8.ハンドルに額を押し付けるリボーンの姿に掛ける声もなかった。 嫌がられるなんて思ってもいなかったのだろう。 だけとオレは一時の感情でされるのは嫌だった。 好きだから、嫌だった。 はだけたシャツを下に引き下げ、シートの下からトランクスと掬い取る。 足を入れたところで隣のリボーンが呟いた。 「オレとじゃ嫌か?」 嫌じゃないから嫌だった。自分とリボーンとの気持ちの違いは決定的なのに、それを勘違いしそうになる。 頬を伝った涙の後を手の甲で拭うと、うんと返した。 「リボーンみたいな遊び人のおじさんはキライだ。」 自分の気持ちを確かめるようにはっきり言ってやると、チッと舌打ちされた。 「はっきり言いやがる。それならお前一人だと言ったらどうする。」 「信じられない。」 トランクスを履いて、ズボンも引き上げると何故かリボーンが笑い出した。 「なに、」 「京子って女はどうした。」 「…京子ちゃん?」 突然出てきた名前に驚いていると、そうだと言って詰め寄られた。 「オレの尾行をしてでも付き合いたかったんだろう?いや、もう付き合うことにしたのか?」 「はぁ?なんでそんなこと…って黒川か。違うよ、付き合う訳ないだろ。オレと京子ちゃんじゃつり合わないって。」 自分の言葉にぐっさり抉られた。でも間違っちゃいない。 なのにリボーンは胡散臭そうな顔をでこちらを睨む。 「聞いたところだと、その女もてめぇのことを憎からず思っていたんだとよ。それでもか?」 そう言われて驚いた。そんな話初耳だ。 目をパチパチ瞬かせていると、痺れを切らしたリボーンに胸倉を掴まれた。 「ボサボサの髪に草か…はじめてが外でってのも中々度胸あんな。」 「は?へぇ…………………えぇぇええ!!違う!誤解だよ!」 言われた言葉を咀嚼してやっと意味を理解した。 とんでもない誤解をされている。 「リボーンじゃあるまいし、外でなんてするかっ!」 間近に迫る顔に唾を飛ばす勢いで返すと、フンと鼻で笑われた。 「公園、屋上、電車でもヤる気になりゃ、どこでもできるぞ。」 「信じらんない…!ヤれりゃ誰でもいいんだろ?!変態!オレのファーストキス返せ!」 そこまで節操なしだとは思ってもいなかった。 やっぱりからかわれただけなんだと知って、近付く顔を向こうに押しやるとオレの手の隙間からくぐもった声で訊ねてきた。 「…初めてだったのか?」 「そうだよ!キスも、身体触られたのも、あそこを弄られたのも見られたのも…全部リボーンが初めてだ!」 ガキをからかってそんなに楽しかったのかと顔に爪を立てると、心底驚いた表情でリボーンがこちらを見詰めていた。 「女とは?」 「だから誤解だって!」 いい加減に離れろと暴れ出すも、手首を握られて運転席側に引っ張られ体勢を崩したところに口付けられた。 歯列を割る舌に噛み付いてやろうとしても、チロチロを上顎をくすぐられてむず痒さに舌で追い出そうとして逆に絡め取られた。 気が付けば逃げ出そうとしていたことも忘れて与えられる感触に酔っている。 唇が離れて車内に互いの息遣いだけが響き、居た堪れなさにぎゅっと目を瞑った。 変態だろうが、節操なしだろうが、好きなことに変わりは無いのだと知る。 泣き出したいほど悔しい。 背中を抱き締める手と、項にかかる息の熱さに錯覚しそうになった。 リボーンの背中に手を這わせようとしてその横で拳を握る。 肩に額を押し付けてぐっと唇を噛んだ。 「悪かった。どうやら焦ったらしい…」 小さな声でそう言われ、オレは耳を疑った。 だってあのリボーンだ。謝罪という言葉はこいつの辞書にないのだとばかり思っていた。 「てめぇ、いい度胸してんじゃねぇか。」 「いっ?!なんで分かっ…あ、読心術。」 ということは今までの気持ちも全部聞かれた? どっと汗が吹き出る。内心ドキドキだ。 