3.早朝の澄み切った空が朝日によって暖かい色へと変わる頃、ようやく片付け終えたオレは俯きながらもどうにか家路に着いていた。 人ひとりが3階から落ちてきた衝撃を受け止めたゴミ置き場は想像通りに散乱していて、2人でも片付けるのに30分はかかった。 いくら今日は休みだからと言っても、割に合わないというか釈然としない。 全部あの男のせいだと思えば尚更腹も立って、おもむろに顔を上げると肩を怒らせてアパートの玄関前に立った。 ゴミ集めで汚れた指で鍵を摘まむと鍵穴に差し向けた。すると丁度鍵穴に差し込むタイミングで玄関扉がこちらに向かって開いた。 「っと、なんだ、何してたんだ?」 慌てて後ろに下がったからよかったものの、危うく高くもない鼻にぶつかるところだった。 これ以上低くなったらどうしてくれる。じゃない。 「あのな!お前のせいで……!って、何で山本のジャージ着てるんだよ?」 気勢が削がれかけたところに問い掛けられて、再燃した勢いで文句をつけようとした矢先に意外な格好のリボーンを見つけた。 「ヤマモト?誰のか知らねぇが、オレが着れるサイズの服を家探ししたら出てきたヤツだぞ」 いつの間にか置かれていたらしいジャージに顔を引き攣らせつつ、それを家主の断りもなく探しだしたリボーンにも顔が歪んだ。 「あのさ、そういうことはオレが帰ってきてからにするもんだろ?!普通!」 「いつまで経っても帰って来なかったツナが悪い。あんまり帰って来ねぇから探しに行くところだったんだぞ」 まさか心配されていたとは思わなくて、虚をつかれたオレは一瞬返事が遅れた。そんなオレにリボーンは言葉を続ける。 「まあ、面倒くせぇから外見て居なけりゃ出ていこうと思ってたのも本当だがな」 「なっ!何だよ、それ!っとにもう!!お前のせいでゴミ置き場で掃除させられてたんだって!反省しろよ!」 持ち上げて落とす。これがチャラ男のテクニックというヤツなのか。いや違う。 腹立ちまぎれに声を張り上げると、リボーンは肩を竦める。その余裕綽々の様を見て、自分一人だけ熱くなっていた事実に気付いた。 コホンとひとつ咳払いをして声のトーンを下げる。 「……まあいいや。で、リボーンはこれからどうするんだよ?」 「あぁ、お前が居ない間に電話がきてな。煩いから顔出すことにしたところだ」 「ふうん?」 よく分からないが用事があるらしい。どうせこのチャラ男のことだ、女からの呼び出しなんだろうと適当に相槌を打って玄関の前を開けた。 「それからな。お前お人好しもいいが全然知らない他人を家に呼んで放置ってのはよくねぇぞ。オレが強盗だったらどうすんだ」 「あ……」 言われてようやく気付いたオレは、焦りでじわりと汗がにじみ出てくる。 こちらを見ているリボーンの全身に視線を這わせるも、これといった物を持っている気配もない。 ここでリボーンを引き止めてボディチェックをするべきかと思案していれば、リボーンはジャージのズボンからブランド物らしい財布を出してオレの手の平に乗せた。 「迷惑料だ、気にせず受け取っておけ」 どういう意味だと首を捻りつつ、何気なく財布を広げて驚いた。 「ちょ、コレ……!」 ざっと見ても福沢諭吉が10人ほど居る財布の中身に顔を上げるも、リボーンは玄関の取っ手に手を掛けて外へと足を踏み出していく。 慌ててジャージの端を掴んだオレに、リボーンは一瞬だけ足を止めて真顔になった。 「ジャージを置いてく彼氏が居るんなら、男はそうそう呼ぶんじゃねぇぞ」 今日のところは食わないでいてやるという台詞だけ残して玄関はパタンと閉じた。 鼻先で締まった扉と、手にした財布と。 それからようやく言われた台詞が脳内で処理されて理解に辿り着く。 「ちょっ、誤解だって!」 あまりの衝撃に数瞬反応が出来なかったオレは、閉ざされた扉を押し開いて外に出る。 「待てよ!待てって!リボ……」 けれどそこには、チャラ男の影も形もなく消え失せていたのだった。 2013.01.09 |