21.即座に違うと言えればよかったのに、それを音で表す前に口を塞がれたら声なんて出せる訳がなかった。 喉の奥から抗議の呻きを上げるも、わずかに開いていた唇の隙間からぬるりとした何かを差し込まれて目を瞠る。 自分以外の息遣いを口腔で感じて、咄嗟に手に力を入れるも、上から伸し掛かる重みはピクリともしなかった。 そうこうしている内にオレの歯列を強引に割り開いたそれが、縮み丸まっていたオレの舌に触れる。 「んんッ!」 拒絶のために発した音が、絡め取られて色を変える。 自分以外の舌で粘膜を擦られるなんて初めてで、逃げ場のない行為に狼狽えた。 冗談とか、からかわれているとばかり思っていたから、ここまでされるとは想像出来なかったのだ。 気持ち悪いと思えればよかったのに、浮かんだのは動揺だけだった自分もどうなのだろう。 舌で舌を舐め取られ、背筋を駆け上がった感覚に驚いている隙にリボーンは行為をエスカレートさせていく。 まるで恋人同士みたいな口付けに、眦がトロリと緩んで身体の力が抜けていくと、ようやくリボーンの重みから解放された。 床の上に投げ出した四肢が甘い痺れを伝えてくる。 吐き出す息の熱さと荒さを自覚して目を閉じると、上から覗き込むようにこちらを見詰める視線を感じて眉を寄せた。 「見るな、バカ」 多分、リボーンに指摘されるまでもなく顔なんて赤くなっているに決まっている。 キスってこんなに気持ちよかったんだと思ったなんて内緒だ。そんなことがバレたらつけ上がる。 モラルと羞恥と自戒を込めて首を振り、バツの悪さを誤魔化す逆切れだという自覚のままに目の前の顔を睨む。 すると、リボーンは思ったより近い位置でオレを覗き込んでいた。 「イヤじゃねぇ、よな?」 ここで頷いたら自分の貞操が危ない。 だけど嫌だと言えるほど拒絶出来なかったことも本当だ。 下唇を噛んで睨み上げていると、リボーンはオレの顔の横についていた肘を狭めて身体ごと押し付けてきた。 鼻先に掛かる吐息が熱い。 「ツナ」 返事をしろを促されても困る。 嘘を吐いてもバレバレだし、本当のことは口が裂けても言いたくない。 しかしこのままでは、買ってきた肉より先に自分が食べられてしまうかもしれないのだ。 うまく言い逃れ出来ないものかとない頭を捻っていると、何故か自分の腹から情けない音が鳴り響いた。 ぐきゅぅううという音は地響きを立てるように、オレとリボーンの間から聞こえる。 そういえば朝食べたきりで昼食も抜いていたことを思い出した。 今度は違う意味で顔を赤くしたオレに、リボーンは堪え切れなかったと言わんばかりに噴き出した。 「ブッ!お前、腹ん中に何飼ってんだ?虎かライオンか?」 「うるさい、うるさい!昼抜いてんの!食べれなかったんだ!」 いらぬ恥を掻いたが、お陰で妙な雰囲気は解消された。 オレに乗り上げていたリボーンが立ち上がると、手を伸ばして起こしてくれる。 この場は素知らぬフリでやり過ごそうと着替えを済ませると、置きっぱなしのままだった買い物袋を手に台所へ向かう。 野菜を軽く水で洗ってから、手早く材料を切り揃えた。 すき焼き用の鉄鍋を棚の上から取り出し、割り下を用意する。 ガスコンロをテーブルの真ん中にセットすると、鍋を置いて火を掛けた。 「ツナ」 「何だよ」 ずっと見られていたことも知っていた。背中から横顔、今はテーブルの向こうで座るでもなく腕を組んでこちらを覗いている。 わざと知らんぷりしていたオレに業を煮やしたのだろうか。 このまま何も言うなというオレの願いに反して、リボーンは壁から背中を起こす。 それに気付いたオレが牛脂を鍋に入れてから、ちらりと視線を上げれば、リボーンはテーブルに腕をつくとこちらを覗き込んできた。 「っっ!」 近過ぎる距離に仰け反ったオレの腕をリボーンが掴む。 「何ともなくはないってのが、ツナの気持ちだ」 今度こそぐうの音も出なくなったオレが、視線を下げるついでに頷くと、リボーンの腕はようやく離れていったのだった。 2013.02.13 |