4.仕付けがわるいのだろうかふかふかの毛並みが頬をくすぐって、その優しい感触に眠りの底から目覚めへとふんわり浮上していく時間が綱吉は大好きでした。 ちょっと変わった兎のリボーンを拾ってから一月。 最初はなんて可愛い兎なんだろう飼い主が見付からなければうちで飼おうと思っていました。 それが悪い魔法使いによって姿を変えられてしまった少年だったと知ってお引取り願いたいと切に願ったことはリボーンには内緒です。 なにせキス一つで人間に戻る兎なんて見たことも聞いたこともなかったのですから。 しかも綱吉のキスでなければ人間に戻ることはできないのです。他の誰でもダメだと言われて夢なら醒めてと叫んだこともありました。 でも夢でもなければ幻でもないこの現実を、綱吉は受け入れざるを得ませんでした。 なんと父さんもリボーンと同じく魔法をかけられていてそれを解いてあげたのはお母さんだったのです。 理解のあるお母さんがリボーンを飼うことに賛成してしまい、今更捨ててくることも叶わず今の状態となっている訳です。 頬をくすぐる柔らかい毛がもぞもぞと動くと、そろそろ朝ご飯の時間です。 『ツナ、ツナ。腹が減ったぞ。起きてオレにキスしろ。』 ぴょん!と綱吉の胸の上に飛び乗ってきたのは黒兎のリボーンです。 艶々の毛並みは1ヶ月前より少しふかふかしてきて、冬支度をすませています。 まん丸つぶらな瞳はまるで人のようにもの言いたげにジッと綱吉を見詰めています。 「りぼ、ん?」 『オレの名前を変なところで切るな。まあいい、早く起きろ。』 ぴょんぴょんと飛び跳ねてもまだ小さい黒兎はそう重くもありません。 短い耳を揺らしながら跳ねる姿にぼんやりした顔が笑み崩れると兎はぴたりと足を止めました。 『っとに性質悪ぃな、ツナは。早く人間に戻せ。』 「はいはい。毎朝元気いいね、リボーンは。」 なんだか奥歯にものが挟まったような物言いをするリボーンを不審に思いながらも、胸の上にいる黒兎をそっと抱き上げて自分もベッドから起き上がると大好きだよと思いながらキスをします。 するとぼふん!と煙をあげて黒兎が人間の少年へと変化しました。 やっぱり今日も真っ黒いスーツ姿で、リボーンはこの格好が好きだったのかなとどうでもいいことを考えていると、目の前に顔が近付いてきました。 リボーンの提案で朝晩、帰りの挨拶はキスですることになっています。 すごく恥ずかしいけど、一日も早くリボーンの魔法を解くには一回でも多くキスをして1万回に到達するように努力あるのみです。 迫ってくる顔を見て、ぎゅっと目を硬く瞑る綱吉を目を閉じることなく見詰め続けるリボーンはほんのちょっとの罪悪感となんともいえない高揚感に毎回包まれるのです。 綱吉は巻き込まれただけだということにいまだ気付いてはいないのですが、それを御しやすいヤツだとバカにするより可愛いヤツだと思う気持ちが日増しに強くなってきています。 硬く閉じられた瞼と同じく、ぎゅっと引き結ばれた唇に自分の唇を重ねて少しかさついたその唇の上をペロっと下で舐めあげました。 驚いた綱吉が唇を重ねたまま瞼を開くとぱっちり開いたままのリボーンの瞳とぶつかりました。 途端に顔を赤くして後ずさる綱吉は慌て過ぎてベッドの上から転がり落ちてしまいました。 いてて…とベッドの下で転がっている綱吉をジッと無言で見詰めるリボーンは複雑な色をその顔を浮かべているのでした。 着替えを済ませた綱吉とリボーンはキッチンへと向かいます。 口下手な綱吉と口数の少ないリボーンとでは弾む会話など望むべくもありません。 