リボツナ | ナノ



15.




オレの受け持つクラスは年長さんと言われる来年小学校に入学する子供たちを保育している。
リボーンはそのクラスに居て違和感がなかったがマーモンはどう見ても年少またはそれ以下の外見をしていた。どういう訳だかオレにはマーモンのまやかしは効かず、しかし他の子たちにはリボーンに見えているらしい。
本当に不思議な存在だった。

出て行ってしまったリボーンがどこに向かったのか訊ねても教えてはくれなかったが、代わりにオレの傍から離れることもしなかった。
オレの護衛兼見張りという訳らしい。

おやつの時間が終わり、お母さんやお父さんたちがお迎えにくるまでお昼寝の時間でそれに合わせて子供たちを寝かしつけていく。
マーモンはといえばオレの膝の上で寝てしまっていた。
リボーンは寝たフリをしていたが寝ることはなく、また日中でもあの姿ならば日常生活を送ることに差し障りがなかったのに、マーモンは動き回ることも億劫らしかった。

「暗い場所の方がいい?隅で寝る?」

「ん…気にしなくていいよ。日中だと日が眩しくて動きが遅くなるだけさ。」

鼻から口元しか出ていない肌色が見る見る悪くなっていく。
青白いというより、死人のような白さだ。
マーモンを抱えて教室の隅の日差しが差し込まない暗がりまで運ぶと、やっと息ができたというように深く息を吐き出した。

「やっぱり日の光は苦手なの?」

「当たり前だろ。ボクたちを何だと思っているんだい、ヴァンパイアだよ。これでも真祖だから姿を変えて出てこれるけど普通のヴァンパイアなら一発で灰だ。」

「普通の…?マーモンたちは普通じゃないんだ。普通のヴァンパイアと真祖の違いは何?」

オレの問いに一瞬躊躇ったマーモンは本当に小さな声で答えた。

「…真祖しかヴァンパイアにさせることは出来ないよ。」

「それじゃあマーモンたちに吸って貰えばヴァンパイアになれる…?」

そう訊ねるとサッと顔色を変えてオレの膝に顔を潜り込ませる。
聞かれたくないのかもしれないが、どうしても聞きたかった。
ヴァンパイアと一緒に居られる方法はこれしかないと勘が告げていた。

「マーモン…」

フードの上からそう声を掛けると小さい肩がビクリと揺れる。
酷い問いかけなのだろうか。
それでも知りたくて、詰られることを覚悟でフードに手を添えると身体を突き飛ばされた。

小さい身体から繰り出されたとは思えない力のせいで壁に背中を強かに打ち付けられ、それを見ていたマーモンがへの字の口元をぎゅっと噛み締めてた。

「自我を保っていられるのはボクたちだけだ。…最初は残っていた自我もいずれ吸血衝動に囚われて消えてなくなる。そんなモノになりたいの?」

なりたいのかという問いの裏にある、悲痛な叫びに気が付いた。
死ぬこともできない彼らだって誰かと共に在りたいという気持ちになることはあるのだろう。
けれど彼ら以外は永遠に生き続けるバケモノに成り果ててしまうのだとしたら、それを見続けるのはどんな気持ちだろうか。

ふと心に落ちてきた疑問を前に身の毛が弥立つ思いがした。
そんなバケモノに成り果てたヴァンパイアを『誰が始末したのか』。
人間は捕食される側だ。
だとしたら。

どう謝ればいいのか言葉を探していると、隣の年中さんの部屋から悲鳴が聞こえてきた。
女性保育士の絶叫と園児たちの騒ぎ声に泣き声、そして誰かを呼ぶ声に慌てて駆け出した。
オレの後ろに付いてくるマーモンの気配を感じながらも廊下に出たところで見覚えのある後ろ姿を見付けた。
先日のバスから逃げ出した人狼と同じ毛色のたてがみが目の前を通り過ぎていく。

