4.朝早くから色々あったお陰で朝の8時前だというのに疲れ果てていた。 リボーンの消えた玄関先から足を戻して鍵を掛けると、渡された財布を玄関マットの上に放り投げて靴を脱ぎ捨てる。 目の端に映る財布にはとんでもない金額が収まっていた。 さすがのオレでも迷惑料として失敬してしまうには額が多すぎるから返そうとは思うのだが、本人が消えてしまってはそれも叶わない。 肩を落とすと考えることを放棄して2階にある浴室に足を向けた。 いらぬ労働を朝から強いられたせいで、わずかに汗を掻いていた身体ごと洗い流した。 リビング兼キッチンへと裸足のまま歩いていくと、冷蔵庫の前で足を止める。中に何か飲み物でもあっただろうかと考えながら扉に手を掛けて開くと呼び出し音が聞こえてきた。 聞き覚えはないが、多分携帯電話の音だ。というか、目の前の黒い物体がそれだろう。 どうして冷蔵庫の中にそんな物があるのか分からないが、自分の物ではないとしたらリボーンの携帯ではなかろうか。 頭痛に襲われながらも、一言いってやろうと冷たくなっている携帯電話に手を掛ける。 オレの気持ちを逆なでするかのように鳴り続ける呼び出し音に、リボーンがこれを忘れたことを思い出して掛けてきたのだろうと思った。 重ね重ね迷惑なヤツだと口をへの字に曲げながら、早く早くと急かすように光る着信ボタンを指で押す。 「もしも」 『やっと出たのか?!出てくれたんだな!!アンタ時間は守る男だったよなぁぁああ!』 叫び声というより、泣き声にも近い悲鳴のような声が耳から入って脳内へと響き渡る。 『あと10分しかないんだ!アンタが講義をしてやるって言うから話を付けたんだぞ!いや、つけさせて頂きました!お願いします!いいから早く来いぃぃい!』 もはや絶叫だ。 聞いているだけでどちらの立場が上なのか明白になる台詞と耳が痛くなるほどの大声に、けれどオレは携帯から耳を離さずに声を出した。 「すみません、オレリボーンじゃありません。っていうか、あなたもリボーンじゃないですよね?」 そう、リボーンが忘れたことを思い出して電話を掛けていたのかと思ったがどうやら違ったらしい。 リボーンより随分と甲高いが、男だと分かる声色に問いかけると受話器の向こうが息を飲んだ。 「オレは今朝方、マンションの3階から女に突き落されたリボーンを仕方なく拾っただけの通りすがりの男です。全然、まっったくの無関係だったんですが、落ちてきた場所がゴミ置き場で、何故かオレが片付けをさせられたりもしましたが通りすがりの男です」 『それは……』 返す言葉もないのか、はたまた想像以上の修羅場にドン引きしているのか知らないが電話口の男は押し黙る。 そこに今まで我慢していた憤懣ごとぶちまけた。 「あの人格破綻者のお知り合いなんですか?よく一緒にいられますね。オレは今朝会ったばかりなんですよ!しかもそんな出会ったばかりのオレに風呂貸せって、どこまで傲慢なんですか!ゴミまみれのあいつの洋服を捨てに行けば、散乱していたゴミ掃除までやらされて……あまつさえオレの居ない間に自分の着る洋服まで家探ししてたんですよ。しかも詫びだかなんだか知らないけど、高そうな財布に入った10数万を寄越して!」 『ちょっと待て。その財布はどこのブランドのヤツだ?』 「いいから聞けっ…………え、ロゴは○だけど」 まだ言い足りないと言葉を続けようとするも、電話口からは祖呪のような低い声が漏れ聞こえてきて思わず口を閉ざす。 あの野郎!という恨みの籠った声の後ろから、聞き覚えのある低い声が聞こえて自然と目が半眼になった。 希望とも絶望とも取れない声で名前を呼んだ電話先からゴソゴソという音が聞こえて、その後に予想通りの声が耳朶に響く。 『よう、ツナ。どうした?もうオレが恋しくなったのか?』 「んな訳あるかッッ!それよりこの財布、オレは受け取れないからどうにかしろって!」 意味が分からない。ここまでくるとチャラいというより電波じゃなかろうか。 知り合いのパイナップル頭を思い浮かべそうになり、さすがにあそこまでではないかと頭を振った。 『何だ、やっぱり会いたくなったのか。ツンデレとかいうヤツだな……ああ?その財布はコイツのだから気にせずに受け取れ』 リボーンの持つ携帯の横からは、ふざけんな、返せ!という罵声が聞こえてくる。 ようやく理解した。あの財布は先ほどの電話を掛けてきた男の物なのだと。 余計に使う訳にはいかないとため息を吐いていると、後ろから少し年嵩のいった男性が電話に割り込んできた。 『おっと悪ぃな、仕事だ。これが終わったらまた会いにいってやるから大人しくしてるんだぞ』 「ふざ、ふざけるな!」 勢いのまま通話を切ったオレは、その後の騒動など知るよしもなかった。 2013.01.10 |