6.重いランドセルを背負って走っているのか歩いているのか分からないほどのスピードで家に辿り着いた綱吉は、ランドセルと玄関に放り出すとそのまま日当たりのいい居間へと向かいます。 お母さんが手洗いとうがいをすませなさいと声を掛けても知らん顔です。 何故ならそこに兎のリボーンがお昼寝をして待っているのです。 「リボーン、ただいま!」 そう声を掛ければいつもはぴょんと一跳ねして出迎えてくれるのですが… 「あれ?」 いつもいる筈のクッションの上にはおらず、その近くにある窓がほんのわずかに開いていました。 まさか出て行ってしまったのではと、慌てて窓に手を掛け外を見るとそこには兎のリボーンと金色の猫が対峙していました。 「リボーン!!」 咄嗟にリボーンと猫の間に駆け込むと、リボーンを抱えてぎゅうと腕の中に囲いました。 猫はネズミや鳥だけでなく兎のような動物も襲うことがあるのです。 噛み付かれていないかと兎のリボーンを確かめていると腕の中から鼻をヒク付かせて綱吉に語りかけてきました。 『ツナ、キスしてくれ。そこのバカ猫に見せ付けてやる。』 「え、うん?」 よく分からないながらも、兎でいられるよりは安全だし怪我のあるなしも分かりやすいだろうと躊躇わず兎の鼻めがけて唇を落としました。 ぼふん!という音とともに煙の中から人間のリボーンが現れます。 人間になった途端に回される腕にも慣れた綱吉は、逆らうことなくリボーンの腕の中に納まっています。 すると先ほどの猫がフギャー!と驚きの声を上げました。 「フン、うらやましいか?こいつがオレの番いの綱吉だ。可愛いだろ?」 と、まるで人間に話しかけるように猫に語りかけているのです。 リボーンと猫との視線はバチバチと火花が散っているようにも見えます。 どういうことだろうとリボーンの顔を眺めていると、猫の方を向いていた顔が綱吉の視線に気が付いて振り返りそのまままた近付いてきます。 「ちょっ、まっ…んーっ!」 逃げる間もなくリボーンの唇に塞がれて言葉も封じられてしまいました。 最近ではぴったり重ねる唇の間からチロチロと唇を舐められたり、唇で啄ばまれたりとバリエーションがでてきてそれについていけないのです。 ふうんと息を吐き出すとやっと顔を離して貰えました。 「イイ顔すんだろ?」 「誰に向かって言ってんだ!バカ!エロリボ!」 『おまえ、ホントにしょうもねーヤツだなコラ!』 「だろ?いつもこうなんだよっ……って、誰の声?」 タイミングよく入った合いの手に思わず同意してから気が付きました。 キョロキョロと辺りを見回しても自分とリボーン、それから猫しかいません。 でも確かに声が聞こえてきたのです。 『…お前、オレの声が聞こえるのかコラ。』 「へっ?聞こえるって…」 声の方向を向くとそこには先ほどの猫がいるだけです。 金色の毛並みがピカピカしていて、青い瞳はブルーサファイアのよう。 野性味溢れるその猫はひょっとしたら猫の中では大柄なのかもしれません。筋肉質な肢体を覆う金色の毛は短く少し硬そうです。 マジマジと見詰め合う綱吉と金色の猫の間に割って入ったのはリボーンでした。 「ツナ、そんな筋肉ダルマを見てると筋肉が移っちまうぞ。」 『てめー誰が筋肉ダルマだ!』 「てめぇ以外誰がいるんだ。オレはスレンダーだし、ツナは見ての通りの幼児体型だぞ。」 ほれ。と洋服の裾を捲られてあばらの浮く脇腹から胸まで捲くられてしまいました。 同級生たちどころか2つ下のリボーンにすら体格では劣る綱吉は恥ずかしくて堪りません。 慌てて捲くり上げられた服を奪い返すとお腹を隠します。すると金色の猫は目を瞑ったばかりか前足で顔を隠して丸まってしまいました。 「相変わらずのヘタレっぷり。間違いねぇ、コロネロだな。」 『誰がヘタレだコラ!』 耳に聞こえるのは猫の鳴き声なのに、頭に響くのは人の声です。こんな状態を綱吉はよく知っていました。 そう綱吉の服を全開にしたリボーンの兎姿の時と同じ状況なのです。 「何だてめぇも変なババアに魔法を掛けられちまったのか?」 『そういうてめーもか!』 「って、うえぇぇえ?」 兎のリボーンですらいまだに半信半疑だというのに、今度は猫だなんてありえません。 けれど猫から聞こえる言葉は偽りようもないのです。 リボーンの腕から逃れ金色の猫に近付いてみます。 ジッとこちらを仰ぐ瞳の色はこちらがたじろぐほど真っ直ぐに見詰め返して、その目はやはり猫のものというより人間のもののようです。 普段は犬に追いかけ回されたり、鳩に突かれたりと動物とは相性のよくない綱吉は滅多に自分から近寄ることはしません。けれどこの猫はリボーンと同じなのだろうと思うと怖くなくなりました。 