リボツナ | ナノ



5.




怪獣大決戦。
何故今そんな言葉が頭を過ったのかは分からない。
とりあえず頭を振ってそれを追い出すと、足を止めてジリジリと後ろへ下がる。
辺りには他の風紀委員が居ないところを見るに、どうやらパイナップル頭の男を追い掛けていったらしい。
だったら雲雀さんも行けばいいのにと思っていると、京子ちゃんのお兄さんがオレの声に気付いたのかファイティングポーズをやめて振り返った。

「なんだ水入りか。極限また今度だな!」

「今度なんてないよ。何度やっても僕が勝つのに面倒だ……それより、」

と言葉を切って雲雀さんの顔がこちらを向く。
その瞳の色にぞわりと総毛立った。

「ねぇ、君はいつになったら僕の相手をしてくれるんだい?」

オレの後ろへと向う視線に促されるように振り返れば、リボーンは白けた顔で肩を竦めていた。

「どうしてオレがお前の相手をしなきゃなんねぇんだ?普通の一般生徒だぞ。そんなことよりさっきのヤツは追い掛けなくてもいいのか?」

「ムダだね。あいつは逃げ足だけは早いんだ」

リボーンに戦意がなかったからか、雲雀さんの手からトンファーが消える。
つまらないと言いたげに口をへの字に曲げて顔を背けると、肩で風を切るように校舎の中へと歩いて行く学ランを見送った。
気が抜けたオレは地面にしゃがみ込む。

「大丈夫か、少年!」

「はぃ……」

情けないが雲雀さんの殺気に中てられたようだ。腰が抜けたのか立ち上がれない。
そんなオレを見かねた京子ちゃんのお兄さんが駆け寄ってきて声を掛けてくれた。その声に顔を上げると。

「え、ちょっ!怪我!怪我してるじゃないですか!」

「ん?こんなもんは怪我の内に入らん!極限大丈夫だ!」

いかにも殴打されましたといった腕の腫れや、顔のあざを見るに雲雀さんは本気でトンファーを振り回していたことが分かる。
自分が襲われた訳でもないのに怖さに身体が震えた。
そんな雲雀さんに相手をしろと言われていたリボーンを思い出して慌てて振り返る。

「お前なんで雲雀さんと知り合ってるんだよ!」

オレと違って風紀を乱すことなんてしていない筈なのに……と考えて思い付いた。
リボーンの周りに女子が群れていたことを。
雲雀さんのトンファーから女子を守ってやったのかなと想像していると、そんなオレの考えが読んだようなタイミングで違うぞと首を横に振った。

「そんなことはどうでもいい。京子の兄貴も無事なら戻るぞ」

腕を引っ張り上げられてどうにか立ち上がる。
怪我をしている京子ちゃんのお兄さんよりオレの方が足元が覚束ないなんて情けない。
リボーンに腕を引かれて歩き出したオレはみんなの目にはどう見えているのだろうか。
自分の格好の情けなさに気付いたオレは、このままクラスの応援席に戻ることが恥ずかしくなってリボーンから手を振り解くと後ろを歩く京子ちゃんのお兄さんに声を掛けた。

「えーと、怪我の手当てオレが手伝いましょうか?」

「おい、ツナ」

オレを呼ぶ声が聞こえたけれど、それを振り切って後ろに向かう。どうせ保険医なんて今日も保健室を抜け出してナンパしまくっているに違いないから傷の手当てぐらい手伝えるだろう。
午後の競技まで暇なオレにはうってつけの仕事だ。
そこにオレを待つように立っていたリボーンの頭の上から次の次の競技の招集がかかった。男女の二人三脚の出場者の呼び掛けを聞いて少しだけホッとする。
リボーンと黒川がペアで出るそれを見なくて済みそうだ。自分でも心が狭いと思う。
頑張れよと手を振って京子ちゃんのお兄さんの横に並んだ。

「付き添います」

「極限ありがたいが……大丈夫か?」

なんのことですかと分からないフリをしてその場を立ち去った。





保健室に行くとやはりというか当たり前というか予想通り保険医は影も形も見えない。
少し前まで先客がいたのか消毒液の匂いが保健室に漂っている。
ぼんやりしているせいなのか、よく転んでばかりいるオレは保健室にはお世話になりっぱなしだ。
主にリボーンがオレの世話を焼いてくれていたが、あいつはサドなのでわざと痛い思いばかりをさせられていた気がする。
まずはオキシドールと伸ばしかけた手を止めた。
最近は消毒するより水で洗い流すといいらしい。
そんなことを言いながらオレの傷口をジャブジャブ洗われたからだ。勿論リボーンに。
棚の前から戻ると京子ちゃんのお兄さんを伴って蛇口の前に立つ。血の滲んでいる腕をそっと洗ってから、滅菌ガーゼを傷の大きさに切って擦れないように張り付ける。
頬のあざは冷やす方がいいかとガーゼを湿らせて当てていると、京子ちゃんのお兄さんが手当てをした腕を眺めながら言った。

