リボツナ | ナノ



2.




「……リボーンて男と付き合ったことあるとか?」

興味で訊ねてはみたものの、あり得ないと即座に自分で自分に否定が入る。果たして、リボーンからの返答も同じだった。
驚愕というより戦慄の表情を浮かべたリボーンは動きを止める。それにごめんと謝ると慌てて言葉を作った。

「だってさ、やけにあっさり受け入れてくれたから!普通気持ち悪いだろ!」

言っていて落ち込んできたが、もし自分が男に告白されたら……と思えば妥当な心情だと思う。
息を一つ吐き出すことでようやく解凍されたリボーンは、口直しとでもいうようにカップを引き寄せて一気に飲みきった。

「嫌な想像させるんじゃねぇ。一瞬取引先の相手を思い浮かべたじゃねぇか」

「何それ?」

粘る汗を額に掻いているリボーンは、動揺したことを隠すかのようにクルリとした特徴的な揉み上げを弄び始めた。それを見てリボーンにラブコールを送ってくる男の相手が自分以外にもいるのだと知る。
それも当然で嫉妬することさえおこがましい。そもそも前述の通り連れ歩く相手が毎回変わるほど女には不自由していないのだ。
リボーンは世界を渡り歩いている商社の社員だから色々な取引相手がいて、そこからさらに顧客を増やすために人を紹介してもらうのだと聞いたことがある。
自分には逆立ちしたってなれないし、なる気すらないが、彼にとってはそういう仕事にやりがいを見出しているらしい。
ただ便利な物、欲しい物を売るのではなく、その会社が今後必要となる商品を自分で見付けて売った時の爽快感がいいのだと一度だけ零していた。
それを聞いてすごいなと思ったのは本当だ。
オレなんて書店の店員として一通りの新刊は目を通すようにと言われていても、もっぱらゲームや雑誌、マンガやラノベといった読みやすい流行しか追えていない。
自分にはない価値観、周りを見渡せる目、こうしてオレみたいな人見知りさえ心を開いてしまう話術といい何もかもが新鮮で興味が尽きない。
好きだと思ったから告白してみたが、それは付き合いたいとかじゃなかったのかと今更考える。
うーんと唸り声を上げていた顔を上げると、いまだ苦虫を噛み潰したような顔をしているリボーンに告げてみた。

「えっと、リボーンとしたいことよく考えたらないや。ごめん、いつも通りここでこうして話せればいいよ」

言ってみてからそれが自分の本心だと分かった。
行きたい場所なんて自分にはない。男2人でしてみたいこともないし、そもそもオレはインドア派だ。外で額に汗するような趣味も持ち合わせていない。
だとすると、リボーンとはこの距離を保つことが一番得策だということに気が付いた。
話題のスポットや人と触れ合うスポーツに興味も関心もないのだから、リボーンに連れて行かれても楽しくはないし逆に運動音痴や人見知りを知られて引かれかねない。
自分がボロを出さない場所なんてここと職場と家だけだから、自動的にここだけがリボーンと一緒に居られる場所となる。
後ろ向き過ぎて自分でもどうかと思うが仕方ない。
オレの台詞に浅く眉を立てたリボーンが何かを思い付いたように目に力をいれる。それを見て黒い瞳に星が見えた気がして、そんなことを思った自分に思わず赤面した。

「何、突然赤くなってんだ?……まあいい。行きたい場所がねぇならツナの家に行くぞ」

「…………はい?」

言われた意味が飲み込めずに首を傾げる。

「もう十分飲んだろ。出るぞ」

「あ、うん」

オレのレシートごと掴むと席を立ってカウンターに向かっていく背中が見える。周りを見れば席を探している顔を見付けて慌ててオレもリボーンに倣った。
手持無沙汰だった店員がきびきびとオレとリボーンの飲んだカップを片付けていく音が聞こえて、そういえば居座ることも出来ない時間帯かと思い出した。
そんな風にオレがもたもたしている隙にリボーンはオレの分の支払いも済ませるとさっさと扉の向こうへと消えてしまう。
長居してしまったことへの詫びと、ごちそうさまだけ小声でマスターに告げてリボーンの背中を追った。喫茶店から出ていった長身を探せば、ドアの真横で腕を組んだままこちらを見ている顔を見付ける。

「ご、ごめん!」

鈍くさいと呆れられてしまったんじゃないかと顔色を伺えば、リボーンは気にした様子もなくオレの横に並ぶと顔を覗き込んできた。
というか自分の代金すら支払われてしまって、それを返そうと財布をポケットから出すもリボーンの歩調は緩まない。

「で、どっちだ?」

「へ?あぁ、こっち……って、マジで来るの?!」

促されて思わず自宅のある方向へ歩き出してからハタと気付いた。
人見知りで少ない友だちも訪ねては来ないからと、整理や整頓とは無縁の生活を送っているだけに焦る。とても人なんて呼べる状態ではない惨状を見せられる訳ないと断ろうとするも、リボーンはオレの言葉に聞く耳を持たずに進んでいく。

「どのバスに乗るんだ?」

「手前の31番に、じゃなくて!」

「ちょうど来たぞ」

背中を押されてバスに押し込められたオレは、ダメだと断ることも出来ずにリボーンを連れて自宅への道を帰ることとなった。






くどいくらいに念を押してから、しぶしぶとリボーンを自宅の1LDKの中へと招き入れた。
大学を卒業すると同時に実家から追い出されるように一人暮らしをするようになったオレは、1年経った今でも慣れない生活にてんてこ舞いだ。
手取りに見合った住まいの奥へとリボーンを促せば、丁度玄関の横にある流しを見られて顔から火が出そうになる。

