1.生ゴミは意外と重い。これが年末年始と溜めこんだ重みなのだから仕方ないといえば、仕方ないかもしれない。 だがしかし。 それは何も自分だけという訳ではないのは、このゴミ捨て場に山と積み上げられているゴミ袋が証明してくれていた。 歩道から道路へとはみ出しかねないほどのゴミを前に、さてどこにこの2袋を重ねようかと考えた。 まるでピラミッドのように積まれたゴミの山の上に放ればどうなるかなんて火を見るより明らかだ。 このクソ寒い早朝からゴミ置き場の掃除なんてしたくもなくて、ならば引かれた線をはみ出しても隅に置いていくかと足を踏み出したところで、ドスンという音が目の前に落ちてきた。 いや違う。黒い何かが頭の上から落ちてきたのだ。 思わず頭上を見渡して、それからこちらを見ている女の視線とかち合った。 眉を荒々しく立て、怒りに唇を歪ませる女の形相は元旦の深夜に見たホラー映画を思い起こさせた。 ひぃと声を上げて踏み出した足を一歩後ろへ引くと、そんなオレに気付いた女はカッを目を見開いて睨みつけてから背後に雷雨を背負ったまま3階のベランダの奥へと姿を消した。 それにホッと安堵の息を吐いたところで、散乱したゴミの山の中からもぞりと動く気配を見付け何気なく視線をそちらへと向けた。 「っ……てぇ、」 てっきり犬か猫だろうと思い込んでいたから、声が聞こえて目が離せなくなる。 まさかあの3階から人が落ちてくるなんて誰も思わないだろう。 というか、先ほどの女に落とされたのか。 殺人未遂という単語が頭をよぎり、慌ててゴミの中を凝視する。 半透明のごみ袋の奥からはみ出した黒い棒のようなそれは、よくよく見れば足にも見えた。 ということは埋もれた中に頭がある筈だと覗き込むと、いきなり黒い物体がゴミを掻き分けて立ち上がってきた。 「このオレだから死ななかったんだぞ。ったく、あんな凶暴な女なんざこっちから願い下げだ」 綺麗なイントネーションの日本語が不似合なほど、どう見ても外国の風体の男が目の前に立ち塞がる。 何故立ち塞がるのかといえば、目の前を男の体躯で文字通りに塞がれているからに違いない。 日本の平均的身長をどうにかクリアしているオレの視界を覆う黒い物体を前に、声もなく顔を上にあげれば、男もちょうどこちらに気付いたのか見下ろしてきた。 ばっちりかち合った視線の先には、日本人より黒い瞳と黒い髪が見えて、なのにすっと通った鼻も切れ長の瞳も彫りの深い顔立ちもどれもこれも異国の容貌を現していた。 ゴミ袋を手にしたまま、茫然を顔を見詰め続ける。男にも美人という形容詞は当て嵌まるもんだなぁと思わず感心していれば、目の前の顔は何かを思い付いたようにニヤリと口端を上げた。 「お前、ここの近所に住んでんのか?」 「え?ああ……うん」 いくら3階から突き落とされた現場を見てしまったとはいえ、それを立証するために警察に立ち会えなんて言われるのは面倒だと腰が引けた。 休みはあと一日しかない。 どうやって断ろうかと考えていれば、男は服にへばりついているゴミを摘まみ落としながら口を開いた。 「お前、名前は?」 「あ、沢田。沢田、綱吉」 てっきり騒動に巻き込まれるんだろうと思っていたから、まさか名前を聞かれるとは思わなくてつい答えてしまう。 すると男はフムと吟味するようにオレの名前を何度か呟いてから顔を寄せてきた。 「綱吉……は言い辛いからツナでもいいか?」 「う、ん。……いいよ、みんなにはそう呼ばれてるから」 学生時代のあだ名は『ダメツナ』だが、ツナとも呼ばれ慣れている。そう言えば獄寺くんだけはいまだに10代目だなと今更気付いて、今度呼び方を変えて貰おうかなんてことまで考えていたことに慌てて意識を目の前の男に戻した。 「オレはリボーンだ」 「リボーン、さん?」 外国の人は年齢が分かり難い。そういうオレも大概実年齢に見て貰えないから分からないだろうなと諦めの境地に到達している。 諦めたんじゃない、悟ったんだと心の中で繰り返していれば、男は肩を竦めて頭を軽く振った。 「さんはいらねぇ、リボーンでいい。ときに、ツナ」 やはり外国の人はファーストネームで呼び合うのかと頷きつつ、しかし自分の周りにいる外国人の知り合いは沢田殿だの沢田だのカスだのと呼ばれていることにも気付いた。 どうしたことだ。 知らず考え込むように俯いていると、リボーンはオレの両肩にポンと手を置いて顔を近付けてくる。 「風呂、貸してくれ」 「は……?」 2013.01.07 |