3.額から流れ落ちた汗が体操服を伝わり、肌に纏わりついて気持ち悪い。 10月とはいえ日中は身体を動かせば汗ばむ程度には暑いから運動なんてしたくもないというのに、こうして授業を受ける身では拒否などできる筈もない。 汗を拭うタオルを忘れたことに気付き体操服の肩に擦り付けていれば、オレの視界の前を陣取るリボーンはクラスメイトの女の子たちからタオルの押し付け合戦を挑まれていた。 何だあれ。 羨ましいというよりあれじゃ鬱陶しいよなと肩を竦めていると、オレと意見を同じくしている男子たちの沈痛に歪んだ横顔が見えた。 くそぅ……ああ、本当は羨ましいさ。 しかも一部だけ暑っ苦しく群がっているのだからさもありなん、だ。 体育祭が明日と迫った今日は、生徒どころか教師でさえも落ち着かない様子でバタバタと騒がしい。 悲しいかな運動音痴なオレは活躍の場なんてないから欠席してしまいたかったのだが、リボーンがそれを許してくれなかったのだ。 クラスの迷惑にならないようにと一番得点の低い競技に出ることにしたが、それ以外にも参加しなければならないのは頭が痛い。 応援だの道具の準備だのに追われて、昼休みを少し過ぎたところでようやく休憩となった。 やっと昼食になるとばらけていくクラスメイトを横目に、リボーンに見付からないよう弁当を手にこっそりと教室から抜け出す。 今日は女子がべったり付き纏っているから一人飯だろうなとため息を吐きつつ、いつもの人気のない裏庭へと足を向けた。 この調子では明日もきっと同じだろう。 モテるリボーンのことを羨ましいと思う以上に、リボーンの傍に居られる女子が妬ましい。 そんなことを思ってしまうオレは心が狭いのだろうか。 これ以上は考えまいと首を振って歩いていけば、前をいく京子ちゃんと黒川がオレと同じ方向へと足を向けているのが見える。 ひょっとしたらと思っていれば、やはり裏庭へと歩いていくらしい。 今日は授業のほとんどが明日の準備に充てられているから、少し変わったところで食べようといったところだろうか。 仕方ないと行く先を変えるために歩みを止めると、丁度後ろを振り返った黒川がこちらに気付いて声を上げた。 「ゲッ、なに私たちの後ろをつけてんのよ!」 「んなっ!ち、違うよ!そっちこそいつもオレ達が昼飯んときに使ってる場所に向かってるだけだろ!」 京子ちゃんに誤解されたくないと慌てて言い返せば、黒川はフンと鼻で笑った。 「どうだか」 と見下した目で睨む黒川が腹立たしい。そんなことないと言い切れない自分が悔しかった。 ほのかに芽生える憧れとも恋ともつかない京子ちゃんへの気持ちを知っているらしい黒川はオレに意地悪だ。 そこに京子ちゃんが黒川とオレのやり取りに割って入ってきた。 「ツナくん今日はリボーンくんと一緒じゃないの?だったらお弁当一緒にとらない?」 「……え?」 「京子!」 にっこりと笑い掛けてくる京子ちゃんに驚いていれば、黒川が慌てて手を振りかざして遮るように大声を上げる。 「ちょ!冗談じゃないわよ!こんなリボーンのオマケとなんで一緒に食事しなきゃならないよの!」 この女、マジでリボーン以外は眼中にないのだ。呆れるよりいっそ清々しいとさえ思う。 あいつの取り巻きってこんな女ばっかだよなぁと感慨深く眺めていれば、京子ちゃんはメッと黒川を睨んだ。 「そんなことないよ。ツナくん優しいの私は知ってるもの。今も私たちが裏庭に向かってるから場所を変えようとしてくれたんでしょう?」 いつもリボーンくんと裏庭で食べてるのにね、とまで言われてジーンときた。 やっぱり京子ちゃんは天使だ。 そんな京子ちゃんの優しい言葉を聞いても、黒川は胡散臭そうにオレを横目で睨む。 「……しょうがないわね、こっちで食べてもいいわよ。