リボツナ | ナノ



7.




翌日は早番勤務だった。
本屋の開店は10時からだが、掃除に整頓、品出しに事務処理などなど仕事は店頭業務以外にも結構ある。
午前9時を少し過ぎた街は、クリスマスシーズンということもあり普段より賑やかだった。
適当に朝ごはんを流し食べてはきたものの、微妙に小腹が空いてきそうだとコンビニに立ち寄っていた。


一晩経って考えてみるに、あれは当然だったのかもしれないと思えるようになってきた。
そもそもオレが迎えに行くなんて一言も伝えていなかったのだから、たくさんいるだろう彼女たちの中には迎えに来ることになっていた子が居たのだろう。
これからはバッティングに気をつけようと思うオレは意外と図太いらしい。
大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせて、コンビニのパンコーナーに吸い寄せられた。
どれにしようかと物色していると、後ろから人の気配が近付いてくる。少し身体を横によけたオレの、首筋に冷たい何かがピタリと張り付けられて悲鳴を上げる。

「ひぃぃい!」

何だ、どうしたと人の視線を集めたオレの斜め上からクツクツとくぐもった笑い声が聞こえてきた。
大声を上げた恥ずかしさに身を縮めながら振り向くと、リボーンが手にした缶コーヒーをこちらに向けたまま笑っていた。

「リボーン?!」

「チャオ」

イタリア人然としたリボーンの雰囲気にはよく似合う。というか、リボーンはイタリア人だったか。
同じ台詞で返すことができない純然たる日本人のオレは、おはようと小さく呟いた。
やっと注視されていた視線がオレから引いてホッと息を吐き出していると、リボーンは隣に立ったまま顔を近付けて訊ねてきた。

「こんな朝から何やってんだ?」

家とは逆方向だと指摘されて肩を竦める。

「仕事場がこの近くの書店なんだ」

そう言えば書店の店員だとは話したことはあっても、勤務先まで教えていなかったんだと思い出す。
それに頷いたリボーンが、面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「……昨日は何してたんだ?」

訊ねられるとは思わなかったから言葉に詰まった。
昨日はあの後メールもなくて、おかえりさえ言えてない。今更だとは思えどおかえりぐらい言ってもいいものか。逡巡するオレが口籠っていると、リボーンはそんなオレに尚も詰め寄ってくる。

「帰りの便を訊ねてきやがるから、てっきり迎えに来るかと思ってたんだがな」

そんな風に期待されていたとは思わなかった。
だとしたら、昨日の美人はどういうことなのだろうか。ひょっとしたらリボーンも知らなかったということなのか。
先ほどまでの暗く淀んでいた気持ちも忘れて、リボーンの顔を見詰め返した。

「オ、オレに逢いたか、った……?」

言ってから馬鹿なことを訊いてしまったことに気付いてリボーンの横から逃げ出すようにレジに並ぶ。
後ろから追ってくる気配がしたが、それも無視してレジにパンを差し出した。
パンのバーコードを読み取っていた店員の手元に、缶コーヒーが並ぶ。

「一緒に」

とリボーンの声が聞こえて、後ろを振り向いている間に支払いが済んでいた。
財布を手にしたままパンを押し付けられて、流れるようにコンビニの出入り口に押し出される。
後ろに居た筈のリボーンがこちらに背を向けて歩き出した。

「ごめん、パン代!」

それぐらい気にするなと手を振っていたリボーンが、ふいに足を止めて肩越しにチラリとこちらに視線を投げ掛けた。
呼び止めていいものかと躊躇っていれば、リボーンがニヤリと口端を上げて笑う。

「会いたかった……ってより、顔を見たかったんだぞ」

「そっ」

どう返事をしていいのか分からない。
分からないのに顔が熱くなる。
自分で聞いておいてこれでは情けないが、嫌な気分じゃない。
こういうところが上手いというか、手玉に取られているようで悔しくもある。
このまま引き下がるのも癪で、どうにか一矢報いることが出来ないものかと口を開いた。

「オレもだよ!」

言ってしまってから恥ずかしさに気付く。
ダメだ、オレにはリボーンのようなタラシスキルの持ち合わせなどない。
やめればよかったと顔を背けて逃げ出そうとすると、背後からまたリボーンの声が届いた。

「そうか、ならいいな」

何がいいのかと聞き耳を立てていれば、とんでもない言葉が聞こえてくる。

「今晩、メールで書いたアレを持ってくからな」

「アレっ、て」

まさかと思いながらついつい訊いてしまうと、リボーンは事もなげに口を開いた。

「あぁ?もう忘れちまったのか?ローターだって言っただろうが。そういや、アレを見てイタリアにもマッサージ機があるのかとか恍けたこと言ってたな」

「なななな……ッ!」

日本語が崩壊した。ついでに顔面も火を噴きそうなほどカッカッしてくる。
人通りの少ない路面のコンビニだからよかったものの、これで誰か通ればアウトだ。というかこれって公然猥褻ではないのか。
何を言えばいいのかすら分からないオレに、リボーンは缶コーヒーを掲げて立ち去る。

「身体洗って、下着も替えて待ってろよ」

「まっ、待ってっててて……!?」

経験らしい経験なんてリボーンとのあの一夜かぎりなのだから、それを匂わせる言葉にパニックを起こす。思い出しかけたあれやこれやを手で振り払っていると、リボーンはあっさりと踵を返して歩き出した。
消えていく背中を見送ったオレは、横を通る自分以外の人影に気付いてハッと我に返る。

