4.体育祭では2種類に分類される。ヒーローになるヤツとそうでないヤツだ。 前者がリボーンで後者はオレ。 リボーンは普段から目立つというのに、今日は一段と注目されていた。出る競技がすべて一位とくれば、当然ながらクラスメイト以外にも注目されるというものだ。 それをおもしろくないと思うのは出来ない男の僻みかもしれない。 だけどムカムカする。 みんなが大声で声援を送る姿を眺めつつ、オレは後ろの応援席からやる気なく赤色のうちわを仰いでいた。 団体競技は足を引っ張るだけだし、どんなに一生懸命走ってもビリなのは変わらないし。 オレに応援されても嬉しいヤツなんていないだろうと思うと気力も出ない。 誰にも期待されていないから気楽だと言い聞かせていれば、隣の座席に見たこともないヤツがドカリと座り込んできた。 「おや、君は自分のクラスの応援しないのですか?」 クフフと奇妙な笑い声を洩らす男に視線を向けて……から後悔した。 体育祭なのに体操服も着ていないどころか、並盛中の制服ですらない。 慌てて顔を前に戻すと少しだけ身体を横にずらしながら答える。 「応援してるよ、声に出してないだけだって」 オレたちの通う並盛中には風紀委員長という名の雲雀さんがいる。違った。雲雀さんというオレより一学年上の、大変厳しい風紀委員長がいるのだ。 その雲雀さんという上級生は、自らの作った校則に違反するとトンファーで体罰を与えてくる暴君だった。 お陰で並盛中には不良などいない。少々素行が悪い者はいても、大っぴらに彼に歯向かう者などいやしないし生きていられない。 見れば隣に座る男は緑色の学ランのような制服を着ていた。おそらく黒曜中だろう。 そういえば最近黒曜中の4人組が並中の学区内で悪さを繰り返していると聞いている。 オレみたいに噂に疎いヤツでさえ知っているのだ。きっとみんな知っているに違いない。 チラリと横目で確認してみると、男は頭の上にパイナップルみたいな房を作っていた。たぶん今流行りの厨2病とかいうやつを発症しているのだろう。 リボーンと同じぐらい手足も長くて顔も悪くないのに可哀想なヤツだ。 知り合いだと思われたくないオレは、そっと斜め後ろに席を移動した。 「おや、嫌われましたか?」 嫌ってなどいない。 関わり合いになりたくないだけだ。 無視してやり過ごせば嵐は去っていくということをオレは経験則で知っている。 ごく稀にリボーンのようなタイプに当たるとそれも覆されてしまうが、とりあえずは無視の方向でいこう。 面倒だが声を掛けられないようにと前を向いて応援するフリをしてみせたのだが。 「声が全然出てないじゃないですか。応援する気はないにしても、もう少し上手にやろうとは思わないんですか」 またも真横から声が聞こえてきた。 演技が下手なことは分かっているのだ。大きなお世話である。 無視だ、無視。 「それにしても細い……いえ、貧弱な身体つきですね。君は男子の制服より女子の制服の方が似合いそうだ」 「んな訳あるかっ!!」 無視を決め込んだ矢先に思い切り叫んでいた。 ハッと気付いても今更遅い。 振り向いた先でパイナップル頭の男はにっこりと微笑んでいる。 「クフフフフ……クハッ!いいですよ、君はなかなかいい。僕の制服コレクション仲間に入れてあげましょう」 「ナニソレ?!」 何故だか背筋がぞわぞわして悪寒が走る。 やっぱりこういった輩と関わると碌なことにならないらしい。 どうしたら逃げられるのかと退路を探して視線を彷徨わせていれば、背後からビュッ!と風を切る音と一緒に拳が現れた。 「貴様、昨日京子に付き纏っていた変態だな!極限成敗してやる!」 