リボツナ | ナノ



2.




人通りの多い街中より、少し外れた場所にあるひっそりと立ち並ぶビルの間にそのビルはあった。
何の変哲もないビルを見上げると、手にした名刺に書かれていた名前と同じ看板が掲げられていた。

逃げ出せるものならとっくに逃げ出している。逃げ出せないからここにいるのだ。
本気でクラスメイトに慰謝料でも請求したい。
してもあんたが鈍臭いから悪いのよと開き直られそうだけど。

「ううう…なんでオレが……」

口から漏れるのは愚痴ばかり。
それでも言われた通りここへ来たのには訳がある。

「探偵がスリってどういうことだよ?!」

「人聞きの悪いこと言ってんな。いくらちまっこいからってその爆発頭は見えてんぞ。」

「げっ!」

頭の上から掛かった声に顔を上げれば昨日の嫌味なほどの美形が、窓から身を乗り出してこちらを覗いていた。
相変わらず人を食ったような笑みを浮かべる顔は、腹立たしいほどお綺麗だ。なのになよなよしていなくて男らしい。羨ましい……違う!違うって!

女関係に不自由したことはありませんといわんばかりの顔と、小馬鹿にしたような表情にカチンときて睨みつけると男は益々楽しげに口端を上げた。

「親御さんからくれぐれも、と頼まれたからな。きちんと面倒見てやるぞ。」

「いらん世話だっ!」

本当にとんでもないことをしでかしてくれた。






昨晩はあのままよろよろと家に帰りついた。
携帯電話は取り戻したいが、渡された名刺の場所に出向く気はさらさらなかった。
どうやって取り返そうと回転の遅い頭を捻りながら家に着く。
キッチンにいた母さんにただいまと声を掛けているタイミングでそれは鳴った。

「夕食の支度をしてるから、つっ君電話に出てちょうだい。」

そう言われて何気なく受話器を取った。

「もしもし、沢田です。」

『お、帰っているか。感心だな。』

「って、あんたさっきの?!」

耳朶に響く声音は電話回線越しでもゾクリとするような色気がある。
なんで家に掛けてきたんだと受話器を握ったまま叫ぶと、母さんが支度を終えて近付いてきた。
まさかクラスメイトに唆されて知らない男を尾行していたなんて知れたらアウトだ。
慌てて受話器を置こうとすると、電話の向こうからまた声が掛かる。

『安心しろ、言わねぇぞ。いいから親出せ。』

「出せるかっ!」

「あらあら…つっ君たら、どうかしたの?」

エプロンで手を拭きながら近寄ってくる母さんに知れたらヤバいと、手にした受話器を置こうとするとタイミングを計ったようにぼそりと呟かれた。

『てめぇのいない時に掛け直してもいいんだぞ。』

「ちょ…勘弁してよ!」

『悪いことは言わねぇから親と代われ。』

信じるしかないが、信じ切れないオレはそれでも男に言われた通りに受話器を母さんに差し出した。
オレの居ないところで、勝手に母さんにあることないこと吹き込まれるよりはマシだ。

「うぐっ…!母さん、その…オレの知り合いなんだけど、ちょっと母さんに代わって欲しいって。」

「?あらまあ…どんな方かしら。」

特に気にした様子もなく差し出した受話器を受け取ると、和やかに会話を始めた。
その横でなにを言うのかドキドキするオレを尻目に、母さんはなぜかきゃっきゃっと少女のようにはしゃいだ声を上げたり、頭を下げだしたりした。
しかもうちのツナをよろしくお願いしますって言わなかったか?!

きちんとした事業主の方で母さん安心したわ、なんて意味の分からないことを言われて返ってきた受話器を耳に当てる。
すると電波の先の男がくつくつと笑っていた。

「もしもし…?」

『くくくっ…』

「もしもし!」

オレを笑われているようで腹を立てると男はやっと笑いをおさめた。

『ああ、悪ぃ。まさかここまで思うように進むとは思わなかったぞ。』

「それってどういう…」

『またウロチョロされちゃ堪んねぇからな、バイトとして雇ってやるって母親に承諾を取った。』

「………は?」

『一石二鳥だろ?てめぇはオレの素行調査を間近でできる、しかもバイト代も手に入るんだ、オレに感謝して崇めろ。』

「……………はあぁぁあ?!」

と、まあそんな訳だった。









見つかってしまったものはしょうがないと探偵事務所と書かれた2階へと足を運ぶ。
行きたくないので足は重いし、気分はどん底だ。
それでも母親を味方につけ、携帯電話まで手中に収めているあの男の元に行かねばならない。

理不尽だ。
世の中理不尽過ぎる。
涙ながらに事務所の前まで辿り着くと、その扉がこちらに向かって勢いよく開いた。

「ねぇ…そんなつれないこと言わないでよ。」

「失礼。私には心に決めたものがいますので。」

どこの昼ドラだと思うような会話をしながら出てきた男女は、片方は言うまでもなく昨日の男だ。女の方はいかにもお金持ちと分かる雰囲気の美女で、この人に迫られてなにが不満だと問いたいほどだ。
少なくとも、オレにこの男の素行を調べろと交換条件を出した同級生より余程いい。