「じかんが!」

就業時間5分前となっていた時計に目を落とすとパンを片手に走り出した。








どうにか間に合った勤務を無事終えると家路へと急いでいる。
あれから昼休みまでいつものように携帯電話には触れなかったが、昼飯時に確認するとリボーンからのメールが入っていた。
リボーンのマメさに感心すらする。
今朝が今朝だからとドキドキしながらメールに目を通せば、案の定朝の一件をからかう一言が添えられていたが問題はそこじゃない。
まさか本当に今日家に来るとは思わなかったのだ。
早番を定時きっかりに終わり、その足で一番早く自宅へ着くバスへと飛び乗る。
リボーンがイタリアへ渡っていた隙に、またも無精をしたせいで家の中が元に戻りかけている。それを見られる訳にはいかない。
ゴミは出しているから大丈夫だとして、問題は放りっぱなしの服と片付けていない食器たちだと分かっている。
あの流しを綺麗にするだけで多分一時間はかかるだろう。服は最悪、クローゼットに放り込むとしても掃除機はかけなければ。
気ばかり焦るオレをようやく降ろしたバスから駆け出すと、自宅のアパートまで脇目もふらず突き進む。
1階の角にある部屋まで辿り着くと、何故か自宅のドアの向こうから物音が聞こえてきた。
まさか強盗ではと思いつつ、それでも緊張を漲らせながら玄関のドアに手をかけた。鍵が開いている。朝、きちんと施錠していったから強盗で間違いないようだ。
ゴクリと唾を飲み込んで、それから音を立てないようにゆっくりとドアノブを回すと少しずつ開いていった。
隙間から覗き込もうと顔を横にすると、突如ドアがこちらに向かってきて胸と肩にぶつかる。
突然のことに逃げられなかったオレは、したたかにドアを打ち付けられて息を止めて視線が逸れた。その一瞬の隙に胸倉を掴まれると中へと引き摺りこまれた。

「オイ、てめぇはなにを遊んでやがる」

リボーンだった。
今朝会った時と同じスーツにコートを羽織った姿のリボーンの、機嫌の悪そうな顔に驚いて目を瞠る。
閉じられた玄関ドアに背中を押し付けられて、上から覗き込まれる格好で張り付けられているから身動きが取れない。
どうしてリボーンが家の中に居るのか。鍵は渡していないし、そもそもリボーンが来るのはあと1時間後だった筈だ。
どこから訊ねようかと迷うオレに、リボーンはすっとしている柳眉を跳ねて顔を近付けてきた。

「この部屋の主は煩く言わねぇと片付けすらできねぇらしいな」

リボーンの視線がチラリと部屋の惨状をなめる。それに赤くなっていたオレは、次の一言で青くなった。

「しょうがねぇ、ツナみたいなタイプは体罰が一番効くんだろうな」

「ちょっ!何だよ、体罰って……」

イヤイヤと首を振っていたオレの顎を掴んだリボーンの手は、晒している喉元をなぞってTシャツの襟に滑り込んでくる。
妙に性的な触れ方をする手に気がそぞろになって視線が宙を彷徨えば、その隙にもう片方の手がジャケットを割ってズボンに覆われている尻の間を撫でた。

「へ、変なとこ触るなっ!」

「変なとこだと?ここを慣らしておかねぇと医者に通う羽目になるんだぞ」

布地の上から強く指を押し付けられ、目の前の首にしがみ付いた。

「ヤダヤダ、やめろって!」

着込んでいるせいで見えない下肢を覗き込んでいると、リボーンに横から唇を塞がれる。
無防備に開いていた歯列を舌で割り広げられ、抵抗も出来ないまま口腔を好き勝手にされた。
湿った息が口端から漏れる頃には、身体の力も抜けて立っているだけで精一杯になる。ガクガクと膝が震えて崩れ落ちそうになったオレを、リボーンの腕が抱え上げた。

「……どうやって入ったんだよ?」

メールでわざわざ時間を知らせたということは、その時間より前に着くというフリだったのだろう。
今更気付いても遅いので、それはもういいことにする。
そこではなく、やはりこれは聞いておくべきだろうと訊ねると、リボーンはオレを抱えたままぐらつきもせずにベッドのある部屋へと足を向けた。

「何言ってやがる。オレは何でもできる男だぞ」

「何でも出来すぎだって!」

リボーンの何でもは、本当に何でもだったらどうしよう。
頼もしいより恐ろしくなって、抱えられたまま大人しくなると、リボーンは薄く開いていたドアを軽く蹴ってから中を覗き込んで言った。

「安心しろ。ツナの躾もばっちりしてやるからな」

ニヤリと笑う顔に言葉を失っていれば、リボーンは重ねてオレに告げた。

「まずはこんな風に部屋を汚したらどうなるのか、からだぞ」

靴を履いたままだったことさえ気付かないまま、ベッドに降ろされたオレが腕を抱えて壁まで追い詰められる。
廊下から漏れる明かりだけが部屋を照らし、それに背を向けてこちらを覗き込んでいるリボーンを見上げた。

夜はまだはじまったばかりだった。


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