8.ツナにとって秋から冬は大嫌いな季節です。 外に出ることの少ない典型的な現代の子供だとはいえ、小学校ではこの時期、運動会だ持久走大会だとなにかと身体を動かす行事に事欠かないために運動音痴のツナにとって苦行以外の何物でもないからです。 はぁ…と子供らしからぬため息を吐くツナは、家へと帰る足取りに軽やかさは見当たりません。 なにせ家に帰れば猫のコロネロが何故か門番よろしくツナの帰りを待ち構えていて、ツナがどんなに逃げようとも足の早い彼に追いつかれ有無も言わさずキスをされた上で、ランドセルを剥ぎ取られるとすぐに外に放り出されるのですから。 コロネロはどうやら運動音痴のツナを鍛えることに生きがいを見出してしまったようで、ツナにとっては傍迷惑この上ないといった事情がありました。 リボーンはといえば、普段はコロネロのやること成すこと反発しているというのに今回に限っては頷いたきり黙ってコロネロに任せているのです。 曰く、「変態に追いかけられた時にその諦めのよさと体力だと困るからな。」です。 リボーンの邪魔もなく、毎日毎日苦手なマラソンや腕立て伏せを繰り返す内にツナは家に帰りたくないと登校拒否ならぬ、帰宅拒否を起こしかけていました。 どうにかしてコロネロから逃げ出せないかと考えていたツナは、道端に小さな箱があることに気が付きました。 何やら見覚えのある展開です。 そんな訳ないよなとそーっと箱の中を覗き込むとその隅には小さなハムスターがピクリともしないで転がっていました。 慌てて箱の中からハムスターを抱えるとまだ少し暖かく、わずかながらも鼓動があるようです。 ハムスターといえば寿命は3年くらいだと友だちから聞いたことがありました。 ひょっとすると死んだと思い込んだ飼い主が捨ててしまったのかもしれません。 手の平のハムスターを懐に入れると、今までの鈍足を忘れたかのような勢いで家へと駆け出しました。 ジャンパーの中に入れ、両手で抱えて走っていくとやはり門の上でコロネロが待ち構えています。 けれどツナの思い詰めた顔を見たコロネロは何かあったのだろうと察して、何も言わずツナの後を付いてきます。 バン!と勢いよく開けた玄関の先には丁度お母さんが洗濯物を手にして立っていました。 「お母さん…!ハムスターが、死んじゃいそうなんだ!」 「あらあら…」 そう言うとツナの懐から取り出したハムスターを見て、うーんと考えると手にしていた毛布にハムスターを乗せて居間へ行ってきなさいと言いました。 「きっと寒さで冬眠しちゃったのね。暖かくしてあげれば目を覚ますんじゃないかしら。今、湯たんぽを持っていくから待ってなさいな。」 「分かった。」 頷いたツナはとにかくお母さんのいう通り、暖めてあげようと毛布で包むと暖房のついている居間へと向かいました。 そこには同じく寒さに弱い兎のリボーンがぬくぬくのコタツから顔だけ出してうたた寝をしています。 『おかえりだぞ。っと、どうしたんだ、そいつは?』 「ただいま、リボーン。うん…外に捨てられてたんだ。しかも寒さで冬眠しちゃってるみたいで…ちょっとコタツに入れてみようかな。」 『そんなちっこいの入れたら熱くて死んじまうんじゃねーか、コラ。』 「ちょ、不吉なこと言わないでよコロネロ!」 猫と兎に囲まれてそう声を上げれば、毛布の中のハムスターがビクンと痙攣を起こしブルブル奮えはじめました。 やはり冬眠じゃなくて病気なんじゃないのかと心配していると、目を開けたハムスターが独り言を言い始めました。 『冗談じゃない。せっかく先輩2人と離れられたっていうのに、なんであの2人と同じ名前を聞かなきゃならないんだ。不吉だ。激しく不吉だ…!』 「…」 はっきりばっちり聞こえてしまいました。 しかもどうやらこのハムスターはリボーンとコロネロの知り合いのようです。 困った表情でハムスターの背中を見詰めていると、コロネロが毛布に包まるハムスターに鼻っ面を寄せてきました。 『よお、久しぶりだな。』 『ギャー!!猫!猫だっ!』 パニックになったらしいハムスターは毛布から転がりでると、ポテンとコタツ布団の上に落ちていきました。 その横には黒兎のリボーンが鼻をヒクつかせながらジィっとそれを見ています。 黒兎に気が付いたハムスターは眼光鋭い兎の視線に動けなくなったのかピタと動きを止めました。 『パシリ、てめぇもか。』 『パシリじゃない…!』 「あのさ、オレの言葉分かる?」 固まるハムスターの上から声を掛けると、あからさまに身体をビクつかせてそれからこちらをふりかえってきました。 そのブルーのようなグレーの毛並みを指で撫でるとツナの指に噛み付きます。 『さ、触るな!』 「ごめん。怖いよね?」 『というか、なんでお前オレの言葉が分かるんだ?』 触られることが好きではないらしいハムスターは驚いているようです。 ツナはなんと言えばいいのか迷います。 だってこのハムスターの言葉が分かるということは、リボーンやコロネロと同じだからです。 それってオレもだけど、ハムスターになってしまっているこの子もきついよな…とツナは心底同情しました。 眉を寄せ、言葉を濁すツナに焦れたハムスターがよじ登ってきました。 腕を伝い肩まで登るとキィキィとがなりたてます。 「おい、答えろ!」 『そりゃ、こっちの台詞だぞ。』 そう黒兎が言うとピョンとコタツの上に飛び乗って、それからツナの顔に飛びついてきました。 少し湿った鼻と口がツナの唇に当たるとボフン!と音を立て煙の中から人間のリボーンが現れました。 「ツナの白魚のような指を噛むとはいい度胸じゃねぇか。そこにいるコロネロに一噛みして貰うか?」 『うわぁぁあ!悪魔が出た!』 人間に戻ったリボーンが踏み潰さんばかりの勢いでハムスターを苛めていると、 『ツナ…』 「ん?」 コタツの上に座っていた金色猫のコロネロが横から声を掛け、それに振り向いたところでボフン!という音と共に今度は人間のコロネロが現れたのです。 『ぎゃあぁあ!!!鬼が!今度は鬼が出た!』 パニくるハムスターを見て、リボーンとコロネロの2人を引き離すと逃げ出そうと必死にもがくハムスターに声を掛けます。 「あのさ、君も呪いでハムスターになってるなんて言わないよね?」 『どうしてそれを?!』 「……」 やっぱりです。 リボーンとコロネロの知り合いだというだけで嫌な予感はしていたというのに、これでは否定のしようがありません。 仕方ないとため息を吐くと、やっとこちらを向いてくれたハムスターに言い聞かせます。 「絶対噛み付かないでね。」 『は…?』 意味の分からないハムスターがキョトンとしている隙にツナはチュと口をくっ付けました。 途端、ボフン!と音を立て白い煙の中から紫色の髪の毛をした男の子が現れたのでした。 . |