マジでこんな世界があるんだとぼんやり見ていると、こちらに気付いていた男が一瞬だけゾクっとするような悪い笑顔を見せて、また元の顔に戻るとオレの肩を引き寄せた。

「これが私の伴侶です。さ、綱吉。ご挨拶するんだ。」

「は?へ?綱吉です、よろしく?」

意味も考えずに思わずそう答えると、目の前の美人さんの顔が般若のごとく変わっていった。
呪い殺されそうな視線にやっと言われた言葉の意味を理解する。

「ちょっ…ごか、ふぐぐぐっ!!」

「見た通り男同士の上に、この子は学生で…それでも手離せないんです。あなたが素敵なのはよく分かっているのですが、ご容赦下さい。」

「…!!帰らせて頂くわ!」

何を言われてもオレだけを睨んでいた美女は、悔し紛れに廊下にハンドバッグを投げ付けると拾うこともせずにハイヒールを高らかに鳴らしながら立ち去っていった。
それを見送ったオレは、肩を抱かれたままで事務所に引き摺り込まれる。

「ああああの!あれってどういう…」

「さっそく役に立ったな。」

そう言われ、しつこい女性との別れに使われたのだと知った。

「あんた最低な男だな!」

いくらモテても人の気持ちを無視するなんて最低だ。
だけど女の人はこういう男に騙されてもいいと言うのだろう。
ぷりぷりと怒りながらソファに腰掛けると、その背凭れに男が腰掛けてきた。

「あんたじゃねぇぞ。雇用主の名前くらい覚えとけ。」

昨日のように顎に手をかけられて、上から覗き込まれる。
日本人でもここまで黒い瞳は珍しい深い黒に吸い込まれそうだ。

蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れなくなって、その目を見詰め返すとどんどん顔が近付いてくる。
昨日のように頬を噛まれるのかと身構えて目を閉じると、唇に生暖かい息がかかる。
すぐそこに迫る体温と、トワレ交じりの匂いとが妙に生々しくて、オレはダシに使われただけだと分かっているのに怖くなった。

顎を掴む手を払おうとその手に自分の手を添えると、その手まで掴まれた。
身体を逃がそうと横に逃れるも上から伸し掛かられて益々身動きが取れなくなる。

「ひっ…!」

大事に取っておいた訳じゃないけど、気が付けば17年間誰とも交わさなかった口付けを何が悲しくて男なんかと!
確かに美形だけれども、オレもこいつも男なんだ。
絶対嫌だ!と心の中で絶叫を上げていると、唇の上に息がかかってまたもくつくつと笑い出した。

「お前、おもしろいヤツだな。そんなに嫌なら逃げりゃいいんだぞ。」

「腕掴まれててどうやって逃げればいいんだよ!」

「首を振れば出来ないだろ?」

そういうもんか?なんだか違うような気もするけど、確かにできなくなる。
じゃなくて!

「どうしてキ、キス、なんかしようと…ふぐっ!」

オレとする意味が分からないと声を上げようと口を開いたところで塞がれた。
口を口で。

映画のキスシーンなんかはよく口付けというより、喰らいつくみたいにぶっちゅーとしているけどあれって本当だったんだ。
口を開けていたせいでぬるりとしたものを捻じ込まれ、うえっとなる。気持ち悪いそれが舌だと分かるのにしばらくかかって、首を振って逃げ出そうと思ったときにはすでに自分の舌を絡め取られていた。

舌を押し返そうとしても、その動きすら分かっているのか逆にいいように舌を舐められてしまう。
初めてなんで息継ぎの仕方も分からなければ、どうすれば逃げられるのかも分からない。
分からないままにたっぷり5分は付き合わされた。

最後におまけだと言わんばかりに唾液で濡れた頬を舐め取られて、身体がぶるっとひとつ大きく震えた。
はぁはぁという息はどうやら自分のものだったようで、目の前の顔は濡れた唇以外変わりがなかった。
その唇が楽しげに口角を上げる。

「リボーン、だぞ。雇い主の名前くらい覚えとけよ。」

「っ!なんでお前なんかの下でバイトしなきゃなんないんだよ!」

男にも手を出すヤツのところでバイトなんて危なくてしょうがない。
キッと下から睨んでも、フンと鼻を鳴らして手にしていた携帯をこちらに向けた。
ん?携帯?

「……ちょ、ま、ああああんたぁ!」

携帯電話の写真機能ってホント日進月歩の世界だよな。
マジで画像とか綺麗で、デジカメもいらないくらいだよ。って、そんなのこんな写真で実感したくなかった!

「これをてめぇの携帯の履歴全部に送ったらどうなるんだろうな。」

「おおお脅しか!?っていうか、なんでそれ撮るんだよ!」

「初めてとかいう割に意外とイイ顔してんじゃねぇか。素質あるぞ。」

「なんのだよ!?違う、違う!そうじゃなくて写真消せよ!」

ソファの背凭れを跨いだ格好で伸し掛かるリボーンの胸元を揺さぶるも、ニヤニヤ顔はちっとも堪えていない。

「消して欲しいのか?」

「決まってんだろ!」

「それならバイトはするな?」

どうして分かったんだろう。携帯電話を受け取ったら2度と近寄らないと思っていたことを。
それにさっき何て言ってた?
初めて云々言ってなかったか?

「たりめーだ。てめぇの考えてることなんざダダ漏れだぞ。ちなみにオレは読心術が出来るぞ。」

「って、それ卑怯だろ!?」

「逃げ出そうとする方が卑怯だろうが。で、返事は?」

言わずとも知れた。


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