18.「10代目、どこかお加減が悪いのでは?」 主人の号令を待つ飼い犬のようにこちらを気遣わしげに伺う獄寺くんの緑の瞳がドアップになった。 勿論リボーンや山本ほどではないが、オレよりは随分と身長が高いので覗き込む形になっている。 よくよく考えてみれば、オレの周りには華やかな容姿や華やかな経歴、人目を惹く男ばかりが揃っていた。 これでは彼女なんて出来なくて当然だったんじゃないかと今頃気付く。 日本人ではありえない彫りの深い顔立ちをジロリと睨んでしまえば、どうしてか獄寺くんの顔に赤みが灯る。 「……どうしたの?」 「なっ、なんでもありません!10代目こそどうされたんですか?」 「へ……?」 そういえば先ほどの獄寺くんの台詞に応えていなかった。 出社してこうして営業に出てからも、ため息ばかり吐いている自分を心配しているのだろうと思い至る。 だからといって素直に愚痴ってしまえば、昨日のメールの嘘がバレてしまうかもしれない。オレには嘘を吐き通すというスキルはないのだ。 オツムの回転が残念なんじゃねぇのかというリボーンの台詞が聞こえた気がして頭を振ると、それを見ていた獄寺くんの眉が益々寄っていく。 「や、大丈夫!平気だから!ここ2日ぐらい早起きが続いててさ、だからちょっと眠いだけ」 「そうですか……」 納得しきれていない顔が渋々頷いて遠ざかる。それにホッと息をつきながらスーツの皺を手で払って伸ばした。 「どうして早起きを?」 顔を前に向けたものの、まだこちらを横目で見ている獄寺くんが納得していないことも分かっていた。 だから訊かれるだろうと読んでいたから素直に答えられる。 「親戚のさ、リボーンが朝も日本食を食べたいって煩いんだ」 親戚、を強調しながら声を出す。 それは嘘だが、朝食のせいで早起きしているのは本当だから疚しくもなんともない。 噛み殺しそこねた欠伸も出て、それを手で押さえながらグッと伸びをした。 そういえば今朝のあれはどういうことなのだろうか。 オレの嫌がることはしないという確約を取り付けたものの、それを素直に守る性格とは思えないから用心するに越したことはない。 帰宅したら女か男が裸でこんにちはしてきたらどうしてくれようか。 そう考えると食事で釣って大人しくさせるという手は妙案に思える。 しかし今日はこの後も営業が詰まっていて、帰る頃には20時を回ってしまうだろう。 手の込んだ料理は出来なくとも美味しいと思える日本料理を出すことを確約できればいいのだろうかと唸っていると、獄寺くんが慌てた様子でオレの肩に手を掛け迫ってきた。 「んなっ!?まさか10代目が手料理を振舞っていらっしゃるんですか?!!」 「え、まぁ……」 普通に考えれば、薄給のオレに料理人を雇える甲斐性なんてないし、毎回外食なんてとんでもないから当たり前だ。 今度は泣きそうな表情で縋りつかれてこちらが焦る。ここは天下の往来だ。 傍目から見ればゲイカップルの痴情のもつれとも取られかねない体勢にも感じて、そんな風に意識してしまうオレの感性はリボーンによって狂わされたのかと顔が歪む。 「10代目!」 「はぃい!」 イヤイヤイヤ!これは獄寺くんという親友がオレに忠告している一幕なのだ。 引き攣った愛想笑いをどうにか浮かべ、真剣な顔の獄寺くんに向き直った。 「……オ、オレにもご馳走して頂けませんか?」 「い、いいけど」 拍子抜けするような言葉に思わず頷けば、獄寺くんは曇り空から太陽が顔を覗かせたみたいに表情を明るくした。 上手いこと誤魔化せたと胸を撫で下ろしたオレは、簡単に作れて日本的で外人さんが喜ぶだろう鍋を訊ねてみたのだった。 2013.02.04 |