リボツナ | ナノ



出会い編 2




「あれ、先生だ…」

参考書を探しに並盛書店まで足を伸ばした帰り道、並盛にしては小洒落た喫茶店の一角に見覚えのある顔が見えた。
隣に座る女の人は髪の長い綺麗な人で、親密そうな雰囲気に何故か胸がちくんと痛んだ。

「先生って、家庭教師っスか?」

「あ、うん。先週から来てくれてるリボーン先生。」

「ふーん。」

面白くなさそうな返事をしたのは山本で、訊ねてきたのは獄寺くんだ。
今まで参考書なんか買ったこともなかったオレは、獄寺くんに探すのを手伝ってくれと頼んだ。それを聞いていた山本がオレもとついてきたのだが。

「こっちに気付いたみたいっスよ。」

「え、」

モテるんだろうなとは思っていたが、それを目の当たりにするのは嫌で見ないようにと下を向いていた視線を慌てて上げると、視線の先で同席していた女の人に手を振って店を出る先生の姿が映った。

「なんつーか、迫力あるのな。」

そう山本が零した通り、先生が歩くと人垣が割れた。女の人はもれなく振り返るし、男は少し遠巻きに逃げる。
やっぱりそこはかとない恐ろしさが滲んでいるらしい。
勉強中のあの怖さを思い出してブルブル震えていると、先生が目の前にきた。

「こんなところで何してんだ。」

「この前言われた参考書を買いに来たんだ。先生こそ、デート中だろ?こんなところに来ていいの。」

見れば先生と一緒にいた女の人がこちらを睨んでいた。慌てて山本の影に隠れる。逆恨みされたらどうしてくれるんだ。
するとやっとオレ以外の存在に気付いたらしい先生は、山本と獄寺くんをチラっと確認した。

「友達か?」

「こっちが山本で隣が獄寺くん。」

頭を下げた2人と先生の間に一瞬だけ冷たい空気が流れたけれど、それは本当にほんの一瞬ですぐに元に戻った。だから気のせいだとそのときは思っていた。

「どれを買ってきた?」

「これとこれはあったけど、ひとつ見付からなくて…」

紙袋を広げて見せると先生が顔を顰めた。

「肝心なヤツがなかったのか。オレが使っているのをくれてやりたいが、まだ他でも使うからな。そうだな…今から隣町の本屋まで連れていってやろうか?」

「本当?!…っ、あ……」

休日まで先生と一緒にいられると喜んだところで思い出した。
後ろにいる山本と獄寺くん、それに先生の背中越しに突き刺すような視線を。

「せ、先生、後ろ後ろ!」

呪い殺されるんじゃなかろうかと思うほどの視線に怯えて後ろに後ずさるも、腕を掴まえられてその場から連れ出された。

「ちょ、先生!」

腕を引く力の強さに引き摺られて歩き出すも、置き去りにされた格好の友達2人を振り返る。すると、オレを素通りしてその横の先生を睨んでいた。

「山本、獄寺くん、ごめんね!」

そう声を上げるのがやっとで、あとは先生に引っ張られていった。









そんなことがあっても、多少過保護かな程度で気にしてはいなかった。
夏休みだけのつもりが、オレと母親の懇願を聞き届けてくれた形で受験が終わるまで見てくれることとなり、担任が驚くほどのスピードで点数がぐんぐん伸びていった。

最初の躓きから丁寧にかつスパルタで教えてくれる先生の授業は、オレみたいな甘ったれには丁度よかったらしい。
少しずつ分かることが増えれば問題を解くことが楽しくなってきて、それが点数へと繋がった。
そうやって先生が家庭教師でいてくれることが当たり前に感じはじめていた。

「もうすぐ私立の試験だな。範囲は叩き込んだ、あとはツナがどこまでやれるかだな。」

年が明けて私立の試験があと数日に迫った日のことだった。
ふと何気なく言われた言葉に突然思い知らされた。

シャープペンを握る手に力が入り、芯がプチッと小さい音を立てて折れる。
それに気付かず先で紙を押えたまま、先生の顔を覗き込んだ。

「どうした?」

隣で椅子に座り、長い足を持て余し気味に組んでいた先生は驚いた様子でこちらを見た。

「あ、あの、先生はこれからどうするの?また別の人の家庭教師になる…?」

恐る恐る声を出した言葉に、自分でも驚いた。
それは自分以外の人の先生になって欲しくないという我がままが、存外に含まれていたことに気付いたからだ。

最近はオレの受験の追い込みで、一日置きに会っていた。だから自分だけの先生の気になっていたらしい。
言ってからしまったと思っても出た言葉は戻らない。
慌てて視線を下に戻すと、芯が折れたシャープペンで問題と解こうとして芯が折れていたことに気が付いた。

「いや…家庭教師は頼まれてたまたま受けただけだ。春からは家業の塾の経営にかかりきりになるだろうな。」

「そっか。」

ホッとした反面、強烈に寂しくなった。
誰の先生にもならないことに喜んで、でももう会うこともないんだろうと知ったからだ。
携帯電話の番号も、メアドも変えてしまえば繋がりはなに一つ持たない。
受験が終わればさよならなんだとはじめて気が付いた。

寂寥感という漢字が思い出せないオレは、平がなでその言葉を胸の中でなぞった。







私立、公立の試験を無事終えて、公立の結果を待つことなく迎えた卒業式。
海外出張から帰ってこられなかった父親の代わりに先生が母さんと一緒に卒業式に出てくれた。

中学を卒業しても2人の友達とは同じ高校に上がる予定なので寂しくはない。
寂しいのは先生とお別れすることだ。

式の途中で泣き出す女子に紛れて、こっそり泣いていた顔を写真に撮られてしまっていた。
それを知ったのはもっと後の話で、その時は泣くまいと噛み締めた唇がしょっぱくなって、慌てて袖口で拭いて取り繕ったつもりだった。


そうして先生との縁は一度途切れて、オレの無自覚だった淡い気持ちも閉ざされていった。


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