リボツナ | ナノ



3.初詣へ行こう




ハーッと吐き出した息が白くなるほどの寒さの中、先生と2人で参拝者で溢れ返る参道を人波に逆らわないようにと進んでいた。
日本人男性の平均身長にわずかに足らないオレとは違い、頭一つ分以上高い先生の場合にはこの人だかりも違う見え方をするのかもしれない。
こちらを気にした様子で窺う先生の顔はこの人だかりさえ楽しんでいるように見えるのだから。




初詣に参拝しに行ったことがないという先生の言葉に、それならば今年は2人で少し遠出をしてみたいと言い出したのはオレだったと思う。
とにかくお付き合いから結婚に至るまでがあまりに早すぎて人並みのことをしてこなかったことを、オレは少しもったいなく思っていたからだ。

10月半ばの冬期講習生が増えはじめるという時期だった。

何気なくつけていたテレビに映し出された参拝の様子に、隣に座ってなにやら難しい数字とにらめっこしていた先生の肩に頭を乗せてぽつりと零した。

「…ご利益ありそうだよな。いいな。」

特にすごく行きたかったという訳ではない。こうして2人で一緒にいられるだけでも幸せなのだが、先生との思い出も欲しいとただそう思い口に出てしまっただけだった。

「何だ?正月の話か?…そういや初詣とかいうやつには出掛けたことがねぇな。」

「へー………って、マジ?」

うっかり聞き流しそうになって慌てて戻ると、横で顎に手を掛けて少し考え込んでいる先生の横顔を見つけた。
先生はイタリアから大学生の時に留学してきてそのまま日本に住み着いたと聞いていた。
日本の文化、風習に馴染んでいたのでてっきり初詣くらいはたくさんいた彼女たちと毎年参拝してきたのだろうと勝手に想像していただけに驚きを隠せなかった。

「ああ、大学の頃はそういう文化があると見聞きした程度で社会人になる頃には自分の会社を立ち上げることだけに集中してたからな。今年はツナも居るし家内安全を祈願しに行ってみるのも悪くないか。」

「う、うん!」

嬉しくて満面の笑みで返事をすると手にしていた書類を投げ出して襲い掛かってきたという話は別の機会にさせて貰いたい。





そんな訳でご来光が望める有名神社へとほど近い温泉宿から徒歩30分、やっと辿り着いた参道にホッと息を吐くもすぐにため息へと変わるのにさして時間は掛からなかった。

「…想像以上の人手だね。」

「こんなもんじゃねぇのか?」

今年は正月が土日に重なっているせいなのか、それとも長引く不況の影響か、近所の神社ではお目に掛かれないほどの賑わいを見せる境内へと続く参道に溢れ返る人だかりを前に空笑いしか出てこない。
そんなオレの肩を抱くと人波へと押し込められることとなった。



明らかに頭一つ分高い先生に支えられながらも人ごみに紛れること数分。
前後不覚になるほどではないが、あまり快適ともいえない距離感のまま進んでいくと肩を抱いていた先生の手がするっと腰に落ちてきた。

どの人も前に進むことだけに集中していて辺りの人を意識してはいないという状況でそれは起こった。

周囲は知らない人だらけという状態に少し開放感を覚えたオレが先生の腰に手を回そうかとオズオズと手を伸ばしかけていた。
勇気を振り絞って先生の黒いコートの生地に触れたときに、オレのショートコートの裾からひやりと冷気が流れ込んで思わず声を上げる。

「ひゃ…!」

山の澄んだ空気は背中を一撫でして、それと一緒に先生の皮手袋も奥へと侵入してきた。

「ちょ、寒い!寒いしくすぐったいって!」

脇腹から入り込んだ長い指はニットの奥へと忍び込みカットソーを掻き分けて肌着代わりのTシャツへと辿り着く。
周囲にバレないようにと押し殺した声で抗議しても鉄扉面はビクともしない。
涼しい顔のままTシャツの上から肌をなぞるように指を動かす先生の背中を叩くとついっと顔を寄せてきた。

