6.頭上を飛んでいく旅客機の轟音に思わず顔を上げる。あと少しだけ時間があると屋上に出て外を眺めていると、思っていたより多くの旅客機が行き来していることに気付かされた。 これではどこに着陸してくるのか見えそうにない。 仕方ないのでメールにあった便の確認をしに行くかと歩き出した。 結局、あれだけ悩んではみたものの、メールの返信をする際に帰ってくる便を訊ねてみると意外やあっさりとリボーンは教えてくれた。 迎えに来いとは書かれていなかったが、逆に迎えに来られて困るなら教えはしないだろう。 つまりは自分次第だ。 しかしその日は出勤日で、ただでさえ忙しい時期だから休みを2日も減らされたぐらいだというのに突然休みを取りたいなんて言い出せる訳もない。 だからムリだよなと諦めかけていたオレに突然のチャンスが巡ってきた。 チャンスというよりアクシデントだったかもしれないが……。 昨日も遅番で出勤は昼間からだったから、早番の店長が事務所に引っ込むところでばったりと出くわした。 「おはようございます」 「ああ、おはよう。って、沢田くん!」 「……はい?」 慌てた様子の店長の呼び掛けに、従業員としては振り返らない訳にもいかない。 また休みが減らされるのかなぁという不吉な予感に負けないと気合いを入れて視線を合わせた。 「24日なんだけど、朝から出勤してくれないかな?」 「朝からって……オレ、遅番で入ってますよ」 しかも25日は人が居ないということで、それこそ開店から閉店まで出勤することになっている。 つまりは丸2日、朝から深夜まで働けということなのか。 労働基準法ってなんだったかなと頭を過るも、この時期はバイト店員の出勤調整が大変なことも知っているから嫌とも言えない。たぶん、店長も丸2日働き倒すのだろう。 この不況でもオレを正社員として採用してくれたのは、こういった不測の事態に対応するためだろうということも知っている。 顔の前で手を合わせる店長に、分かりましたと返事をすればあからさまにホッとした表情で笑顔を見せて店長は言った。 「いやーほんと、悪いね!その2日以外だったらいつでも1日代わりに休んでいいから」 でも12月中にね、と念を押されて苦笑いが漏れる。1月は1月で新刊やらイベントが多い時期だからだ。 あと2週間もない12月のスケジュールを頭の中で開いて、あ…と声を上げた。 店長自らがいつでもと言ってくれたのだし、今もまた無理矢理ねじ込まれたのだからこれぐらいいいかなという気もする。 どうしようかと迷っていると、店長はそんなオレに気付いて促してくれた。 「どう?何日がいい?」 「えーと、その……突然なんですけど、明日、とかでもいいですか?」 恐る恐る訊ねたオレに、店長は手に持っていた手帳を開くとスケジュールを確認する。 「いいよ、大丈夫!明日は丁度アルバイトが3人出勤してくれるから」 「ほ、本当ですか?」 うん、うん。平気だよと頷く店長にすみませんと頭を下げると、店長は含み笑いを浮かべながらオレの腕に肘をぶつけてきた。 「何、彼女?」 「ちが、」 堪えようとしたのに、堪え切れずに顔が赤くなる。手を振って誤魔化そうとしたオレに店長は見なかったフリをしながら事務所の奥へと歩き出す。 オレも嫁さんに何か買ってくかなという独り言をつぶやきながら、よろしくねーと声を掛けられて店長は消えていった。 つまりオレは、今こうしてリボーンを迎えに空港まで来ているのだ。 迎えに行くなんて一言も送ってはいない。 顔を見たいとか、逢いたいなんて書いたこともない。うざいと思われたり、気持ち悪がられたりするのは怖いからだ。 自分でも卑屈だと分かっていても、ぶつかっていく勇気もない。 付き合うことにならなければ、こんな気持ちになることもなかっただろう。 振られていればよかったような気もするが、付き合っているからこんな気持ちになるのだから受け入れるしかない。 中途半端な自分の立ち位置を確認しつつ、それでももう少しでリボーンに逢えると思えばドキドキと胸が高鳴ってきた。 なんと声を掛けようか。 驚くだろうか。 少しは喜んで貰えるだろうかと、期待と不安が入り混じる。 荷物持ちぐらいしか出来ないが、楽だと思って貰えればいいやと頷いてリボーンが降りてくる便のゲート前まで近付いていく。 自分と同じように人待ち顔でゲートの前をウロつく数人を尻目に、少し離れた柱の陰に身を隠した。 驚かせてやろうと思ったからだ。 メールではいつも防戦一方だったから、少し悪戯してやろうという気になっていた。 この柱の前を通らなければロビーに出られないのだから、必ず通る。迎えに来るとは言っていなかったオレが、この柱から飛び出てきたら……と想像するだけでニヤニヤする。 どんな顔を見せてくれるのだろうかと楽しみすぎて、気持ち悪いぐらいにニヤついているオレの目の前を髪の長いスラリとした女性が通り過ぎる。 チラリと横目で見ただけで美人だと思えるのだから相当だろう。ああいうタイプならリボーンと並んでも遜色ない。 どうしてか、嫌な気分になる。 頭を振ってまさかと鼻で笑ってみても、それは一向に去ってはいかなくて。 旅客機にどれだけの人が搭乗しているんだと自分に突っ込みを入れていれば、ほどなく着陸のアナウンスが流れてきた。 ソワソワとドキドキが胸の中で踊っている。 柱に背中を預ける形で立っていれば、ざわざわという人の声と足音が聞こえて乗客が降りてきたことが知れた。 俯いていた顔を上げ、慌てて柱の陰からリボーンを探す。 居た。 一人だけ等身が違うから待っている人たちの視線を一身に集めている。 そんなことなど日常茶飯事なのか、気にした様子もなく人の列に沿って歩く姿を見て頬を緩めた。 やっぱり驚かすことはやめようと、足を一歩前に出そうとした時にふいに大きな声が掛る。 「リボーン!!」 一瞬、自分が叫んでしまったのかと錯覚したほどのタイミングだった。 見れば先ほどのロングヘアの女性が髪を揺らしながら手を振り上げている。それに応えるようにリボーンの顔が上がった。 自分以外の誰もが帰ってきた人に声を掛け合い、笑顔を見せている中に居場所がないオレは背を向け駆け出した。 最後に視界に入ってきた風景を消してしまいたい。 映画のワンシーンのような美男美女のキスシーンなんて、なんで見せ付けられなきゃならないのか。 自分勝手に迎えにきただけなのに、リボーンのせいだと恨みごとを呟きながら空港を後にする。 逃げ出すように空港の駐車場から借りた車を走らせると、何故か視界が滲んできた。 手で擦ると袖口が濡れてしみが広がる。 鼻で息をしながら、ラジオの音を最大にして慣れない道を走っていく。 これが自分には似合いの役どころなのだろう。 そう思うと涙が止まらなかった。 . |