リボツナ | ナノ



5.




明日帰国するというリボーンからのメールは、今朝の未明に届いていたらしい。そのメールを休憩時間に開いて確認していた。
イタリアとの時差を考えるに明後日には帰って来ているかなと計算して、それから迎えに行った方がいいのだろうかまで思い浮かんだ自分に驚く。
中学時代からの親友でもある山本や獄寺くんの帰国の時でさえ迎えに行こうなんて思わなかったのに、どうやら相当浮かれているらしい。
毎日の電話やくだらないメールを送ってくるリボーンに勘違いしたのかもしれない。相手はあのリボーンだ。オレなんて大勢の内の一人なのだからと自分を戒めるために手で頬を叩いた。
すると突然後ろから声が掛る。

「何してるんですか?」

先月からバイトで入ってきた女子高生だ。
どうやら見た目がアレなせいで同年齢と勘違いされているようで、こうして気軽に声を掛けてくる。情けないけど、自分は成人しているのだと言い出せないからいつも曖昧に頷くだけの返事をしていた。
今もうんとだけ頷いて、手元の腕時計を覗き込む。ちょうど休憩時間の交代だった。
急いで携帯電話をロッカーにしまうと店頭へ向かうために扉へ向かうとまた背中越しに声が掛る。

「……沢田さん、最近彼女出来たって噂ですよ」

「へ?」

興味津々といった様子で顔を覗き込んできたバイトの子に首を傾げた。
出来たのは彼女じゃない。彼氏というのも違う気がするし、あんなことをしたから友だちでもないがセフレというのも違う。と思う。本人がどういうつもりなのかはオレには分からないが。
なら何だろうと思わず難しい顔で眉を顰めていると、バイトの子があっけらけんと迫ってくる。

「なーんだ、違うんだ。じゃあクリスマスは一人なんですよね?私と一緒に過ごしません?」

「え、えーと?」

言われてみればもう12月で、クリスマスもすぐそこだと気付いた。
だからといってこのバイトの子と過ごすなんて想像も出来ない。自慢じゃないが家族以外とクリスマスなんて過ごしたこともない。
どう断れば失礼にならないかと考えるも、人付き合いなんてしてこなかったから上手い言い訳も思い浮かばなくて困った。
これだからリボーンにいいようにからかわれるんだと、またも彼を思い出した自分に頬が熱くなる。
それを見ていたバイトの子はふうんと声を出した。

「いるんですね、好きな人」

「いや……その、」

どこで悟られたのかと焦って顔を背ければ、追うように顔を覗き込まれて慌ててドアに手を掛けた。

「残念。沢田さんって見た目若いし、社会人だから奢って貰えるかと思ってたのに」

分かってたのか!という衝撃より、遊ばれてるんだなという疲労感の方が先立つ。もういい。自分はやはりそういうキャラなのだ。
ドアノブを回して事務所の外に出ると、薄暗い廊下を抜けて昼間でも蛍光灯で照らされている店内へと逃げ込んだ。
そこへダンボール箱を積んだ荷台が入店してきた。受け取りの印を押して荷物をレジ横へ移動させる。
配達員に頭を下げて送り出した後、店内の様子を覗きながら雑誌の棚の整理を始めた。あと1冊となっている週刊誌を見付け、補充をしつつその他の雑誌を整えていく。
何気なく視線を落とした先にあった女性雑誌の記事を見てギクリと伸ばした手が止まる。
【男の人ってカラダだけなの?】という特集らしき文字から目を反らせない。
時間が止まってしまったかのように動けなくなった視界の端から、ひょいと手が伸びてその雑誌を取り上げていった。女子高生が2人でそれを覗き込みながら開いている音に、やっと呪縛から逃れることが出来た。
お客さんの邪魔をしないようにと隣の棚へと移動したオレは、知らず唇を噛んだまま乱雑に本を積んでその場を後にした。
児童書が並ぶ本棚で整理を始めたオレは、先ほどの一文が気になって仕方ない。今は勤務中だと振り払おうとしてもダメだった。
自分たちは付き合うことになったとはいえ男同士だ。
最後まで出来ないし、やる方法もあるのだろうがそういう趣味でもない限りわざわざしないだろうということは分かる。送られてきたメールは多分オレが何も知らないから面白がって悪ふざけをしているだけだろう。
先ほどまで迎えに行こうかなんて浮かれていた気分も消えて、後味の悪い現実だけが腹の中に残った。
はぁとため息を吐くと、近くで絵本を読んでいた親子が驚いたようにこちらを振り返る。
それに何でもないですと愛想笑いをしてから、手元の本を手当たり次第に放り込んでいく。
リボーンが掃除を強要したお陰で綺麗になったうちより、なお綺麗に整頓されていく本棚を虚ろな視線で眺める。
自分でやっているのに誰かが整頓しているようでもある。もう職業病なのだろう無意識の行動だ。
付き合っているらしいのだがオレに自覚はないし、相手は引く手あまたのリボーンだから飽きたらポイと捨てられるだろうと覚悟はしていた。
だけどそれが身体の付き合いが出来ないからというだけで、すべての繋がりもなくなってしまうのかと思うと男である我が身を嘆きたくもなる。
目に付いた本を片付けたオレは、児童書のあるコーナーとは正反対の場所にある棚へと視線を向けた。
先ほどの女子高生とはまた別のタイプの年若い女の子たちが本を探しているコーナーがある。少女マンガみたいな絵柄で何故か男同士でくっ付いている表紙の本が並べられているそこは、男性社員が好んで立ち入らないゾーンでもある。
青年漫画コーナーと併設されているから通らない訳でもないが、入り難いというか入ってはいけない場所のような気配を感じて近付くことも躊躇われる。
しかし、あそこの本を読めば多少の知識が手に入るかもしれない。
どうしようかと迷っていると、またも女の子たちがその棚の前に立つから足も踏み出せなくなった。
近付いてはみたものの、やはり羞恥が湧いてきて結局棚の整理だけをしてすごすごとレジに戻ってきたオレは意気地なしだと思う。
ネット通販という手も考えたが、書店に勤めているのに社割がきかない本を定価で買うのも馬鹿馬鹿しい。
機械的にレジの前に立ちながら、取り置き分の雑誌や新書を後ろに纏めてまたため息が漏れた。

