リボツナ | ナノ



8.




街中がクリスマスカラーに染まっている。
オレが勤める店内もあちらこちらにクリスマスの飾りや、クリスマスを祝うための本などがメインに設置されていて通りかかる人たちが思わず足を止め手にする光景もチラホラ見える。
クリスマス用としてラッピングを頼まれた本に悪戦苦闘しながら、それでも受け取る人の笑顔のために綺麗とを心がけた。

「お待たせしました、53番のお客さま。ラッピングが終わりました」

声を張り上げれば年若い母親らしき女性がこちらに近付いてくる。渡された番号札を確認してから手提げに入れて差し出すと、二コリと笑顔で抱えていった。そんな表情に心が温かくなる。
去年まではクリスマスなんてただの行事の一つでしかなかった。
家でキチンやケーキを食べて、それをたかりに来る子どもたちにお菓子のプレゼントを渡して、床に着く。それだけだった。
クリスマスに誘ってくれる人もいなかったし、誘いたい人もいなかったから不満に思うこともなく過ごしてきた。
今はどうだと言われると言葉に詰まる。
24日も25日も自分は仕事だ。朝から夜中までの勤務だから遊びに出掛けることも出来ない。
それは相手も同じで、ひょっとしたら仕事が入るかもしれないと言っていた。
あと2日と迫ったクリスマスイブを前に商社って大変だなぁと他人事のように思っていたが、出来れば一緒に過ごせないかとまで考えるようになった自分に驚きだ。
手料理なんて作れないが、近所のデリで調達してもいいしなんならコンビニでも構わない。
ようは一緒に過ごす口実が欲しいということなのかもしれなかった。
7時を回った店内は、先ほどまで居た親子連れや子どもたちの波も途切れて少し落ち着いてきた。そこにレジの交代を告げられて、お先にと声を掛けるとバイトの女子高生がこっそり耳打ちしてきた。

「今日も彼女さんとなんですか?」

「違うって!」

即座に否定してみても意味はないらしい。探るというより面白そうな顔でこちらを見ているバイトから慌てて視線を逸らした。
どうして女という生き物はこうも鋭いのだろう。
今まで通り遅刻も早退もしていないし、着る物を変えた訳でもないのに好きな人が出来たことが分かるのか。
言うだけムダだと知っているから逃げるようにバックヤードに下がっていくと、オレと入れ替わりに店長が店内へと向かってくる。
この分じゃ店長とバイトの子と2人でオレの噂話になりそうな気もする。自意識過剰かと思いつつ、頭を下げていると。

「さっき沢田くんのロッカーから携帯の呼び出し音が鳴ってたよ。じゃあ、お疲れさま」

「え、あ、はい!お疲れさまです!!」

我ながら分かりやす過ぎるだろうと突っ込みが入るも、店長への挨拶もそこそこに慌ててロッカーへと駆け出した。後ろからくすくす笑いが聞こえてくるも無視だ。
言われた通りまだ鳴っていた携帯電話を取り出そうとロッカーに手を掛けたところで呼び出し音が途切れた。
今日に限って10分だけ残業をした自分にため息を吐きながら、着信確認をするためにジャケットから携帯電話を取り出した。
見れば録音中の文字が表示されている。慌てて通話ボタンを押して耳に当てると、リボーンの声が聞こえてきた。

『ら26日までインドネシアに出張になった。今度は返信するんだぞ』

「って、待った!オレ!ごめん、今繋がったところ!」

聞き耳を立てられてはいないかと辺りを見渡しながら、どうにか切られまいと声を上げた。

『何だ、今終ったところか?』

うんと返事をして携帯電話を耳に当てつつ社員用の裏口から外に出る。今日は遅番も中で仕事中だし、早番はオレ以外帰っている。だから大丈夫だと算段をつけて話し始めた。

「今からまた出張なんだ」

『ああ、聞いてたのか。今回は現地のミスをフォローしに行くだけだから、そんなにかからねぇとは思うんだがな』

ふうんと気のない返事をしてみたものの、あと2日に迫ったクリスマスを前に気持ちが萎んできた。先ほどまで色々と考えていたから尚更だ。
約束なんてしていないなかったし、こうなることも予想していたというのにこれだ。
背中をドアに押し付けながら、ずるずるとしゃがみ込んでいく。上を向けば綺麗な月が真上に浮かんでいて、口を開くたびに息が白く流れていった。
急に寂しさが込み上げて、それを悟られないようにわざと明るい声を上げる。

「分かった。いってらっしゃい」

『ああ、年末の長期休暇の前に終わらせて来る。それから今回は事情で携帯が繋がらねぇことがある。電話はムリかもしれねぇからメールを寄越せよ?』

「うん」

その後、二三言葉を交わしてから電話を切った。途端に寒さが押し寄せる。
リボーンからの電話だと焦って外に出たせいで、エプロンも着けたままだし上着も着てはいないからだと思うことにして、冷えた手を擦り合わせながら着替えるために中へと戻った。






