17.これを祖父から受け取った時、どうしてこんな物騒なものをと不思議に思ったものだ。 確かに祖父はかなりの資産家で政財界にも広い顔を持っているとは聞いていたが、オレはただのしがない保育士であり祖父の跡を継ぐのは別の従兄がいるというのに意味が分からなかった。 ただ祖父から肌身離さず持ち歩くようにと念を押され、そのあまりの迫力に頷かざるを得なかった。 皮膚を貫く寸前の細い切っ先がわずかな破片だけを残して床に落ちるとカランという軽い音が響いた。 手元に残ったのは柄だけで、茫然とそれを眺めていると暗闇から声が掛る。 「誰が死んでいいと言った。」 怒気を孕んだ声音にびくりと肩が揺れ現れた黒い影に視線を向けると、リボーンが銃身をこちらに向けたまま足音を響かせて近付いてきていた。 鈍く光る銃よりも冷たい視線に足が竦む。 一歩近寄る度に一歩退いて、それを繰り返す内に足元に転がっていた廃材に躓いて尻もちをついた。 構わず距離を詰めたリボーンの影が顔に落ちるほど近付くと睨んだままでぼそりと呟く。 「守ってやると言っただろう。今度こそ…いや、ツナだけは、絶対に。」 「リボーン…?」 誰のことを思い出しているのか知りたくて、知りたくなかった。 互いに目を逸らすことなく見詰めあっていると、リボーンの後ろから呆れたような声が聞こえてきた。 「いい加減にしろ。こいつはお前のその銃で撃たないといくらでも甦るぞ。」 人狼を抑え込んでいるワイヤーを辿るとマント姿にゴーグルという出で立ちの人物が苛立たしげにそう怒鳴っていた。 それを聞いたリボーンはチッと舌打ちして煩わしそうに人狼へと視線を向ける。 「こいつを殺れば終いだったな。」 「オレだけだと思うなよ!まだ仲間がいる!」 ワイヤーに縛り上げられた人狼がそう声を上げると、今度は別の暗闇から何かを引き摺っているような音を立てながら背の高い男が現れた。 「それはこいつのことか?コラ!」 「なっ…」 わずかに差し込む月明かりに照らされた金髪がキラキラ眩しい男は、片手で引き摺ってきたなにかを人狼の横へと放り投げた。 ドスンと転がったそれは見覚えのない毛色の人狼だった。 虫の息らしい仲間の人狼を見て、ワイヤーで身動きが取れない方の人狼が呪詛のうなり声をあげる。 「どうしてオレ以外が居ると分かった!?」 「簡単だぞ。オレの手を削いだヤツとお前では足音が違った。そいつは人狼の割に用心深い性格だったんでな、先に仕留めさせて貰ったぞ。…お前を始末するのに邪魔は入れたくなかった。」 そう言うと握っていた銃で虫の息だった人狼の心臓を打ち抜くと、ニタリと笑ってワイヤー越しの人狼の額を蹴り上げた。 「こいつに手を出したらどんな目に遭うのかその身で思い知れ。」 マーモンの術のせいか突然暗くなった視界の先では何発かの銃声と悶絶する叫び声とが交錯し、少し間をおいてから一発の銃声が響いてからはその声も途絶えた。 「…バカなヤツ。こいつの一族に手を出したらどうなるかなんてモンスターなら誰でも知っているのに、その禁を犯すなんてね。」 そう呟いたマーモンはボクはキョーコを保育園に置いてそのまま帰るよとふわりと消えていった。 開けた視界の先では跡形もなく消え去った人狼の代わりに銀の弾だけが床に転がっている。 「オレも帰るぞ。綱吉と言ったな?家光にはこちらに来たことは言うなよ。」 それだけ言うとワイヤーを懐に収めた人物はゴーグルをあげるとマントを翻した。 「…お、女のヴァンパイア?」 「ラル・ミルチだ。貴様の父親には世話になっている。」 振り返ることなくふわりと床を蹴り上げると絶対だぞと念を押して消えていった。 ゴーグルから現れた顔は美人と呼ぶに相応しい顔立ちで、スタイルも抜群の後ろ姿にズキッと胸が疼く。 「あいつはヴァンパイアじゃねーぞ。半分人間だ、コラ。」 横から声を掛けられて慌てて振り返ると金髪の長身がニッと笑っていた。 