺くんの顔がぎゅっと歪んだ。

「今日は野球バカの応援の日じゃねースよね?」

制服姿のオレを見て、そう訝しむ獄寺くんに曖昧な笑みを浮かべるとハッと表情を硬くしてまた訊ねられた。

「ひょっとして…鍵でも失くされたんじゃ!そうなんスか?!うちでよければお母様が帰られるまでいらして下さい!」

「ちが…」

違うと言おうとして口を噤んだ。鍵は持っているが、帰ればオレが居ないことに気付いたリボーンがまた世話を焼きに来るだろう。
母さんに頼まれたらしいリボーンは、兄代わりのご近所さんとして引き受けたようだ。
だけどオレはそういう意味で慕っている訳ではない。

ぎゅっと唇を噛みしめると、獄寺くんには悪いと知りながらもひとつ嘘をついた。







一人暮らしの獄寺くんのアパートにお邪魔して2日が経った。
下着はスーパーで適当に買い、服は獄寺くんのものを借りてどうにか過ごしていた。
意外と、というか想像通りというか、几帳面な獄寺くんは掃除も洗濯もきちんとしていたが、料理には向かなかったようで、コンビニ弁当ばかりな獄寺くんの代わりに、台所へはオレが立っていた。

と、言ってもリボーンのように本格的でもなければ、母さんのようにレパートリーがある訳でもない。目玉焼きと焼き魚、味噌汁にカレーくらいしか作れないオレの料理を獄寺くんは嫌がることなく美味い美味いと言って食べてくれた。

「ごめん、もう少し他の物も作れればいいんだけど…」

あとはホットケーキくらいしか作れないオレが肩を落としていると、慌てて手を振った獄寺くんのスプーンからカレーが飛び散った。

「とんでもねース!オレは、沢田さんの手料理が食べられるだけで幸せっスから!!」

「う、うん。ありがとう。」

飛び散ったカレーを拭こうと身を乗り出してテーブルの横に手を付くと、その手をそっと握られてびっくりした。

「なに?」

慌てて手を引こうとしてもびくともしない。どういう意味だと目の前の顔を覗くと苦しそうに顔を顰めていた。
どこか悪いのだろうか。
ひょっとしてオレの料理に中ったのかと焦っていると、今度は両手で手を握られた。

「苦しいの?痛い?」

空いている手で額の熱を測ろうとすれば、その手も取られてテーブルに押し付けられる。
分からぬままじっと目を見開いて言葉を待った。

「痛いんス…」

「そうなの?!それなら医者に行こう!食中りかもしれないし!」

握られた手を掴んで立ち上がろうとするも、ぐっと下に引き戻される。

「獄寺くん!」

遠慮している場合じゃないと声をあげると、違うんですと呟いた。

「違う?」

「痛いのは腹じゃないんです。」

「それじゃ心臓?それとも盲腸とか?!」

益々急がないとと急かす。

「心臓…そうですね、心臓が痛いっス。あなたといるとドキドキと煩い心臓が破裂しそうです。でも、その動悸はちっとも嫌なものじゃなくて、むしろ心地いいっていうか!」

「あ、あの…」

これを最後まで聞いちゃヤバいと告げる勘に尻を叩かれて手を外そうともがく。逃げ出そうとする手を力いっぱい掴まれて泣きたくなってきた。

「今からどうこうなんて言いません。でも黙っていることもできないんです。」

「なんか変だよ…!獄寺くん、気を確かに…」

言わせまいと被せる口調を遮るようにきっぱり言われた。

「好きです。友達としてじゃなく、キスしてえしセックスもしたい、そういう好きです。」

言い切られてしまった言葉に返すこともできず、互いの顔を睨むように見詰めあった。


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