23日は朝からイレギュラーな出来事の連続だった。
入荷する筈の本が出荷の手違いで別の店舗に届けられてしまい、それをどうしても今日欲しいというお客さまの要望で引き取りに行くことになったり。
遅番で来る筈のバイトが時間になっても出勤して来なくて、合間を縫って店長ともう一人のバイトとオレで昼食なのか夜食なのか分からない食事をする羽目になったりとてんてこまいだった。
クリスマス需要と年末年始のお陰でみるみる売れていく店内の在庫を確認しながら、補充が足りるだろうかと帳簿を付けつつどうにか日を跨いで閉店を迎えた。
ぐぅとも鳴らなくなったお腹を抱え、深夜のコンビニに足を踏み入れる。
店内を見渡せば飲み会帰りなのか楽しそうに商品を抱えている男女や、自分のようにくたびれた風貌の仕事帰りと思われる一人者も居る。当たり前だが様々だ。
自分だけが忙しい訳じゃないし、世間から一人取り残されているということもない。
世間はクリスマスでも人によってはただの忙しいだけの日だよなと言い聞かせ、リボーンだって同じじゃないかと思い出す。
仕事で出張なんだからオレより大変かもしれない。ふと思い付いてジャケットに入れっぱなしの携帯電話を取り出した。
24日になっていた日付と時間を確認する。
昨日届いたメールには25日には戻れそうだと書かれていて、だとすればクリスマスイブには間に合わなくともクリスマスには顔を見られるのかもしれない。
休みを訊かれたから26日は休みだと返信してから音沙汰がないが、リボーンのことだからまたひょっこり現れる気がした。
電話をしようかと迷いつつ、軽く何か腹に入れたいと弁当やサンドイッチのあるコーナーの前に立って物色する。
残り物の中で適当に選ぶと、いつもより人の多いコンビニを後にした。
勤め先の書店はビジネス街でその近くにはバーや飲み屋が点在している。お陰でタクシーを拾うことも容易だからありがたいと、車通りのある大き目の道路まで歩いていった。
手当はついてもこれでチャラだよなぁとボヤきながら、空車というマークが点灯しているタクシーに近付いていく。
すると、客を待つタクシーの前を縫うように一台の黒塗りの外車が割り込んできた。
どんな人が降りてくるのかと興味を惹かれ、横目で追って時間が止まる。
見覚えのある顔だった。
今は海を越えた向こうにいる筈で、こんなところで美女に抱きつかれているなんて聞いてない。
一歩踏み出そうとした足が地面に張り付いてしまったように動かせなくて、声を上げようと口を開くも喉の奥から息も吐き出せなかった。
そうこうしている内にリボーンとショートカットの異国の風体の美女は、みんなの視線を惹きつけながらもビジネス街の奥へと消えて行った。
それを見送ったオレは、どうやって家に辿り着いたのかさえ覚えてはいなかった。







眠れずに過ごした一夜はひどく長く感じた。
電話が掛ってくるかもしれないとか、メールがあるかもと期待した自分は馬鹿だったのだろう。無音のままの携帯電話を両手で握りしめて項垂れる。
光から逃げるようにベッドの上で膝を抱えていたオレは、窓の隙間から朝日が差し込んできたことに気が付いた。
電気も点けず暗闇に支配されていた部屋はいつの間にか薄明るく足元まで照らしている。それを黙って見詰めていたオレは長いため息を吐き出すとヨロヨロと立ち上がった。
人の前に出る仕事だから出勤前には必ずシャワーを浴びていく。こんな日でも染みついた習慣で身体は動くから、考えることを放棄したオレはいつものように狭い脱衣所へと向かう。
服を脱ごうとして手にしたままだった携帯電話に気付き、きちんと畳んであるバスタオルの上に乗せる。洗濯をすることも、乾いたら畳むということさえあの日から意識するようになった。
全部脱ぎ終えて風呂場のドアに手を掛ける。押し開けて足を踏み入れてから、後ろ髪を引かれたように携帯電話を振り返って慌てて中へと滑り込んだ。
少し古いアパートのせいか、すぐには出ないお湯を全開に捻って見詰める。冷たい水が足元にかかったがどうでもよくて、そのまま足を動かすことなく浴び続けた。
見間違いかと思いたかった。たまたまリボーンと似た人だと思い込もうとしたのに、消えて行った男が着ていたコートがそれを否定した。
何でもイタリアの知り合いだというデザイナーからリボーンにと渡されたそれは、一点ものの正真正銘のリボーンのためのコートだと言っていた。リボーンのイメージでいくつか作った服があり、そのお礼も兼ねているのだと訊いてオレはひどく驚いた。
夜目でも分かりやすい体型だし、チラリとはいえ顔もはっきり見えた。
だから間違いないと確信して、だけどオレに帰国を伝えてこない事情が分からなかった。
いや、分かりたくなかっただけかもしれない。
いつの間にか熱湯になっていたお湯は自動で適温になる筈なのに何故かいつまで経っても寒くて堪らない。
無意識に手が動いて頭から身体まで洗い流していく。頭から被ったシャワーを壁に掛け、手で拭うこともせずに栓を止めると俯いたまま風呂場を出た。
ポタポタと床を濡らしたままバスタオルに手を伸ばして動きを止める。
何も受信していない携帯電話を横に置くと、バスタオルを掴んで頭の上に乗せた。
ポツンと一粒の涙が床に落ちて、小さく声を漏らした。

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