「……お前、不器用だな!」

「スミマセン…」

ヨレヨレの今にも剥がれそうなガーゼから目を逸らすと俯いて詫びる。
学校にいる間だけもてばいいんだと自分に言い聞かせていると、京子ちゃんのお兄さんはオレから頬の濡れたガーゼを受け取るともう一度水で冷やしてからペタリと当てた。

「まあなんだ、その……手当してくれたことは感謝する。ありがとう!助かったぞ!」

あまり役には立てなかったし、半分以上はリボーンから逃げる手段にした自覚はあるからバツが悪い。
いいえと頭を下げて逃げるように保健室を出るためにドアに身体を向けると、少し開いていたドアの向こうから声が聞こえてきた。

「お兄ちゃん、いる?」

京子ちゃんの声だ。
遠慮がちに中を覗き込んできた瞳と視線が重なって、サボっていた訳でも疚しくもないのにビクッと肩が揺れた。

「あ、ツナくんも一緒だったんだね」

あからさまにホッとした様子の京子ちゃんの顔に、慌てて横に退くと後ろにいたお兄さんへと視線を向けた。

「お兄ちゃん!」

「おお、京子か!」

お兄さんの格好を見た途端、泣き出しそうに眉を寄せる京子ちゃんを見て胸が締めつけられる。
やっぱり京子ちゃんには笑顔が似合う。
心配している様子に、オレは居ても立ってもいられなくなって思わず口を挟んだ。

「あの!オレの手当ての仕方が悪かっただけだから!そんなにひどくなかったし!」

言ってしまってから自分が怪我をした訳でもないのに、京子ちゃんのお兄さんに失礼だったと気付いた。

「あ、すみませ」

「その通りだ!極限ピンピンしとる!!京子が心配することなんてないぞ!」

怪我をしている方の腕を振り上げて京子ちゃんにアピールする。さすがにそれは痛いだろうに、やはりお兄さんも京子ちゃんを泣かせたくないのだろう。
お互いを思い合っている兄妹に胸がほっこりと温かくなる。
安心したように笑顔を見せる京子ちゃんの横を通り過ぎると、音を立てないように保健室から抜け出した。
校庭から午前中の競技が終了したアナウンスが流れてくる。
そういえば今日はどこで昼飯を食べようか。
黒川あたりがリボーンにくっ付いてきそうだから嫌だなと子どもみたいに膨れていれば、廊下の向こうからオレの弁当箱を抱えたリボーンの姿が見えた。

「メシだ、メシにするぞ」

「ん」

リボーンの隣が空いていたことに安心する。どうやって撒いてくるのか知らないが今も一人だ。
こうしてリボーンがオレを待っていてくれることが嬉しいなんておかしいだろうか。誰かにそこを渡したくないと本気で思う自分がいた。
むずがゆいような、嬉しい気持ちを抑えて急いでリボーンの横に収まった。そういえばコイツはどんな顔をしているのだろうか。
さっき逃げ出したことを怒っていないだろうか。
気になりだしたら見てみたくなって視線をリボーンへと向ける。
すると今日は撒いてくるのに走ってきたのか額から汗が浮いていることに気付いた。

「なんだよ、タオル貸して貰えなかったのかよ」

首に巻いていたタオルを伸ばしてリボーンの額を拭いてやれば、手首ごとタオルを取られてびっくりする。
額から頬へと降りていくタオルを見詰めていると、リボーンはタオルに鼻を埋めてオレの顔を覗き込んできた。

「ツナの匂いがするな」

「へ……?あ、う…ぁ!バッ、バカ!匂いなんて嗅ぐなよ!」

競技にはほとんど出ていなくても、首に巻いていたせいで多少の汗は染み込んでいたかもしれない。
恥ずかしさに顔を赤くしていると、タオルから顔を上げてオレの首筋に鼻を寄せてきた。

「同じ匂いだな」

「っっ!」

エロい、という言葉が浮かんだが何がエロいのかオレには分からない。
こういう時どうすればいいのかなんて知らないから、リボーンから逃げられずに棒立ちのまま視線を泳がせている。
首筋に掛かる息遣いがくすぐったくて思わず首を竦めると、リボーンの顔が近付いてくる。
もう少しで首筋に触れるといったところで廊下の向こうから声が掛った。

「おーい、少年!一緒に昼飯を食わんかー?!」

「ひぃぃい!」

見られては不味いところを見られたみたいに心臓が跳ねる。バクバクと音を立てる胸を押さえて慌ててリボーンの横から飛び退いた。
声の反響といい、大きさ的にも廊下を曲がった角から声を掛けられたに違いない。だから大丈夫だと首を向けると、思った通りワンテンポ置いてから京子ちゃんとそのお兄さんが廊下の向こうから現れた。

「おお!まだ居たな!京子がたくさん弁当を作ってくれたんだ。遠慮しないで一緒にどうだ?」

大きな風呂敷に包まれた弁当箱は弁当箱というより重箱サイズに見える。
それを掲げて誘ってくれる京子ちゃんのお兄さんに嫌とは言い難い。京子ちゃんも横でニコニコしているから余計に。
はいと頷けば、リボーンは隣で聞こえないほど小さな舌打ちを零していた。


2013.10.01



prevtop|next




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -