1.1. 白い指先に桜色の爪がオレの口元に向かって伸びてきた。 同級生の中でも一際成長の早い彼は、手まで大人の男ように節くれ立っていて大きいのだなと今更のように気付く。 つまりはこの現状から逃れたいがために、物事を見える範囲でしか捉えることができなくなっていた。 何故ならオレの周囲という周囲が固唾を飲んでオレ達2人を注視しているからだ。 目の前に差し出されたスプーンの上には、柔らかな色と優しい匂いのプリンがある。 母さんの作るそれより少しだけ味が落ちるとはいえ、中学校の給食では花形と言っても過言ではない。 それをオレに向けているリボーンの顔はどう見てもご機嫌だ。 こいつはオレの嫌がることをするのが好きなドSなんだと何度目か分からない確信をする。 さすがに衆人環視の中でリボーンの手からプリンを食べるなんてこと出来る訳もない。 オレに注がれる視線の半分は女子からの妬みや嫉みでチクチクどころではなく痛いし、男どもは完璧に状況を楽しんでいる。 つまりはオレの味方なんて誰もいないのだ。 どうすればこの状態から逃れられるのかと回転のよろしくない頭を使っていれば、スプーンを持つ手ではないもう片方のリボーンの手がオレの顎をガシリと捉えた。 「どうした?オレは甘いモンは苦手だからな。お前が欲しいって頼むからくれてやるんだぞ。おら、素直に口を開けやがれ」 「ひゃから、ひょれはいいっては!」 顎を掴まれているせいで思うように声にならないながらも、精一杯リボーンの手から逃れようと抵抗する。 両手で顎にかかったリボーンの手を退けようとするも、ビクともしないから余計に焦りが増した。 最近はオレも成長期に入ってきたのかこの半年で5センチも身長が伸びたというのに、リボーンとの対格差は縮まる気配もない。 つまりは同じだけこいつも伸びているということなのか。 妙なところで意地が顔を覗かせたオレは、顎にかかるリボーンの手から抜け出すことに必死になって他がお留守になる。 そこをスプーンがスルリとオレの口の中に入り込んできた。 プラスチックの小さなスプーンから滑り落ちたプリンは、舌の上でバニラの香りと優しい甘みを伝える。 思わずニヘラと笑み崩れたオレに、またもスプーンがプリンを連れてきた。 リボーンの手から送られてくるプリンに抵抗も忘れて味わっていれば、顎から手を外したリボーンがオレの目を覗き込んで訊ねる。 「うまいか?」 「うん!」 そいつはよかったと目を細めたリボーンに、もっと欲しいと口を開きかけて……やっと自分の置かれている状況に気付いた。 「まっ、待ってって!」 何だと眉を顰めるリボーンの背後からは女子の冷たい視線がグサグサと突き刺さる。ついでに男どもの呆れた顔も目に入ってきた。 ああ、今日は無事帰れるだろうか。夜道が怖い。 不満げにオレを睨むリボーンから逃れると、自分の椅子の背凭れにしがみ付いてリボーンから距離を置いた。 そんなオレを見て呆れ顔になったリボーンは片肘をついて横に座るオレを覗き込んだ。 「まだ半分以上残ってるぞ?」 ホレと目の前に翳されて唸り声を上げていれば、プリンカップがオレの机の隅にコトリと置かれる。 驚いてプリンカップとリボーンとを交互に見詰めていれば、リボーンはそんなオレにニヤリと笑いかけた。 「今日のところはこのくらいで許してやる。十分楽しませてもらったからな」 「なにを……?」 こいつが何を考えているのかなんてオレにはちっとも分からない。分かるのはどうやらバカにされているらしいということだけだ。 リボーンに許されなければならないことなんてないと思い直したオレは、机の隅に置かれたプリンに恐る恐る手を伸ばす。 いらないと言ったから貰ったのだ。だからオレの物だとカップを掴むと、今度はリボーンが口を開いた。 「一口だけ喰ってみたくなった。くれ」 ここで嫌だと突っ撥ねるのも心が狭いと思われそうだ。 一口だけだからなと念を押してスプーンでプリンを掬うと、開けて待っているリボーンの口に放り込んだ。 爪の先も綺麗な色をしていた癖に、唇まで血色がいいんだなと知る。いつも一緒に居るというのに、じっくり見たこともなかったから新発見だ。 やっぱり見た目だけはいいよなぁとそんなことを思っていたら、途端に周囲から悲鳴が上がる。 「沢田の癖に!」 「信じられない!!」 「離れなさいよ!」 非難轟々といった女子たちの声に、驚いたオレは椅子から転がり落ちた。 ガタガタと音を立ててひっくり返る机と手の中にあったプリンが床を汚していく。 先ほどまでとは違った沈黙が教室に広がる。 鈍くさい自分にため息を吐いてしゃがみ込んでいると、隣のリボーンが周囲に散らばった給食の皿やら牛乳パックやらを拾い始めた。 「あ、悪い!」 「気にすんな、いつものことだろ」 確かにそうかもしれないが、ありがたいやら情けないやら複雑な心境にはなる。 幸いなことに給食はプリン以外食べ終えていたから片付けることはそれほど大変ではない。 そのプリンはといえば、床にではなくほぼオレの制服だけを汚していた。 残飯入れにプリンのなれの果てを入れると、体操服に着替えるべく教室から抜け出す。その後ろをリボーンが付いてきた。 「……なんだよ、」 まだ昼食の時間が終わっていない廊下は人の行き来がなくて、オレとリボーンの足音だけが響いている。 この時間だと保健室がいいだろうか。3階の教室から1階の保健室へ向けて階段を降りていく。 そういえば折角貰ったプリンを台無しにしたことを思い出して後ろを振り返った。 「その、プリン……ごめんな」 怒っているんじゃないかと顔を向ければ、リボーンは口元だけを緩めてオレの横に並ぶ。 やはりご機嫌はよさそうに見えた。 「別にどうでもいいぞ。アイテムとしての利用価値は十分に果たしたからな」 「アイテム…?利用価値?」 そんなものプリンにあっただろうかと首を傾げていれば、オレを追い抜いたリボーンは早くしろと踊り場からオレを見上げる。 鼻先に纏わりついているプリンの甘い匂いがオレに何かを伝えた気がしたが、生憎と察しも悪く洞察力の欠けているオレには何のことなのか分からなかった。 リボーンとの関係は、相変わらず不可思議と理不尽に満ちている。 2013.09.09 |