リボツナ | ナノ



5.




食事をして体温が上がったツナが気を失うように眠っている顔を眺めていた。
一昨日からずっとうなされっぱなしだったツナの、少し血の気の戻った頬を手の平で撫でるとふにゃりと笑う。
小さい頃から変わらない笑顔に癒されるのに、違う部分で罪悪感が疼く。

170には若干足りないが出会った頃より随分大きくなった身体は。外出を嫌う性格のために高1男子とは思えないほど白い。
その肌に3日前の晩につけた痕がまだ薄っすら残っていた。




最初に出会った時にはまだ小学3年生だったツナと中学2年せいだったオレの関係は、ご近所さんから脱していなかった筈だ。
セミを見つけに来たとどこかから入り込み、池に足を滑らせたと泣いては手を煩わされて、迷惑なガキだと思っていた程度だった。

それがいつしか顔を見せに来ることを心待ちにしている自分に気付き、ツナの子供なりの気遣いを嬉しく思いはじめていることに気付いたのはもうすぐ高校生になろうかという日のことだった。

ツナはツナなりに受験生であるオレの負担にならないようにと、冬休みには一回も顔を見せずにけれど年が明けた登校日の朝に待ち伏せをして声だけ掛けて逃げていった。
顔を見れたことに喜びを覚え、気遣われたことに戸惑った。

ガキは嫌いだ。誰かに煩わされることも苦手だった。
なのに煩いガキのツナをどうしたら手に入れられるのかと考えはじめる自分がいた。

無自覚だった想いに形がつけば、後は坂を転がるように抗いようもなく自覚を促された。
相手はまだ小学生だ、同性だと、自分に言い聞かせても目の前で無邪気に笑うツナが欲しくて堪らない。
このままだとどうなるか分からない自分が怖くて言い寄ってくる女で代用していた。



高校に上がり、以前と同じようにオレの帰る時間を見計らって訊ねてくるツナはこの2年で随分大人びた顔を見せるようになってきた。
少し伸びた身長も相まって細い手足は余計に華奢に見える。
短パンから覗く膝小僧と袖を捲くって露わになった肘の内側に、どきっとする自分が嫌だった。

それでも以前と同じように接することが出来たのは、彼女という名前の身体だけの関係の女たちが居たからで、年上の学校の先輩から女教師に逆ナンをしてきた会社員の女ととにかく複数と関係を持っていた。

ギリギリのところで押し留めていた理性が欲情に負けたのはツナのある仕草を目の当たりにしてからだった。
リコーダーの練習をするといってそれを取り出したときに、慌てて視線を逸らしたというのにそれに気付かないままツナが練習を始めた。

演奏というレベルですらないヒョロヒョロと落ち着かない音に、指の押さえ方が甘いのだと教えてやろうとツナに近付くとそれに気付いたツナがリコーダーの口をペロっと舐め取ってから口を離した。

「教えてくれるの?」

いつものふにゃとした笑顔より、先ほど見えた赤い柔らかそうな舌に意識が奪われた。
無意識に手を伸ばしかけ、ツナの頬に触れる寸前で気付くと咄嗟にツナの頬を引っ張ることでやり過ごした。

「指の押さえが甘いぞ。押える場所はきちんと押えておかないから幽霊が出そうな音になるんだ。」

「そっか。」

そう教えることでどうにか理性を振り切れずに済んだ。
それでもあまり長くは持たないことも知っていた。

翌日も同じようにリコーダーを片手に訊ねてきたツナに視線をやることもできなかった。
ツナを弟のように思ったことは一度もなかった。
思えば最初から特別だったのだろう。

それもこれで終わりにしようと、また次の日も訊ねてきたツナに見せ付けるように外での行為をしている最中でもツナを頭から追い払うことが出来なかった。
行為を終えてツナの逃げ帰った足音を聞いてから、シャワーを浴びに中へと入る途中にあのリコーダーがポツンと寂しげに落ちていた。







「リボーン…?」

掠れた声が空調の効いた部屋にひっそりと響く。
その声音に寝てしまっていたことに気付いて慌てて顔を上げた。

「どうした、水でも飲むか。」

そう声を掛けるとうんんとゆるく首を振って、それからツナの手がするりと伸びて瞼を撫でた。

「ごめん、寝てないだろ?オレもう平気だから、休んでよ。」

羽で触れるように下瞼をなぞる指に、クマが出来ているのだと知る。その指を掴んだままツナの顔を覗き込んだ。

「これくらいなんてことはねぇぞ。ツナ、気分はどうだ?」

そう訊ねると手の中のツナの指が竦む。
どこか諦めを滲ませた笑顔を見せることの多くなったツナに、最初の掛け違いを突きつけられるようで見たくもない笑顔と聞きたくない言葉を塞ぐためにそのまま口を口で塞いだ。



あの日、あの時、リコーダーをポストに入れておけばよかったのだ。
けれどもう一度だけツナの顔を見たかった。



何も分からぬツナは雛が親鳥に教わるように快楽を覚えていった。
テレビのキスシーンですら顔を赤くしていた子供に、舌を絡ませ重ねることの気持ちよさを教え、逃げられないように快楽の檻に閉じ込めた。

閉じ込められたことにすら気付かぬ小鳥は与えられる餌に麻痺して籠から出ようともしない。
それでいいのだと暗く嗤う奥底に、逃がしてやらなければという理性が声を上げている。

深くなっていく口付けに応えるようにツナの腕が首の後ろに回されて、だがそれすらも飼い慣らされた小鳥の処世術なのかもしれなかった。


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