3.バスを乗り継いで急いで球場に向かうと、試合開始時間には間に合わなかったが、まだ一回の表が始まったばかりだった。 獄寺くんと並盛側の空いている席につき、応援団やチアガールたちと一緒に応援を繰り返し、9回裏で見事勝利をおさめた山本を含む野球部員たちへと手を振ってやっと重い身体を座席に投げ出した。 「平気っスか?ポカリ買ってきます!」 「あー…うん、お願い。」 平気だと嘘を吐こうとしたら睨まれてしまった。 そしてもう嘘も吐けないほど疲れ果てていた。 先ほどから汗も出てこなくなっていて、多分顔色も悪いのだろう。 ここ2日ばかり浅い眠りを繰り返していたせいで睡眠不足だったということもある。 昨晩は昨晩でリボーンにいいようにされたが、ついていけずに一回吐き出したところで記憶が曖昧になって今朝になっていた。 夏バテと夏風邪のダブルパンチだと気付いたのは、獄寺くんに電話を掛ける少し前だった。 顔色が悪いオレに体温計を差し出して無理矢理計らせると、38度より少し下くらいに水銀が跳ね上がっていた。 今日は寝てろと呆れた口調で言われても聞く耳を持たずに支度をはじめ、電話を掛けた。 そしてあの一件へと繋がった訳だ。 すぐに戻りますと声を掛けて離れていく背中を見ながら、もうダメだと隣の座席に転がる。 先ほどの試合で終了なのか、帰る人並みをぼんやりと見つめていると顔の上に影が落ちた。 もう獄寺くんが戻ってきてしまったのかと、慌てて起き上がろうと横についた肘に力が入らなくてずるりと身体が座席の上に倒れ伏した。 「見ろ、いわんこっちゃねぇ。風邪気味なのに無理して炎天下で応援なんざしてるからそうなるんだぞ。」 「…り、ぼ?」 聞き覚えのある声に、顔をあげて確認したくともそれも出来ない。 浅く荒い息遣いを繰り返していると身体がふわっと宙に浮いた。 抱きかかえられているのだと気付いたのは、車の後部座席に転がされてからだった。 「まっ、て…!ごくでらくんが探してるかも…」 「今はそれどころじゃねぇ。」 「リボーン!」 必死に起き上がろうと助手席のシートに手を掛けると、運転席におさまっているリボーンがオレの手元から携帯を取り上げると掛け始めた。 朦朧としだした意識の先で、リボーンが獄寺くんにたった一言ツナを連れて帰ると言った言葉を最後に記憶がなくなった。 額を覆う冷たい感触より、頬を撫でる指が気持ちよくてすりっと頬を摺り寄せた。 それに応えるように指が頬を伝い、薄く開いていた唇へと辿っていく。 少し広めに開けられた口に柔らかいなにかが触れ、抵抗なく受け入れると水が舌を伝って流れ込んでくる。 ほんの一口ずつのそれを無意識に幾度か飲み込んでやっと視界が開けてきた。 「ツナ、気付いたのか…」 「…こ、こ…」 目の前の顔はいつもより幾分か硬い表情をしていて、その奥に広がる天井は見覚えはあれど自室のそれとは違った。 「奈々は今日から家光のところに行くと言ってたじゃねぇか。医者に来て貰って解熱剤を貰ったからよかったものの、40度越える熱でうなされてたんだぞ。」 そう言うリボーンはどれくらい付き添ってくれていたのか、珍しく目の下にクマができていた。 ごめんと言おうとしたが、喉が干乾びたようにカラカラで声が思うように出ない。 情けなくて、悔しくてぽろっと零れた涙を慌てて手で隠すと立ち上がって見ないふりをしてくれた。 「飲みもん取ってきてやる」 そう言って空になったペットボトルを握ると、パタンと音を立てて部屋から出て行った。 その音を聞いて安堵の息を吐く自分に嫌気が差す。 初めて出会った頃から好きだったのかもしれない。 歳の離れたオレとリボーンがこうして一緒にいられるのも、身体の関係があればこそだ。 それに嫌悪感を感じるには既に遅すぎて、けれど心は易々と受け入れることを否と感じている。 離れなきゃと思った。 どうせあっちはただの興味本位で、証拠に恋人の数は減るどころか増しているというのに。 高校入学が丁度いい頃合いだとそう思っていた。 事実、4月から7月に入るまでは顔も合わせていな日が続き、このまま自然に忘れていくのだろうとそれがいいのだと無理矢理思い込もうとした。 今は辛くとも。 ポタポタと枕に染みを作ると、もうどうでもよくなってきた。 熱がまた上がってきたのかもしれない。 目を瞑り、擦ったことで膨れた目元を押さえるとそのまま混濁していく意識を手放した。 よく考えてみれば5歳の年の差というのはかなり大きかったのだと思う。 けれど当時はまだ小学3年生だったオレは、リボーンがというか中学2男子の複雑な心境なんて分かる筈もなかった。 夏休みの自由研究はリボーンに手伝って貰った。しかもまだ誰もこの洋館の住人と面識はないのだと聞いて小さな優越感に浸っていた。 友だちとは違う、ひどく大人に近い子供なのだと気付いたのはつい最近だったけれど。 留守がちなリボーンの両親とは数度くらいしか会ったことがない。 それに憤るでもなく、寂しい素振りもないリボーンが逆にオレには可哀想に思えて、親にも友だちにも内緒で洋館へと足を運んでいた。 リボーンもオレも互いの間に誰かを入れたくなかったし、それでいいのだと思っていた。 それが覆ったのはリボーンが高校に入学してからすぐのことだった。 小学5年生に進級したオレは、いつものようにリボーンが帰ってくるのを庭の片隅で蹲って待っていた。 それがいつまで経っても帰ってくる気配がない。 時計など持っていないオレは今日は遅いのかと思い、仕方なく立ち上がると門の手前まで駆けてきた。 そこで何か気配を感じてふっと門の横の草むらの奥に視線をやって、身体が竦んだ。 誰かいる。 そして何かをしているのだということは分かった。 保健体育で習ったこともあったけど、それはいつかそんなことをする日が来るのだろうかという程度の遠い行為であって、けっして目の前で行われるそれを今見てしまうなんてことは想定外だった。 しかも相手は見えなかったけれども、もう一人は自分の待ち人だったなんて思いもよらなかった。 走って、走って、今まで生きてきた中で一番必死に駆けてうちの前までたどり着いた。 ドキドキと煩い鼓動は走ってきたせいなのか、それとも見てはならない人の秘密を覗き見てしまったからなのか。 訳も分からず心臓のある部分を掻き毟った。 . |