リボツナ | ナノ



出会い編 1




先生との出会いはセミの鳴き声が響きはじめたばかりの、ある日の夕方のことだった。


通っていた中学は徒歩10分の遠くもなく、されど近くもない距離にある。
中学3年に上がったオレは、受験生だというのに塾に通うこともなく家庭教師をつけられることもなかった。
成績がいい訳じゃない。逆だ。悪過ぎてオレの面倒を見られる塾も家庭教師も見付からず、今に至っていた。

期末試験が終わり、オレの成績も終わった試験帰り。
そのまま帰りたくなくてしょんぼりしていると、2人の友達がカラオケに行こうと声を掛けてくれた。

中学生の寄り道は風紀委員に厳しく戒められているが、どこの世界にも抜け道はある。
山本のお父さんの知り合いだというカラオケ店の店主がこっそり裏口から出入りさせてくれるのだ。

そんな訳で延々4時間は歌い続けた帰り道。
目の前に停車したバスに乗り込んで、後ろで手を振る友達に振り返すと忠犬ハチも真っ青な忠犬ぶりでいつまでもその場から離れずに手を振っていた。

「頭いいのに、ちょっと変わってるんだよね。」

「それが獄寺だろ?」

確かに。
頷いて見えなくなった獄寺くんに背を向けて未来の大リーガーの隣におさまると、目の前の席に押し込められた。

「そこひとつだけ空いてたのな。」

「ありがとう。」

山本が座ればいいのに、こういう時は絶対オレに席を譲ってくれるのだ。
以前は押し問答もしたけど、今は山本が言い出したら引かない性格なのも知っている。
だから素直に座るとお礼だけした。

ニカッと笑う顔はさわやかな野球少年のそれで、乗り合わせた女子高生らも「あの子かっこいいかも」と囁き会っている。

「オレたち受験生だけどさ…山本は彼女作んないの?」

そう訊ねたのは興味本位だ。だから野球で精一杯だからいらないと言われるもんだと思っていたのに、違う言葉が返ってくるとは思わなかった。

「本当は好きなヤツがいるんだけど、鈍くて気付いて貰えないのな…」

苦笑いを浮かべる山本に驚いていると、わざとらしいほど大きなため息を目の前で吐いた。

「どうしたらいいと思う?」

「どうしたらって…山本、告ったの?」

「毎日してんだぜ。」

それでも気付いてくれないなら、望みは少ないんじゃなかろうか。
しかしそう言うわけにもいかなくてどう返そうかと考えていると、停留所からおばあさんが乗り込んできた。
空いている席はない。

慌てて立ち上がると、おばあさんの手を取ってオレが座っていた席に誘導した。
けれど、おばあさんが座る前にいきなり柄の悪い男が割り込んできた。

「そこどいて下さい。」

「ん、だと?ガキがいい子ちゃんのフリしやがって、大人舐めんなよ!」

胸倉を掴まれても、負けまいと睨み返すとその顔が気に入らなかったのか男は立ち上がると腕を振りかざす。
止めに入ろうとした山本も間に合わず、その後の衝撃に備えようと身を小さく縮めて目を瞑った。

けれど一向に衝撃がこない。
こっそり目を開けて窺うと、男が腕を後ろ手に捻られてヒィヒィと悶えていた。

「怪我はないか。」

そう訊ねられ、やっと男を押さえつけている人物に気が付いた。

かなり背の高い男だった。モデルのようなすらりとした四肢に、芸能人のような華やかさとはまた別の人目を引く顔が乗っていた。

別の世界の住人のようで返事もせずにぽかんと見上げていると、男はフッと表情を緩める。
途端に血の気が全身を駆け巡り、ドッキンドッキンと鼓動が煩く鳴り響いた。

そこから先はどうやって家まで辿り着いたのか覚えていない。










その日から暇さえあれば思い出すのは助けてくれたあの人のことだけで、返ってきたテストの点数が壊滅的だったにもかかわらず勉強は明後日の方向へと押しやられていた。
それを見た母親が、手を尽くして夏休みだけでもとお願いした家庭教師が今日来るのだ。

はっきり言ってどうでもいい。
どうせ以前の家庭教師みたいに匙を投げるに決まっているさと諦める。それでも仕方なしに母親と一緒に約束の時間まで待っていると、時間ピッタリにチャイムが鳴った。

「は〜い!」

いそいそと玄関へ向かう母親の後をゆっくり追う。
これであの人が今度の家庭教師だったら…と考えて、イヤイヤそれはまずいと頭を振った。

居間から玄関へと向かう廊下からは、母さんのキャピキャピ声が聞こえる。
あまりのはしゃぎっぷりに、別の人だったのだろうかと玄関先に顔を出すと。

「ええぇぇえ?!!」

「お前、この間の…」

オレはあの人に、あの人はオレを指差しながら、互いに呆然と見つめ合った。


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