1.目が離せなかった小学校からの帰り道、綱吉は片足を引き摺りながら家路についています。 ランドセルからは鍵盤ハーモニカがぴょこんと飛び出し、よく見れば全身泥だらけ。 「ううう…また転んじゃった。」 そう呟く綱吉はどうやらいつも転んでいるようです。 小学4年生にもなって足元が疎かで、週に一度は転んで帰ってくる綱吉ですが、今日の転び方は酷かったのか引き摺る足の膝小僧の辺りから血が滲んでいます。 それでも痛さを堪えて歩いていくと、いつも通る道の端に小さなカゴがちょこんと置いてありました。 よく猫や小型犬などを入れるカゴのようです。 誰か忘れていったのだろうかとそっと覗き込むと黒い毛玉がちょこんと真ん中に置いてありました。 見たこともないほど艶々で綺麗な黒い毛玉です。 高価なぬいぐるみだろうかと思っていると、その毛玉がもぞりと動き出しました。 ぴょん!と勢いよく飛び跳ねたそれは短い耳を誇らしげにぴんと伸ばし黒い鼻をもぞもぞさせてカゴの中から綱吉を見詰め返しました。 「うわぁ、目まで真っ黒。きれー。」 よくペットショップでも見かける兎ですが、こんな綺麗な黒色の兎は見たことがありません。 くりんとした瞳は宝石みたいにキラキラしています。 兎と綱吉は見詰め合ったままどのくらいそうしていたのでしょう、膝の痛みを思い出した綱吉が尻餅をつくまでどちらも瞳を逸らすことなくそうしていたようです。 ペタンと座り込んだ綱吉を心配するようにカゴの透明な扉ににじり寄る兎は、鼻をひくひくと動かしながらじっと綱吉を見詰めています。 物言いた気なその瞳ににこっと笑い掛けるとどこかに連絡先は書いてないのかな、とカゴを手にして探しました。 「見当たらないや。うーん、どうしようね?」 兎は言葉を喋りません。だけど何故だか連れていけという言葉が聞こえたような気がしました。 「ちょっとだけウチにくる?」 兎は勿論だというように綱吉をじぃっと見詰め、鼻をひくつかせていました。 ランドセルとキャリーバッグを抱えた綱吉はいつもより倍の時間をかけて家に着きました。 膝は痛いし、荷物は重いしもうヘトヘトです。 玄関の扉を開けると、ランドセルは適当に放って手にしたカゴだけは丁寧に玄関先に置きました。 すると奥のキッチンからお母さんが顔を出しておかえりと声を掛けてきました。 「つー君どうしたの?今日は遅かったわね、また転んだのかしら。あら?」 綱吉の泥だらけの格好に苦笑いを浮かべたお母さんは、すぐに玄関に置いてあるキャリーバッグを見つけました。 頬に手を当てて少し小首を傾げると、綱吉に説明を求めます。 「あのね、帰り道に落っこちてたんだ。名前も書いてないし、少し待ったけど誰も探しにこなかったから…」 しどろもどろに説明する綱吉を見て、お母さんはうんうんと頷いて聞いてくれました。 「そうなの。それなら可哀想だものね。少しだけウチで休ませてあげましょうか。」 「うん!」 パッと顔色を輝かせた綱吉にお母さんもにっこり微笑みます。 「手を洗って、着替えてから兎さんの様子をみましょうね。お母さんは飼い主さんが探していると可哀想だから警察と保健所に電話しておくわね。」 綱吉がいつもの鈍足を忘れたかのように自室に駆け上がっていったのは言うまでもありません。 着替えを済ませ、手と擦り剥いていた膝をよく洗ってから兎のカゴを居間へ移動させました。 何が必要なのかはさっぱりわかりませんが、狭いカゴの中では窮屈なんじゃないのかとさっそくカゴから出してあげることにしました。 鍵はかかっておらず、そのままレバーを回すと簡単に開きます。 そっと開けた途端、勢いよくピョン!と飛び出した兎は覗き込んでいた綱吉の顔へと吸い込まれていったのです。 「おわぁ!」 ただでさえ鈍い綱吉です。膝小僧の怪我もあり、しかも飛んでくるなんて範疇外で避けることさえ出来ずに兎とぶつかってしまいました。 顔にぶつかったと思った瞬間ばふん!と音を立てて白い煙が立ち上り、綱吉の視界を遮ります。 何がなんやら分かりません。 そこに受話器を手にしたお母さんが入ってきました。 「つー君、兎さんはどんな色なの?って、あらあら?お友だち?」 白い煙が消えると、そこには黒い兎の代わりに黒いスーツ姿の少年が靴も脱がずに立っていました。 これはどういうことなのでしょう? つづく サブタイトルを「10mm.」さまよりお借りしました。 |