「えっと、コロ…コロネ?」 『コロネロだ!』 「ごめん!それじゃあコロネロ。さ、触ってもいいかな?」 『………いいぜコラ。』 そっと触れた毛並みはやはりリボーンの黒兎姿の時よりずっと硬くて、けれどキラキラ光る金の毛並みは驚くほど綺麗な色でした。 「きれー…」 額のあたりを撫でていると、もっと撫でろと頭を擦り付けてきました。 こんなに怖がらずに猫に触れたことのない綱吉は嬉しくて請われるままにコロネロの頭から背中まで撫でてやりました。 すると後ろにいたリボーンがいきなり綱吉の背中に凭れ掛かり、重さに耐えられなかった綱吉はコロネロの横にべちゃんと倒れこんでしまいました。 「なに、リボーン。酷いよ。」 「煩ぇ。そんな筋肉バカなんざ構うからだぞ。」 綱吉の上に乗るリボーンの声は不機嫌さを隠しきれていません。 体重を掛けて乗るリボーンの気持ちを察した綱吉がくすりと笑うとリボーンはもっと体重を掛けてきました。 「ひぃぃい!ごめん!も、苦しくて…しぬ!」 「悪いと思ったんなら次はツナからだぞ。」 「うううっ…」 やっと上から退いてくれたリボーンは、綱吉の手を取ると立たせて自分の前まで引き寄せました。 こちらを見る金色猫の視線を気にしつつ、リボーンの手を握ると目を瞑って顔を近付けていきます。 ちゅっと軽く触れ合っただけのそれでも満足げな顔をしたリボーンが猫相手に鼻で笑って言いました。 「残念だったな。ツナはオレのだ。てめぇも一万回心を込めてキスしてくれるヤツを探すんだな。」 『一万回…』 「そ、そういえば、コロネロはどこの家に飼われているの?」 険悪なムードになった一人と一匹(実は二人または二匹)の間に入ると、気になっていたことを訊ねました。 それにフン!と顔を背けたコロネロが答えます。 『笹川という家に厄介になってるぜ。そういやお前と同じくらいか、京子は。』 「京子…ええぇぇえ?笹川京子って、」 大声で叫んでいると、庭の向こうの塀からはい?と返事が聞こえてきました。 「どなたか私を呼びましたか?」 そこに現れたのは綱吉と同じクラスの京子ちゃんです。 京子ちゃんはクラスどころか学年でも指折りの美少女で、性格もよく、人気のある女の子です。 その京子ちゃんを見た綱吉はカァ…と頬を染めて声になりません。 そんな綱吉を横目で見つつ、代わりに答えたのはリボーンでした。 「ちゃおっス!こっちだぞ。この猫はお前の飼い猫か?」 「あ…!ありがとう!昨日の夜から探してたの。あら、ツナ君?」 「きょ、京子ちゃん!」 コロネロの首を摘んで京子ちゃんに手渡したリボーンは、どもる綱吉を見てまたも機嫌が悪くなっていきました。それに気付かない綱吉はあこがれの京子ちゃんと話が出来てデレデレしています。 「昨日から行方不明で探してたの。ありがとう、ツナ君!」 「ううん!とんでもない!見つかってよかったね。コロネロもよかったな。」 「あれ?私この子の名前教えたかしら?」 「いっ?!」 不思議がる京子ちゃんを余所に冷や汗を掻く綱吉の脇腹を肘で突くと一つ貸しだぞと小声で言ったリボーンは見事な愛想笑いを浮かべて助け舟を出してくれました。 「そいつの首輪に書いてあったからな。」 「あっそうか。それにしても、君は誰?学校では見かけたことがないよね。」 「あの、従弟なんだ。」 『兎の従弟なんざいねーだろコラ!』 「煩いな!」 京子ちゃんの腕の中でコロネロが余計な口を叩きます。それにつられて思わず言い返してしまえば、京子ちゃんが驚いた顔で綱吉を見ていました。 「や、あの、ハエが煩いねって。」 あはは…とわざとらしく笑うと隣のリボーンは後ろを向いたきりこちらに顔をみせず、コロネロは猫のくせに白けた顔をしてどこかを見ていました。 それでも京子ちゃんと話せることに喜んでいると、後ろを向いていたリボーンが綱吉の身体を後ろから抱き寄せてまだふくよかさの残る頬に口を寄せて言いました。 「言っとくが、こいつはオレのだからな。」 「なっ!バッ!」 恥ずかしくて逃げ出そうとした綱吉の肩と腰をがっちり掴まえると、今度は口に近付いてきます。慌てた綱吉は手でリボーンの顔を押し戻そうと必死です。 けれど力では敵わない綱吉は涙目でヤだヤだと首を振っていました。 そこにふわっと飛びついたのは猫のコロネロでした。 『嫌がってんじゃねーか!』 バッと飛びついた先は綱吉の顔です。目測を誤るなんてコロネロらしくありませんが、飛び出す瞬間に京子ちゃんが手で押えたので少し着地地点がぶれたのです。 コロネロの猫の口と綱吉の唇とが軽く触れ合った途端。 ぼふん! と煙を上げて現れたのは金髪碧眼の異国の少年でした。 . |