「いいじゃねぇか。誰に見られる訳もないだろ。」

「見てるよっ!人だらけだろ!」

「こんだけ混雑してんだ、気にしちゃいねぇぞ。」

言うだけ言うと近付いてきていた顔がムチュと唇に重なってきて、慌てて引き離すと辺りを窺った。
しかし先生の言う通り誰も気にする人など見当たらない。

「な?」

「『な?』じゃないってば…!っ、つっ!」

だからと言って何をしてもいいというものでもないと釘を刺そうとしたところをTシャツ越しに胸の先をつままれた。
寒さに縮こまっていたそこを皮手袋で滑るTシャツの上からぎゅっと力任せにつままれて痛さに声が漏れそうになる。
咄嗟に先生の肩に顔を埋めて痛みをやり過ごすと今度はTシャツの中にまで侵入を果たす。

「ツナが寝ちまうのが悪いんだぞ。起きたと思えばすぐに初詣だとか言ってヤらせねぇ…」

恥も外聞もない赤裸々過ぎる言い分に慌てて口を塞いでやると、皮手袋が尖った先を探り当ててぐりぐりといじめ始めた。
吐き出した息に甘さが混じりはじめたことに気付いて顔を赤くしていくともっとだというように平らな胸を揉む。

傍から見れば気分の悪くなった彼女を支える彼氏に見えるのだが、その時には誰かに見られるのではという恐怖と神社の参道でという後ろめたさに声も上げられず身動きすら取れずに先生に誘導されるままわずかずつ進んでいった。

「おねが、い…あとでいくらでも付き合うからっ!」

だから手を放してと声を詰らせていると耳元に寄せてきていた唇がゆるく巻かれたマフラーの奥へと下っていってチリッとした痛みとそれを上回る気持ちよさとに思わずうめき声が漏れた。

「ううっん!」

幾人かの視線を感じて朱を刷いた頬を隠すとまた視線が霧散する。
その声に気をよくした先生が下肢にまで手を伸ばしたところで手首を掴んで押し留めることに成功した。

「これ以上されたらぜったいバレる!」

この旅行のためにとスケジュールを調整していた先生とはここ1ヶ月すれ違いの生活を送っていた。
不況の波もなんのその、いい高校や大学へと進学させたい親と子は進学率が桁違いに強い先生の塾へと殺到しているらしい。
受験を終えたが先生との新しい環境での新婚生活を送ってなおかつ高校生活もこなしているオレもそれなりに忙しく過ごしていた。
つまりご無沙汰だった。

31日まで寝る時間も惜しんで働き詰めだった先生と出発できたのは午後3時を過ぎてからで、温泉宿に到着したのはチェックインぎりぎりの午後7時少し前。
そこから自慢だという露天温泉に浸かり、ほかほかになったところで運ばれてきた夕食に舌鼓を打ったまでは覚えていた。
残念ながらそこから先は闇の中だ。

先生の手を押さえながら睨みつけていると人波が少し前へと進んでいく。
境内に足を踏み入れたところでどうしてもやめて欲しいオレは顔を寄せて小声で噛み付いた。

「神様の御前なんだからちょっとは控えろよっ…!今からでも鐘をついて煩悩を払い落として来い!」

「そんな鐘ごときで吹き飛ぶような煩悩なら今頃日本中聖人だらけだぞ?」

「そうかもしれないけど!それでもここではやめっ、ヤ!」

押えていた手からすり抜けた先生の手が熱を持ち始めた前を撫で上げて悲鳴にも似た喘ぎが口をついて出る。
たまたま顔を上げた方向にいた先生より少し若い男の人で、その人とばっちり視線が合ってしまう。
恥ずかしさに顔を隠してもその視線はずっと注がれたままだった。

「先生、せんせい…」

滲み始めた視界でジッと下から見詰めていると前を撫でていた手が腰に巻き付いて、胸を弄っていた手は背中へと回された。

「しょうがねぇな…やめてやる代わりに…をするんだぞ?」

「うっ!うううっ…」

唸っていると目の前が暗くなってそれから少し鼻の頭が温かくなったところで唇を塞がれる。
むちゅーと音がしそうな口付けをされた。
さすがに堂々とし過ぎていたために辺りの人たちは皆興味津々といった顔でこちらを覗いている。
周囲を人に囲まれて逃げ出す術もない。

先生の背中に顔を押し付けて進んだ先での祈願は神様に届けられる前に先生に握りつぶされる運命にあるらしい。


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