「オレはコロネロだぜ。今代は随分可愛い上に血が濃いんだな。」 「か、かわいい…」 不本意な一言に言葉を失っていると、銃をおさめたリボーンがオレとコロネロの間に立ってコロネロの視界を塞いだ。 リボーンの背中が酷く不機嫌そうに力が入っている。 「煩えぞ。てめぇも一発入れられてぇのか?」 ただでさえ低い声が唸るようにコロネロを脅すと気にした様子もない調子で返ってきた。 「冗談じゃないぜ!だが、お前が手放すんならオレが面倒見てやってもいいぜコラ!」 言うが早いかリボーンは懐から銃を取りだすとコロネロに向けて撃ち抜く。それも予測済みだったのか、コロネロは長身とは思えない身軽さで床を蹴るとその場から飛び退った。 「お前とだったら死ぬのも悪くなさそうだな!そいつに飽きたら言って来い!」 懲りないコロネロに本気で怒ったらしいリボーンが銃口から幾度も怒りを吐き出していると、笑いながら逃げ出していった。 忌々しそうに舌打ちするリボーンの背中を見ていれば湧き上がる感情に突き動かされ、その広い背中にしがみ付いた。 「ツナ、」 落ち着いた声だった。 艶のあるいつもの声は驚きも怒りも浮かんではいない。 何を言えばいいのか、何を聞きたいのかずっと悩んでいたがこれだけは最初に言いたかった。 「ありがとう。」 「…あぁ。」 守ってやるといった言葉通りに傍に居てくれたことに感謝している。 背中に額を押しつけて握ったリボーンのジャケットの裾に皺が出来るほど力を入れた。 色々あった。人狼に襲われそうになる度に現れては消えていくこの姿のリボーンに焦がれたのは吊り橋効果だったのか、それとも前世のなんとやらだったのかは分からないがそれでもいいと思っていた。 小さいリボーンと共に生活していく内にこのまま過ごせたらとどこかで期待していた。 今は昔と違うのだと、だからずっと一緒にいられるのだと。 この気持ちはどれに当て嵌まるのかすら分からないが、ひとつ言えることはリボーンと別れる気はなかったということだ。 血が欲しければいくらでも吸えばいい。 それが毒になるのならば吸い尽くされて死んでもいいとさえ思っていた。 プライドの高いリボーンがそんなことを望む筈もなく、そして自らに課した誓いを胸にオレの元から去っていくのだと知らされてもまだ納得できない自分がいた。 これは依存だろうか。 握りしめた布地の硬さに凍えた指先がつるりと滑り、慌てて握り直す。それを見ていたリボーンがぬくもりのない手で上から握りしめた。 「…っ、一緒にいられないのかよ?」 「無理だぞ。オレは何年経ってもこの姿のままだ。年を取らないオレを誰もが不審に思う。」 「だったら、どうやってこれからもオレを守るんだ。」 「オレはヴァンパイアだぞ。独りなら紛れることは造作もない。」 独り、という言葉に唇を噛み締める。 「リボーンはそれで平気なの?オレが誰かと恋をして結婚して子を育てて死んでいく。それをただ見守るだけでいいのかよ!」 「本望だ。」 冷たく言い放たれてカッときた。 「だったら何で抱いた。あれはどういう意味だったんだよ。」 そう切り返すも言い淀むことなく跳ね除ける。 「ただの印を付ける行為だぞ。それ以上でもそれ以下でもない。」 怒らせて二度と会いたくないと思わせたいのか、それとも本心なのかすら分からなくて拳で背中をひとつ叩いた。 揺らぎもしない背中に腹を立ててもう一度叩くと握られていた方の手を取って口付ける。 「すぐに忘れる。それでいいんだぞ。」 手の甲に触れる唇が諦めたように呟くとそっと離れていった。 なんて自分勝手なヤツだろう。 「ふざけるな!勝手に忘れるとか…それでもリボーンは覚えたまま生き続けるんだろ!?」 自分だけ覚えていて、勝手に守って、オレには忘れろと言う。そんなことなど出来る訳がない。 離れていった手を今度は自分から握り返すと、リボーンの背中にぎゅっと抱きついた。 . |