2.我が儘なペット「ちゃおっス。」 と声を掛けられてポカンと口を開けたままの綱吉は、突然現れた少年を上から下まで眺めました。 黒い帽子に黒いスーツ。くりんとした揉み上げに少し切れ上がっている眦はどこか異国の色をたたえているようにも見えます。 事態を飲み込めずに唖然としている綱吉を見てその少年は綱吉の目の前に手を差し出してきました。 訳も分からぬままその手に自分の手を恐る恐る乗せると、ぐいっと引っ張り上げられます。 「ふん、オレより少し小さいくらいか。お前、歳は?」 「え、あの…もうすぐ10歳、です。」 「2つ上……まあそれくらいなら許容範囲だな。よし、決めたぞ。」 ジロジロと不躾な視線が綱吉の頭の先からつま先にまで這ってから、黒い格好の少年がふんぞり返って言いました。 「オレと番いになれ。」 「ツガイ?」 さっぱり意味が分かりません。大体、どこからこの少年は現れたというのでしょうか。 と、そこまで考えてやっと大事なことに綱吉は気付きました。 「兎!あの黒い兎は…」 慌てて足元を探しますが見当たりません。 煙りに驚いてどこかの物影に隠れてしまったのでしょうか。 いいえ、違います。 床に手をついて探し回る綱吉の首根っこを掴むと、真っ黒な少年は自分に向けて指差しました。 「なに?今、黒い兎を探してるんだ。言いたいことなら後で聞くよ。」 少年を無視してまた探そうと視線を床に向ける綱吉の襟を無情にもぎゅうと締め上げます。 あまりの力に息ができなくなって、顔を少年に戻すと面白くなさそうな顔で言いました。 「オイこっち向け。その黒い兎はオレだぞ。」 「はあ?」 今度は言葉の意味は分かりました。分かりましたがどういうつもりでそんなバカなことを言い出したのかは分かりません。 頭大丈夫だろうかと綱吉が内心で心配していると、片眉だけぴくりと動かしてこちらを半眼で睨みつけてきました。 心の言葉が聞こえたようにも見えます。 「言っとくが、国語のテストで20点しか取れねぇヤツに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇぞ。」 「へ?へえぇぇえ!な、どうしてそれを?」 今日の小テストの点数を言い当てられて大きな瞳をもっと大きく見開きました。 するとその視線の先で少年は偉そうに鼻を鳴らしています。 「簡単だぞ。オレは読心術ができる。」 「ふーん?それはいいけど何で兎から人間になったの?」 綱吉のいいところは順応力の高さです。 ちょっとお頭が足りないところもありますが、代わりに人を疑わない綺麗な心根と素直に受け止める度量の大きさは並みではありません。 だからありえないと思っても、とりあえずは最後まで聞こうという気持ちになったのです。 真っ直ぐ見詰め返す綱吉の瞳に、逆にたじろいだのは黒い少年でした。 すぐに信じて貰えないだろうと思っていたのに、あっさり受け入れられて驚きを隠せません。 綱吉と少年と、2人でしばらく見詰め合っていると、横からお母さんが声を掛けてきました。 そういえばいましたね。 「あらまあ…兎さんじゃないのね?ひょっとしたら悪い魔法使いに魔法でも掛けられていたのかしら?」 呑気すぎる言葉に綱吉が突っ込みを入れます。 「そんなわけないだろ?もう、母さんてば…」 呆れて頭を抱えていれば少年はもっと驚いて振り返ります。 「どうして分かったんだ?」 「って、ええぇぇえ!」 お芝居といった雰囲気でもなく、本当に驚いている少年に綱吉こそ驚かされました。 こんな時代に魔法なんてあるわけないのに。 けれど次のお母さんの一言に綱吉はもっと驚きました。 「だってうちの人も魔法を掛けられていたのよ。あの人は猫だったわ。」 「ね、ねこ…!」 そんな話ははじめて聞きました。父親が猫だったなんて。魔法は本当なのでしょうか。 お母さんの話を興味深げに聞いていた少年は、それなら話が早いと綱吉の襟を掴むとひょいと引き寄せて言いました。 「見た通り、こいつとオレは相性がいい。いままで誰とキスしても元に戻らなかったのに、こいつとは最初から戻れたんだ。こいつをオレにくれ。」 「あらあらあら…」 困ったわねえ、と頬に手を当てて考えているお母さんに、ハッと気付いた綱吉は頭を振って叫びます。 「ちょっと待って!くれって何?オレこいつに食べられちゃうの?」 魔法を解くのに必要だなんて、一体何をされるのか分かったものじゃありません。 冗談じゃないと叫ぶと、綱吉の襟を掴んでいた少年がそのままひょいと綱吉の向きを変えてお互いに見詰めあいます。 黒い瞳の少年はニッと笑うと綱吉にゆっくり言い聞かせるように呟きました。 「オレはリボーンだぞ。」 お前は?と訊ねられてやっと名前すら言っていなかったことに気付きました。 「綱吉。沢田綱吉、だよ。」 「綱吉…言い難いな、ツナでいいか?」 「う、うん。」 「オレのことはリボーン様でいいぞ。」 「って、様付けかよ!」 冗談だと笑うと、その綺麗な顔が近付いてきて頬にふわっと柔らかい何かが触れました。 リボーンの顔が離れていって、それがほっぺにチュウされたのだと分かった時にはまたリボーンが白い煙に包まれていました。 「兎のオレにたくさんキスするんだぞ。」 その言葉を最後にぼふん!と音がしたところで、今度は先ほどの黒い兎がちょこんと足元に現れました。 ペタンと座り込んだ綱吉の元に黒い兎はぴょんぴょんと駆け寄ってきました。 艶々の毛並みに、短い耳。宝石みたいにキラキラした瞳がじぃっと綱吉を見詰めています。 「おいで。」 そっと手を広げれば飛び込んできた黒い兎に頬擦りをすると、柔らかい毛がふわふわと綱吉の頬をくすぐります。 目の前で見たのに、やはり綱吉にはあのリボーンなる少年がこの兎だとは思えません。 優しい手触りと可愛い見た目に思わず兎の耳にキスをすれば兎から不満の声が聞こえてきました。 どうやらそこはお気に召さなかったようです。 鼻にしろと聞こえる声に驚いて兎を見ると、表情のない筈の兎がなぜか怒っているようにも見えます。 『ちゃんと口にキスしろって言ってんだ。』 「ひぇぇえ!なんで?どうして兎の声が聞こえるの?」 『どうやらオレとお前は相性がいいらしい。オレがお前の心を読めるように、お前もオレの気持ちが聞こえるみてぇだ。』 「いやー!オレは普通の人間だよ!リボーンみたいなバケモノと違うって!」 『このヤロ…!よくも言ったな!』 綱吉の言葉に怒った兎が綱吉の指を噛みました。痛い痛いと叫んでいるわが子と黒い兎を見詰めるお母さんの視線はどこまでも優しいものだったということです。 . |