「見るなって!気にしなくていいから!」

明日は休日だからと山積みになっている洗い物を見られて、慌てて背中で隠しつつ先に進むよう背中を押すと、その先に先週捨てそこねた雑誌の山が行く手を塞いでいる。
それを急いで横に退けてリビングへとリボーンを押し込めると、今度は脱ぎっぱなしのパジャマや着替えが散乱していた。
自分で言うのもなんだが、片付けるという言葉はオレの辞書にはないらしい。
顔を伏せながら散らかっているそれらを抱えてベッドのある隣の部屋に放り投げると、どうにか座れる場所は確保できた。
よし、と頷きつつ後ろを振り返れば、リボーンが呆れ顔でこちらを見ていた。

「だ、だから言ったろ!汚いって!人呼べる状態じゃないって!!」

ではいつなら呼べるのかと訊かれても困るのだか。
羞恥で顔を赤くしたまま、やけくそ気味にコロコロローラーでラグの上をなぞる。すぐにゴミが張り付いてきたそれを何度も剥がしては捨ててを繰り返して、やっと目につくゴミはなくなった。
これでよしにして貰おうとリボーンに座るよう促すと、リボーンは着てきたコートを隅に放り投げ、何故か腕まくりをして辺りを見渡した。

「掃除機だせ」

「は?」

「2時間以内にこの家の掃除を終わらせろって言ってんだ」

「う、はいぃい!」

惚れた弱みではなく、気迫に押されて突然始まった大掃除に取りかかることになった。






今日は仕事のある日だった。
1日立ち仕事の書店勤務を終え、悩みに悩んだ末にどうにか告白を済ませたオレは、22時を回った時計を横目で見ながら最後のごみ袋の口を縛り上げた。
疲れた。
明日は休みだから、それだけはよかったと思う。ついでに燃えるゴミの日も明日だから日付が変わった頃に出しに行こうと決める。
オレのベッドの上には我がもの顔で寝転がっているリボーンが、タブレットとスマートフォンを手に何語なのか分からない言葉を話していた。
商談というヤツなのだろうか。それにしてもこんな時間までよくやるなと、やっと人心地ついてラグの上にしゃがみ込んだ。
辺りを見渡せば半年ぶりのラグに覆われていない床が見え、それだけ整頓をさせられたのだという実感が湧いてきた。
そう、させられたのだ。
リボーンが何を思ってオレと付き合おうと決めたのかは知らないが、付き合うならば頻繁に通うことになるだろうという一言で掃除をさせられた。
曰く、この汚ぇ部屋のどこに座れってんだ?と。
自分でも自覚はあったとはいえ、面と向かって言われるとは思ってもみなかった。さすがリボーンだ。さすが過ぎて反論のしようがなかったオレは、こうして掃除に勤しんだという訳だ。
内心うるさいヤツだなと無視を決め込もうともしたのだが、それを見越したリボーンはいつの間にか手にしていた缶コーヒーを山と積み上げていた本やらラグやらの上にぶちまけてくれたのだ。
そこまでされたら掃除をするしかない。
付き合いというほど長い付き合いじゃない筈なのに、しかも話なんてあの喫茶店で日常会話程度しかしていないというのにどうしてオレを動かすツボが分かるのだろうか。空恐ろしい。
まあ、そんな相手に告白したオレもオレだ。
早まったかなぁとチラリと弱気が頭をもたげていれば、話しを終えたリボーンがスマフォとタブレットを置いてこちらに顔を向けてきた。

「お、ちっとは見れるようになったじゃねぇか」

「うん、まあ」

本当は少しどころかかなり綺麗にしたつもりなのだが、意見の相違ということでムリヤリ相殺すると頷いてみせる。
そういえば掃除で手一杯だったからお茶の一杯も出してないなと腰を浮かしかけたオレに、リボーンは手でオレを制するとベッドの上から立ち上がった。

「いい加減腹も減ってきたから茶なんかいらねぇぞ」

そういえば夕飯も食べてはいない。思い出したようにぐぅと情けない音を出したオレの腹音を聞いたリボーンは、掛けられていた自分のコートを手にした。

「そこのデリで適当に見繕ってきてやる。その間に風呂でも入って埃を落としとけ」

「でも、」

ならば自分もとまた立ち上がろうとしたオレの額にリボーンの人差し指が打ち込まれた。

「人の好意は素直に受け取っておくもんだぞ。それに下心もなくこんなこと言うと思ってんのか」

言われて床にしゃがみ込みながら考える。

「…………オレ金なんてないよ?」

比べるまでもなく年収なんて雲泥の差だ。
片やしがない書店店員と世界を股にかける商社勤めというエリートとでは言わずもがなというものだろう。
それ以外に何か集めているものとか、これといったコネとかもないから何がリボーンの目的なのか分からなくて本気で首を傾げた。
そんなオレを見ていたリボーンは呆れたように肩を竦めると、コートに袖を通して玄関へと向かっていく。

「隅々まで洗っとくんだぞ」

「うん?」

確かに埃まみれの身体を綺麗にする必要はあるかと首を縦に振れば、リボーンは気障なウインクをこちらに寄越してドアの向こうへと消えて行った。

「変なヤツ……」

理解不能なリボーンの言動に首を捻ったまま、それでも言われた通りにバスルームへと重い腰を上げた。


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