大声を上げる上級生に驚いて後ろを振り返れば、その声を聞きつけた京子ちゃんがグランドに近い応援席から飛び出してきた。 「お兄ちゃん!」 「お兄ちゃん?!」 京子ちゃんの言葉に驚いたオレは、オウムのように繰り返してしまう。 するとバンデージを巻いた拳をおさめた上級生が不思議そうに目を瞬かせる。 「……オレには妹はいても弟はいなかった筈だが、フーム」 京子ちゃんのお兄さんらしい男はオレの言葉に真剣に考えてこんでしまったようだ。腕を組んで顔を寄せてくる。 お陰で相手の顔もよく見えるので観察していると、横からぐいっと押されて前の座席に倒れ込みそうになった。 「てめぇはオレの応援もしねぇで、なんで男ばっかり2人も釣り上げてんだ」 この容赦のない腕の力と、人を小バカにした声はリボーンだ。見なくても分かる。 それにしても首が妙な方向に曲がってしまいそうなほど痛い。 どうして応援していなかったことを知っているのか知らないが、リボーンの腕から逃れるために後ろに身体を引く。 すると後ろからオレの背中を支えてくれる腕があった。 「ちょうどいいですね。頂いていきましょうか」 逃げた位置が悪かったと激しく後悔していれば、横から襟首を掴まれて引っ張り上げられた。 気道を襟で塞がれてリボーンの手を叩いて訴えるも無視される。 「し、しぬ…っ」 「大丈夫だ、お前は死なねぇ。それよりそこのお前、こいつをどうするって?」 つれない返事に顔を上げると、睥睨するように顎を上げて目を眇めたリボーンが見えた。 表情が読めないと評判のリボーンだがオレには分かる。 これはヤバい顔だ。 息も苦しいがこのままリボーンを放置しておくことも出来ない。 意識をこちらに向かせるためにオレの胸倉を掴んでいる手を包むように撫でれば、リボーンの視線がオレに戻ってくる。 「お前こそどこ見てるんだよ!こっち見ろよ!」 昨日の意趣返しのつもりでそう言えば、リボーンは動きを止めて胸倉を掴む手を緩めた。 ようやく息がまともに吸える。 少し咳き込みながらも手を離さずにいると、オレの後ろにいた男は席を立った。 「ああ、時間です。うるさいアヒル君が来てしまいました。また逢いましょう、爆発頭の君」 「ひぃ……っ!」 ニィという擬音が聞こえてきそうな笑い顔に身動きが取れなくなる。 オレに向けられた笑顔の気味悪さにリボーンの手にしがみ付くと、男は高笑いをしながらひらりと逃げ出した。 それをずっと見ていた京子ちゃんのお兄さんが慌てて追いかけていく。 「こらー!待たんか変態!!」 確かにと頷いている場合ではない。 京子ちゃんのお兄さんの後ろをリーゼント頭の風紀委員の面々が追随していく。 体育祭の雰囲気は完全に壊された。 シーンと静まり返った応援席で、京子ちゃんがぽつりと呟く。 「……お兄ちゃん」 その小さな声に先日の言葉が思い浮かぶ。 喧嘩ばかりで心配だと言っていた京子ちゃんの瞳は揺れていた。 ぐっと息を飲み込むと、リボーンの手を離して京子ちゃんに向き直る。 「オレ見てくるよ!どうせ午後まで出る競技ないし!」 オレが行っても何が出来るという訳でもないが、見るぐらいは出来る筈だ。 追い付けるかなと情けないことを思いながら駆け出すと、後ろからリボーンもついてきた。 「んな!何でお前まで!」 文句を言っても知らん顔で横に並ぶ。 校庭から校門へと走る間にもう疲れたオレは速度が落ちていく。それをリボーンは息も乱さず眺めながら親指で誰かを指差した。 下がっていた顔を上げて呻き声が漏れる。 「げ……っ」 「何がげっなの。今は体育祭でしょ」 冷たく言い放つ雲雀さんと、その横で何故かファイティングポーズを取っている京子ちゃんのお兄さんがいた。 2013.09.25 |