でも私たちには近付かないで、話し掛けるのもナシよ」 高圧的な物言いの黒川にさすがに返事が出来ずにいれば、頭上から分かったぞと声が聞こえてきて驚いた。 「まぁ、昼休みぐらいゆっくりしてぇしな」 そう勝手に返事をするとオレの腕を引いて京子ちゃんたちの横をすり抜けていく。 いつの間に女子を撒いてきたのか、オレを強引に引っ張るリボーンの腕に躓きそうになりながらも隣に並んだ。 チラリと伺い見た横顔は何故だか苛立っているようにも見える。 確かに黒川の言い方はひどかったからなと思っていれば、後ろから京子ちゃんが声を掛けてきた。 「リボーンくんはツナくんと2人きりがいいんだね」 そう言われると反論したくなるのは、オレが弱いからかもしれない。 いつもリボーンの後ろに隠れていると自覚があるだけに図星を突かれたようで顔が赤くなる。 どうせリボーンは鼻で笑うんだろうと視線をやれば、チッと鋭い舌打ちを零したリボーンが京子ちゃんへと向き直った。 「そうだぞ。だから話し掛けてくるなよ」 何を意地になっているのか黒川の言葉をそのまま返すリボーンから視線を逸らすと、京子ちゃんはオレへと顔を向けた。 「ツナくんは?4人でお昼するの、嫌?」 「め、めめ…滅相もない!」 悲しそうに眉を寄せる京子ちゃんに慌てて首を横に振ると、リボーンに掴まれていた腕を捻り上げられた。 裏返った悲鳴を上げたオレを無視して、リボーンはぐいぐいと力任せに裏庭へと引っ張っていく。 そこへ黒川が一歩飛び出した。 「ごめん……言い過ぎたわ。よかったら4人でお昼にしましょう」 オレにというよりリボーンに謝っている黒川と、京子ちゃんを憮然とした表情で見詰めるリボーン。そのリボーンの視線を気にした様子もなくオレに視線を向ける京子ちゃんという構図に冷や汗がでる。 ひょっとしたらオレの一言で決まるのか。 といっても京子ちゃんや黒川を無視して食事なんて出来ない。 リボーンが何に憤っているのか知らないが、このままだと午後の準備にも差し支える。後で怒られるかもしれないが京子ちゃんと話せるならいいかと顔を上げた。 「みんなで食べよう」 そう声に出すとあからさまにホッと息を吐いた黒川と、嬉しそうに笑う京子ちゃんに囲まれて芝生へと向かう。 オレが歯向かったことが気に入らないのか顔を背けへそを曲げてしまったリボーンを気にしつつ適当な場所に腰を据えた。するとリボーンも身体一つ分空けてオレの隣に座ってくる。 このままでは雰囲気が悪い。 弁当を置いて膝立ちのままリボーンへと顔を寄せると小声で耳打ちした。 「悪かったって。オレの肩を持ってくれたのに反抗したみたいでさ……でも、あの場合あれしか言えないだろ?」 仕方なかったんだと言えば、リボーンはオレの鼻を指で弾く。 避ける間もなかったせいで思い切り叩かれた鼻は奥までツンとする痛みが駆け抜けていった。 「アホか。誰がそんなつまんねぇことで怒るってんだ」 「じゃあなんだよ!」 痛みで眦が濡れたオレが思わず睨むと、リボーンは疲れたように深いため息を吐く。 「お前な、オレに答える前にどうして余所を向くんだ?」 「は?」 意味不明な言いがかりだと眉を顰めるオレにリボーンは手を伸ばす。 ぐっと胸倉を掴まれるから、今度は殴られるのかと目を瞑るも何も起こらない。 恐る恐る目を開けば、リボーンはオレの横から弁当を掴んでいた。 「オ、オレの!」 「うるせぇ。てめぇと違って午後からも練習があるんだ。こんなパンなんかで足りるか」 と言って朝買っていたコンビニパンをオレに放り投げる。 「あ、こら!食うなって!」 勝手にオレの弁当を喰いはじめたリボーンに何を言っても、返ってはこないのだった。 2013.09.18 |