リボツナ | ナノ



4.




あの洋館にリコーダーを置いてきたことに気付いたのは、翌日の朝になってからだった。
リボーンのところに行った理由はそれで、ここ2日ほどリコーダーの練習を見てもらっていて、昨日も同じ理由で訪ねた。

昨日はあまりのことに驚いて怖くて逃げだしてしまったが、あれがなければ今日の音楽の時間に発表することも出来ない。
練習もできなかったがそれでもリコーダーはこれからも使う。新しく買い直すこともできないのだからと自身を奮い立たせて家を出た。

玄関を出て、門に手を掛けると門の横に誰かが凭れ掛っている。
その人物を確認して飛び跳ねるほど驚いた。

「り、リボーン?!」

昨日の今日でどう接すればいいのか分からない。しょせん小学生だ。
こっそり忍び込む気でいたのに、リボーンの手にはリコーダーが握られていた。

固まるオレの目の前で立ち上がる。
元々あった身長差は縮まることなく、結局は最初の出会いと変わらぬままだった。
それでも少しは伸びた身長と一緒に逃げない勇気も備わった。

別にあれを見たからといって見たことを本人に知られた訳じゃない。
顎を引いて逃げていた視線をリボーンに合わせると頭の上からリコーダーが落ちてきた。
咄嗟に手で握れたのは奇跡だ。

お礼を言ってまた上にあるリボーンに視線をやろうとして身体が強張る。
いつの間に頬の真横に気配が迫っていたからだ。

リボーンの制服から覗く襟足に引き攣れた痕と女物の匂いがして覗き見てしまったあれを思い出す。
後ろいっぱいに逃げるとランドセルが門に当たりガシャンと音を立てた。
何が怖いのか分からないのにただリボーンから逃げたかった。
後ろに逃げたオレを追って耳元でリボーンが囁く。

「見たのか…?」

頭を横に振って否定しても挙動不審な動きでバレバレだというのに、壊れた首振り人形のように必死に首を横に振った。
リボーンはいいヤツだからと呪文のように心で繰り返して、オレは何も見ていないと自分に言い聞かせる。

けれど耳元に吐き出されたため息を聞いて泣きたいほど苦しくなった。
母さんにも周りの友だちにもリボーンと会っていることを言うと相手は迷惑しているのではと心配されていた。この年代の5歳差はかなり大きい。

高校生になったリボーンの家に無理矢理押し掛けることを母さんはいい顔をしなかったし、友だちは変わってるヤツだと言っていることを知っていた。

だけど会いたかった。特別なにをする訳でもない、ただ下手くそなリコーダーを吹いてそれを聞くとはなしに聞いていたリボーンが下手くそと笑う。それだけだった。

もう来るなと言われるのだろうと悲しくなって、滲んでくる視界を手で擦ると腕に生暖かい水が付いてきた。
その手を取られ、そのまま腕の上の涙をリボーンの口に含まれて驚く。
もう片方の手も取られたままで目の前で自分の腕を舐め取られていくことにどうすればいいのか分からない。

長い睫毛の先を呆然と眺めていると、伏せられていた瞼が開いて切れ長の目に見詰められた。
やっと開放された腕は強く吸われたのか赤い痕が幾つか残っている。
それがキスマークだということも知らないオレはびっくりしてマジマジと自分の腕の鬱血を眺めた。

「もう来るんじゃねぇぞ。」

「リボ…」

言うだけ言って立ち去ろうとする背中にしがみ付いた。ジャケットの裾を掴んで押し留めるとネジが切れたおもちゃのようにピタリとリボーンが止まった。

「もう邪魔しないし、行く時は電話掛けるから…一緒に居させてよ。リボーンはオレのことキライ?」

こちらを振り返らない背中に必死に声を掛けるとチッと短い舌打ちが聞こえてくる。
面倒事が嫌いなリボーンの返事だと思い怖くなって手を裾から離すとリボーンがこちらを振り返った。
いつもは小馬鹿にした表情を浮かべている顔が、今日は眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。

訊ねても詮無いことを言ったのだと知って視線を下に向けるとリボーンの手が頬を掴んだ。
ぐいっと上を向かされて叩かれるのかと咄嗟に目を瞑ると口を塞がれた。

閉じていた唇を下でこじ開けられて、驚いて目を開けると目の前にはリボーンの顔しかなくて、何をされているのかすら分からないままぬるっと口の中にぬめった暖かいものが侵入してきた。
歯列をなぞられても、舌を絡められてもぼんやりとされるがままでいると最後に下唇を吸い取られて離れていった。

「…分かったか。オレとお前の好きは違うんだ。それでもまだ来るのか?」

言葉の意味も、された行為もオレにはさっぱり分からなかった。
ただ分かったのは、ここで首を横に振ったら2度と会えなくなるということだけは、本能が知っていた。

震える指で唇を濡らす唾液を拭うと、頭を縦に振り下ろした。



違うと言われた「好き」の意味も聞けないままに。








大好きな帆立の貝柱の香りが鼻腔をくすぐった。
浅い眠りの底から浮上する意識はすぐにそれを刺激と認識して空腹を訴えた。

ぱちりと目を開ければ土鍋を手にしたリボーンがベッドサイドにそれを置こうとしているところで、余程物欲しげな顔をしていたのかオレの顔を見た途端にリボーンが吹き出した。

「腹減ってんだな?食べれそうか?」

変わらず声の出ないオレは首を縦に振った。
すると土鍋を置いて蓋を開けると、ふわんといい香りが部屋に広がる。風邪のときにリボーンが作ってくれる貝柱がゆはオレの密かな楽しみだった。

緒に持ってきていたお茶碗によそって手渡されると、にへっと頬が緩む。
声は出ないが口だけでいただきますをしてから口をつける。
程よく温かいかゆとどろりとした触感に帆立の香りが食欲をそそる。
あっという間に一杯食べきると、すぐに二杯目をよそってくれた。

「そんだけ食えりゃ平気だろ。食い終えたらこの薬を飲んどけよ。」

そう言って立ち上がろうとするリボーンの手を思わず掴んだ。
体調の悪いときには誰かに傍にいて欲しくなる。
心細さに咄嗟に握った手を目の前で振り払われてひどく傷付いた。

「あ、ごめん…」

どうにか搾り出した声はところどころ掠れていて、喉の奥がひどくひりついていた。
その声を聞いたリボーンがハッとしたように笑顔を取り繕う。

「いや、悪かったな。キッチンの片付けが済んだらまたアイスでも持ってきてやるからゆっくり食べとけ。」

「う、ん。」

どこかぎこちない会話は上滑りする。それでも互いにもう一歩踏み出せないままあれから5年が過ぎようとしていた。


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