「沢田さん、風邪でもひいた?」

「違います。大丈夫です」

もう一人、自分以外のレジに立つアルバイトの女性に声を掛けられて慌てて否定する。そんなオレを見てホッとした顔を見せた彼女は重ねて言った。

「ならいいけど……明日お休みを貰うから気になってね」

突然ごめんね。と手を合わせるバイト店員に大丈夫ですからともう一度言うと、本を手にしたお客さんが現れて会話はそこで途切れた。







遅番を終えると11時を回る。もう少しで12時になりそうなのは、新年号の付録の差し込みや新刊の入荷が多かったからだ。
最近は付録付きの本が増えて、そういった手間も以前よりかかるらしい。店長のぼやきに付き合いつつ、どうにか明日の店頭に並べる分は作ってきた。
そんな雑務に強張った肩を回しながら、コートの中に手を突っ込んでソレに触れる。
まだリボーンへのメールの返信はしていない。
携帯電話の角を指でなぞりながら、ギリギリ間に合った最終のバスに滑り込んで席に着いた。乗客は自分と、先に乗っていた学生風の男だけだ。
ガランとした車内を見渡してから窓の外に視線を向ける。
帰って来るというメールを寄越したということは、少なくとも煩わしいとは思っていないということだろうか。だけどたくさん居るらしい交際中の人には誰にでも送っているのかもしれない。
オレが迎えに行っても喜んでくれないかもしれないし、とまで考えて自分が迎えに行きたいのだと気付いた。
だって1週間もリボーンの顔を見ていない。
たかが1週間、されど1週間だ。
付き合う前には2週間の出張もザラで、久しぶりの顔を見付けては今度はどこに行ってきたのかとワクワクしながら訊ねていたことを思い出す。リボーンの話は面白いから、それが何より楽しかった。
だけど今は逢いたくて仕方ない。
マメにメールなんてくれるから尚のこと飢餓感が増している。
今まで知らなかった一面が見え、それはオレが一歩踏み込んだからだということを分かっているからもっともっとと貪欲になる。
知りたいし、知って欲しいと思ったことも初めてだ。
逢いたいと口の中で呟いてみた。
手の中の携帯電話で今すぐ話しがしたいとも思った。
自分が女だったら、それも簡単だったのだろうか。
1週間前のあの日に告白してから、もっとずっとリボーンのことを好きになったような気がする。
ぎゅっとポケットの中で握り締めた携帯電話は、いつもと変わらぬ冷たさを伝えてきた。
どうしてリボーンはオレと付き合うことにしたのだろうか。ふと思い付いたそれに動きが止まる。
あんなことをしても平気な程度には興味を持たれていたのかもしれないが、それだけかもしれない。
付き合うと言ってはみたものの、男女のそれとは違うことに煩わしさを感じたら捨てられるんだろうなと思い付いてゾッとした。
深く関わらない方がいいと分かっていながら深みに嵌っていく自分を自覚する。
思いため息を吐き出すと、次の停留所のアナウンスが流れた。
いつの間にか自分だけとなっていたことに気付きながら、自宅近くの停留所へ停車してもらうために指を伸ばした。

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