「あ…!」

人狼の腕の中には京子ちゃんが抱えられていて、チラリとこちらを振り返った人狼はオレの横にいるマーモンを確認すると窓を蹴破って外に逃げ出した。

「待て!どうして京子ちゃんを…?!」

「お前を喰いたいがそいつが邪魔だからな。返して欲しくば隣町のはずれにある建設途中の高層ビルまで来い。」

恐怖に瞳が見開かれたままの京子ちゃんを抱え、人狼がそう吼える。
それを聞いたマーモンがフンと鼻で笑った。

「行かせる訳ないだろ。」

「来なければお前の代わりにこいつを喰らう。」

「知ったことじゃないね。」

マーモンが冷たく切り捨てた言葉も聞かず、人狼は驚異の跳躍力で保育園から逃げ出していく。
それを靴下のままで追いかけようとして園庭まで出たところで身体が金縛りにあったように動かなくなった。
目に見えない力で押さえつけられているような感覚は、それが第三者の介入を意味している。
廊下でフードの下からこちらを睨んでいるらしいマーモンを振り返ると、その隣にいた京子ちゃんのお兄ちゃんの了平くんが叫んでいた。

「どういうことなのだー!」

他のクラスの園児たちも保育士もただ呆然と京子ちゃんと人狼が消えていった方向を眺めているだけだった。








他の園児たちは事情を説明して早めにお迎えに来て貰い、京子ちゃんと了平くんのご両親には警察に届けを出すことで体裁だけは取り繕って園としての対応に追われた。
しかし警察に人狼の話をしたところで信じては貰えない。事実、あの人狼を見た筈の年中さんの女性保育士は毛深い大柄の男としか認識していなかったのだ。

現場検証をしている警察を横目で見つつ、マーモンを後ろに貼り付けたまま父親である園長と小声で話しをしていた。

「父さんもリボーンの存在を知っていたくらいなんだから事情は分かるよな?オレの代わりに京子ちゃんが攫われたんだ。オレが行かなきゃ…」

「お前が行ってどうなる。ここはリボーンたちに任せるんだ。そうだろう、そこの君。」

「まあね。」

「でも…!」

さも当然だと言わんばかりのマーモンに詰め寄るとふわりと浮いたマーモンが小さな手でデコピンをする。
先ほどから指定された場所に行こうと、マーモンの目を盗んでは出て行こうとしているのに、その度に見付かってはマーモンの術で身体の自由を奪われていた。
デコピンされたことにより、尻餅をついたオレは立ち上がることも出来ず唇を噛み締める。

何より心配なのは京子ちゃんの身の安全だ。
なのにリボーンたちはオレの安全しか確保する気がない。
人狼の根城というのが指定された場所だから平気だの一点張りでオレが行くことすら許してくれなかった。

「父さん、オレは人としてオレの身代わりになった京子ちゃんを放っておくことなんか出来ないんだ!」

「彼らに任せる。」

それだけ言うとオレから離れ、警察が取り囲む現場へと逃げ出すように向かっていってしまった。
取り残されたオレは尻餅をついた廊下の床に拳を叩き付ける。

「マーモン!」

「ムリでしょ。よく考えてごらん。イエミツはボクたちみたいなヴァンパイアに血を提供してまでお前を守りたいんだよ。リボーンなんかお前の安全しかみえてない。その契約のもとにボクはここに居る。」

冷たく言い放たれてもこれだけは譲れなかった。

「…それならオレと契約してよ。報酬はオレの血だ。マーモンが欲しいだけやる。」

「バカ言わないでよ。それじゃ本末転倒じゃない。」

「でも欲しいよね?」

フードの下で視線が揺れる。後退りしようとするマーモンの手を取ると、自分の指に思い切り噛み付いてかさぶたになっていた針の刺しあとを齧り取る。
すると血がぷっくりと指の上に膨らんでいく。

それを食い入るように見詰めているマーモンの目の前に差し出して目線を合わせた。
オレの血がヴァンパイアや人狼にとってとてつもなく美味しいというのならばこれは有効な手段だ。

「マーモンが守ってくれればいいだろ。京子ちゃんが無事でオレが生きていればその時はいくらでもあげるよ。だからオレと契約しよう。」

膨らんだ血を舌で舐め取ると見えない筈のマーモンの視線がそこに集中していることが分かる。
ゴクリという唾を飲み込む音が聞こえそうなほどの沈黙の後、夕闇が広がる園庭を眺めながら密やかに契約は交わされた。


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