恥ずかしくて逃げたくとも、背中に回された手に力が篭り逃げ出そうにも逃げ出せない。 手で背中を叩いて腕の拘束を緩めようとすると、首筋にガブリと噛み付かれた。 「いつっ!」 痛さに竦むとそこをねっとりと舐め取られ、背筋をぞくぞくと這い上がる快感をやり過ごそうと身を縮めた。 それをいいことに首筋から肩口まで吸い付かれたり、噛まれたりを繰り返される。 ぐったりと力が抜けてリボーンの背中にしがみ付いていると、最後にひとつ鼻の頭にキスを落とされた。 「…オレをどうしたいんだよ。」 さっぱり分からない。 からかうにしては手が込んでいるし、そもそも何に謝られたのかすら分からない。 もういいやと開き直ってリボーンに抱きつくとそのまま鼻から唇に下ってきた。 重ね合わせるだけのキスを繰り返されて、抵抗する気もなくなってくる。 すけべだろうが、おじさんだろうが、どうしようもないタラシだろうがもうどうでもいい。 負けた…と身体の力を抜くと口付けを落としていた唇がオレもだぞと呟いた。 「強情っぱりのガキだが、それもいい。負けたのは初めてだ。」 見たこともないような顔で笑うリボーンに、やっぱりオレの負けだと思ってそっと首にしがみ付くと自分から唇を重ねていった。 「リボーン!」 バン!と音を立てて開いた扉の向こうに、いつものように長い足を机の上に投げ出して座るリボーンが見えた。 その横には報告をしていたらしいスカルさんが、オレの顔を見てぎょっとしている。 そんなこと知ったこっちゃない。 ずかずかと足音荒くリボーンの机の前にまで歩いていくと、両手を机に叩きつけて抗議した。 「コレわざと見える位置に付けただろ?!」 昨晩の名残がしっかりばっちり刻まれた首筋を見せれば、スカルさんは無言になり、リボーンはニヤリと口許を緩めた。 「おま…!」 「これで女に妙な期待を持たせることもなくなっただろが。感謝してもいいんだぞ。」 「するか!京子ちゃんどころか、友達にまで見付かってえらい騒ぎになったよ!危うくバイト先に乗り込まれて、付けた張本人に依頼されちゃうところだったんだぞ?!」 「そりゃ傑作だ。」 「傑作じゃないって!年増女に喰われたって泣かれたけど、本当は一回りも上なオジサンだって知れたらどうすんだよ!」 恥ずかしさと怒りでバンバンと机を叩いて抗議すると、横にいたスカルさんが呆れた声で訊ねてきた。 「で、どっちが落とされたんですか?」 「「オレ。」」 重なった声に驚いて前を向くと、同じく肩を竦めたリボーンが苦笑いをしていた。 「なんで…オレだよね?」 「バカ言うな。オレの方が先に好きになったんだぞ。」 「はぁ?先に尾行してたのオレだろ?」 「頼まれてな。自分の意思じゃねぇ。」 「でも…!」 机に乗り上げて言い合いをしていると、横からパンパンと2つ手を叩いた音を出してスカルさんが間に入った。 「そういう痴話喧嘩は余所でやって下さい。」 その一言で冷静になったオレは、机の上に顔を伏せた。 恥ずかしくて顔をあげられない。 だけど厚顔なリボーンはオレを引き寄せて膝の上に抱えられる。 逃げ出そうとも体勢が悪くて逃げられない。それでもバタバタと手足をバタつかせると、黙れといわんばかりに頬に噛み付かれた。 「っ!」 昨日から噛まれたり吸われたりの繰り返しだ。 それでもゾクゾクするのだからオレも大概バカかもしれない。 リボーンのジャケットの裾にしがみ付くと、横にいたスカルさんがため息を吐いた。 「予想してましたけど、予想以上に展開が早かったなと思っただけです。まあ、先輩ですから当たり前といえば当たり前でしたね。」 といい終わるなり額になにかが当たったらしいスカルさんがもんどりうって床へと沈んだ。 「ちょ…スカルさん?」 少し変わったバイト先で、かなり変わった恋人を手に入れた初秋の話だった。 . |