それでも不思議と雰囲気が重くならないのは、互いにこれでいいんだと思える空気があるからです。 自分の席についてお母さんの用意してくれた食事を前に2人で手を合わせます。 それを見たお母さんは2人に増えた息子にニコニコと笑い掛けながらどうぞと食事を促すのです。 「「いただきます。」」 少し前からリボーンも自分で食事を摂るようになりました。綱吉に食べさせて貰うと時間がかかるということもありますが内情はちょっと違うようです。 お母さんの厚焼き玉子を口いっぱいに頬張っている綱吉の服の裾をリボーンがくいくいっと引っ張ります。 するとちらりと横目でリボーンを確認したツナが、口の中の卵焼きを飲み込んでから横にいるリボーンに振り向きました。 「そろそろ時間だぞ。」 「う、うん…」 毎日のことだというのに慣れるということを知らない綱吉は、箸を握ったままの手をそっとリボーンの手に乗せます。 ぷるぷる震える肩が近付いてきてやっと唇が触れたと思えばすぐに顔を離して席へと戻っていってしまいました。 「ちゃんと気持ちは込めたか?」 「込めてるよ!一々聞くなよ、バカ。」 リボーンを振り返ることなくご飯を掻き込んでいく綱吉の横顔をニヤニヤと眺めていると、前から声が掛かりました。お母さんです。 2人のやり取りを毎朝毎晩見ているお母さんはとても楽しそうです。 「うふふ。つー君とリボーン君、新婚さんみたいね。」 「ぶっ!変なこと言わないでよ!リボーンのために仕方なくしてるだけなのに!」 お母さんに囃し立てられて、恥ずかしい綱吉は慌てて否定します。 するとリボーンが横から言いました。 「そうなのか?それじゃあまた兎に戻っちまうな。」 芝居がかった仕草で肩を竦めるリボーンにまんまとひっかかった綱吉は大慌てです。 違うよ、本当に気持ちを込めてしてるんだと言い募る綱吉に待ってましたと罠を仕掛けます。 「それならもう一度できるよな?」 そう言えば言葉に詰まった綱吉はうぐぅと声を詰まらせて真っ赤な顔でリボーンを振り返ります。 そのぎゅっと噛んだ唇がどうしたら柔らかいままで啄ばめるのだろうかとリボーンが考えていることなど露知らず、綱吉はねぎを口端にくっ付けたまま近付いてきました。 もう一度軽く触れた唇からは味噌汁の香りがしました。 きっと自分も同じだろうなと思いながら、逃げる綱吉の顔を掴んでねぎを舌で掬い取って舌の上に乗せたまま目の前に突きつけます。 「あ、付いてた?ごめん。」 そう謝った綱吉は何の気なしに舌の上にあったねぎを吸い取ってにっこりと笑っているのです。 「お前…」 絶句しているリボーンに気付かないままで食事を再開した綱吉は、笑っているお母さんの視線を辿ります。すると俯いて震えているリボーンがいました。 「ん?どうかしたの?」 「………ツナ。」 心なしか頬が赤くなっているようにも見えるリボーンに小首を傾げていると、お茶碗を取り上げられて箸を握ったままの手をぐいっと引っ張られました。 「ちょ…ごは、んんっ!」 前後の脈略なく迫ってきた顔にあっという間に吸い付かれ、2度3度と唇を奪われていきます。 意味は分からないし、ご飯は食べられないしでお母さんに助けを求めるとお母さんはあらあらと笑うだけで助けてくれません。 「だって今のはつー君のせいだものね。」 「訳分かんないよ!って、ひぃぃい!これ以上はヤだ!」 「逃げんな。大人しくしてろ。」 「イヤイヤイヤ!なんでいきなりそうなるの!」 言うこと聞かない兎は仕付けなおしてやる!と息巻いた綱吉が、本当にリボーンを仕付けなおせたかは謎です。 . |