リボツナ | ナノ



18.




逃がさないようにと握り締めた手の上から逆の手で握り返されて、そのままぐいっとリボーンの前まで引き摺られる。
あやふやなままなかったことにされるのかと身構えると、後頭部を掴んで引き寄せられ髪の毛に顔を埋めて喋りだした。

「昔の話だ。まだオレがヴァンパイアになりたての頃…小さな町で食事とは別の衝動で女たちを狩っていた時にお前とそっくりな男と出会った。」

顔を覗き込もうと見上げると、すぐに後頭部にある手に力が篭ってリボーンの胸に押し込められた。
見られたくないのだろうか。

「ヴァンパイアらしい衝動も弱点もあったせいで死に掛けたこともあったが、怖がることなくオレをオレとして見ていてくれていた。それが嬉しかったんだ。」

夢で見たあれは本当のことだったのか。
それを知る手立てはないが、寂しかったリボーンに小さな明かりが灯ったことだけは分かる。
背中に抱きつけば返してくれる腕は誰を想っているのか、聞けないままに話は進む。

「人間はいずれ先に死んでしまう。ずっと一緒に居たいと思ったが、オレのような真祖になれるのは極わずかだということも知っていた。…だからヴァンパイアにすることも出来ず、だからといって諦めることも出来ずに傍をうろついていた。それが他の人間の目にどう映るのかということも考えられずに、」

その先は多分あの夢に繋がるのだろう。
先を続けることが出来ないリボーンの言葉尻を捉える。

「人間ってさ、弱いからどうしても自分より能力があったり、異なる力を持つ存在を畏怖するんだと思う。それは知ろうと努力しないオレたちが悪いんだけど、歩み寄ることができる人間は少ないよね。だから魔女狩りが広まったんじゃないかな。」

「どうして知っている…?」

慌ててオレの顔を覗き込んだリボーンと視線を合わせると必死に口許だけの笑みを作る。それを見て益々眉根を寄せるリボーンに首を振って答えた。

「知らないよ。ただそんな夢を見ただけだ。本当にあったことなのか、それともリボーンに引き摺られただけなのか、オレには分からない。だけど手足を縛られて水瓶に沈められてもリボーンのことはしゃべらないと誓った気持ちなら分かる。」

驚きに見開かれた黒い瞳に心からの笑顔を浮かべた。

「好きなヤツを売るくらいなら死んだ方がマシだったんだ。」

瞬間、泣きそうに顰められた顔を見てズキリと胸が痛んだ。

「ごめんな。それはオレだったらっていう仮定の話だから。本当にそうだったのかは…」

誰も分からないことだった。
何世紀も以前のことをずっと想ってきたリボーンにこんな話をするべきじゃなかったと後悔して項垂れていると、頭の上から声が掛かる。

「…分かってる。だが、アイツは雇い主と同じ火の番の仲間に水攻めで殺されていた。戻らないアイツを探しに潜り込んだ先で見たのは両手足を縄で縛り上げられ、水瓶に押し込められて絶命している冷たく動かない亡骸だけだったんだ。」

そういう時代だったのだと今なら分かる。
そして今でもリボーンたちヴァンパイアや人狼のようなモンスターに居場所はないのだろう。
押し殺した声で搾り出す言葉に恨みとそれ以上の恋慕を見つけた気がした。

「男も女も年寄りも子供も関係なく、その町にいる人という人を恨んで憎んでこの手で握り潰した。それを反省する気はない。それからだ、ヴァンパイアとしての力が強まり日中も出歩けるようになったのは。『人喰い』と呼ばれるのはそのせいだ。」

横を向いたままこちらを見ようともしないリボーンの顔を眺め、そっと触れる。
冬の夜に手袋もなしで屋外にいるせいか感覚があまりない指で頬を撫でるとビクリとリボーンの身体が竦む。
手を取られ、その手の平に触れたリボーンの唇は雪のように冷たかった。

「人間嫌いに拍車がかかり、吸血衝動よりも憎しみで人を襲うようになって20年ほど経った頃だった。たまたま人を襲いにいった少し大きな町でアイツの血縁に出会ったんだ。アイツはお前と同じでかなり貴重な血の持ち主だったが、そいつにも同じ匂いがした。血の濃さは比べ物にならないがな。」

手の平の上をくすぐる唇にゾクゾクと湧き上がるのは馴染んだ快楽で、それを分かった上で唇は柔らかい肉を啄ばんで指を辿る。
つつっ…と舌でなぞられて息が上がるともっとだというように爪の先を齧られた。

マーモンに凄んだ時に浮き出た血がまた滲みはじめたのかそこばかりを執拗に舐め続ける。
舌で突かれ、唇で吸い付かれる感触に覚えのある下肢が起ち上がってきた。

「ん、ンっ…!」

印を付けるという行為は性交と似ていた。肌をまさぐられ、身体の奥で受け止めるそれはリボーンのことを好きになっていけばいくほど快楽と苦痛とが増していった。
求められる悦びと、自分はただの代役だと思い知らされる行為に心は悲鳴を上げて、けれどそれを拒むこともできなかった。

声を漏らすまいと唇を噛むと、それも許さないとでもいうように指で下唇と上唇を割り開く。
開けられた口からはまた声が漏れ、それを聞いたリボーンがくつくつと笑った。

「最後に一度だけ言ってくれ。待っていたと、会いたかったと、」

言ってくれといいながらも指は口腔を掻きまわし、声を上げることもできない。
飲み込みきれない唾液が口端から頬を伝い首筋を下っていく。

言って欲しいのはオレじゃない。だから言わせないのか。
滲む眦から零れたのは悔しさか、淋しさか。
自分ではない誰かを想うリボーンに涙を流していると口から指を抜かれその手で顎を抓まれた。

「アイツがどんな顔だったのかお前を見るまで思い出せなかった。どんなに間抜けだったか…そして優しかったかも。同じ血の匂い、同じ面差し、バカが付くほどお人よしなことも、他人を蹴落とす気概すらないところも、何もかもお前を見て思い出した、気がした。」

何百年と生きているリボーンたちヴァンパイアでも記憶の風化は防げないのだろうか。
オレを覗きこむ端正な顔がぐにゃりと歪んで自嘲の笑みを浮かべる。

「本当にアイツがそうだったのかもう思い出すことも出来ない。お前さえ無事ならばと思い始めている自分に気付いて愕然とした。…だからここで別れる。」

「な、んで?オレの傍にずっと居ればいいだろ!」

煙のように消えてしまいそうなリボーンの手を握ると、顎を掴んでいた手が頬を伝いそれから胸の中へと押し込められた。
ここで手を離したら一生会えなくなりそうで、掴んだ手に力を入れてしがみ付く。

「お前は人間で、オレはヴァンパイアだ。交わらない時間軸は忘れろ。」

切り捨てるような言葉とは裏腹に、身体に回された腕は拘束の力を強めていった。
けれどこれで最後だということは変えられない。
ご先祖さまではなくオレを望んでくれているからこそ別れるというリボーンに反論するだけの力がオレにはなかった。


瞼から頬へと辿る唇の感触をなぞりながら、ゆっくりとオレから離れていくリボーンに最後まで縋った指がはらりと解けたところに、いきなり黒い影がオレめがけて飛びかかってきた。




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