リボツナ | ナノ



1.




来た。
今日もコンビニの前で囲まれるようにはべらせていた女の子たちと別れて、手前の横断歩道を渡り切るとこの喫茶店のドアを押し開けてやってきた。
黒髪に黒い瞳というパーツだけ見れば日本人のように見えるそれが、全体としてはどう見ても異国の風体になっている。肌の色、手足の長さ、腰の位置とどれをとっても違っているせいかもしれない。
だからモテるのかなぁと余所事に思考がいきかけて慌てて引き戻した。
そんなことは今のオレにはどうでもいい話であって、その彼がこちらに近付いてきている足音に耳を澄ませ身を硬くしている理由ではない。
今日こそは。そう、今日こそ彼に伝えて楽になってしまおうとぐっと唇を噛んだ。

「なんだ?今日はやけに早くから来てたみてぇだな」

「へ……?あっ」

挨拶もなくオレの手元を覗き込んできた相手の視線を辿っていくと、1時間前から待機していたことを現すかのようにずらりと並んださまざまなカップがテーブルの上をところ狭しと飾っている。
今日こそは!と気合いを入れたせいでいつもの時間より早く店に着いてしまったから、コーヒー一杯で粘ることも出来ずについ注文を重ねてしまっていた。
その形跡を見られてしまったことに気付いて頬に熱を持つ。

「ちが!ってか、いいだろ!別に!」

「……そうだな。マスター、いつもの一つ」

こちらの様子など気にしないで頷いたリボーンは、顔を横に向けると静かな店内の奥へとそう声を掛けた。
了解!という声を背中に聞いてホッとするよりチクリと胸が軋む。
そうして思い出すのは、つい2ヶ月ほど前の話だ。
仕事を終え、給料日後の休日という一種の浮ついた気分のまま普段は足を踏み入れたことなどないこの喫茶店に足を運んだ。
本屋の仕事は意外と重労働で、しかも入荷と品出しに追われる毎日を過ごしている。
大学を出て1年。仕事に慣れたというより、慣らされたオレの日々は『驚き』よりも『平穏』で出来ていた。それを不満に思ったことなど一度もないが、やはり刺激は欲しかったのだ。
たかが喫茶店ひとつで大袈裟なと言われるかもしれないが、家と職場の往復しかない日常に変化と少しだけ憧れていた一人でコーヒーを注文するという行為を敢行すべく店内を見渡した。
その日は丁度日曜日の夕方に差し掛かろうかという時間帯で、どこを見ても人だらけの空席のない状態だった。
こんな時間にこれほど混んでいるとは思わなかったオレは、どうしようかとしつこく辺りを見回す。けれど、いくら見ても空いている席などなくて、しょうがないとため息を吐きつつ後ろを向いた時に声が掛った。

「オイ、そこのもさっとしたお前」

まさか見ず知らずの男にそこまで言われるとは思わなかったオレは、誰のことだろうかと思いつつもトボトボと扉に足を向けていた。
そんなオレの背中からまた男の声が突き刺さる。

「何シカトしてやがる。てめぇのことだ、そこのいかにも母親が選んだ洋服を着てますっつーような、緑と黄色のチェックシャツを着てる茶髪」

「はい?」

そこでようやく自分かもと気付いたオレが斜め後ろを振り返ると、そこに居たのが誰あろうリボーンだったという訳だ。
最初はモデルなのかと思った。
余程長いのか机の下に収まりきれないといった足が通路にまではみ出ていて、しかも組んでいるそれは膝下まで長い。
人種差による理不尽を体現したような姿に知らず眉を寄せていれば、男はオレに視線をくれたまま立ち上がると手元のレシートを手にした。

「もう出てくからここに座ってもいいぞ」

「え?あ、どうも……」

どんな言いがかりをつけられるのかと身構えていたオレにそれだけ言うと、男はレシートに常連の証であるチケットを添えてマスターに手渡すとあっけなく扉の向こうに消えていった。
そうして初めての喫茶店デビューを果たしたオレは、その後も週2というペースで通うようになり今に至る。
思い返してみるに、最初のインパクトがでかかったのかもしれない。
翌週も同じ時間に顔を出せば、またも席を譲ってくれようとしたリボーンに話しかけて相席することになって。
そうして気の迷いというか、気が違ったという方がしっくりくる感情が生まれていった。
自分でも根暗というか人見知りだという自覚はある。
小中高の12年間を「ダメツナ」というあだ名で呼ばれ続けてきた自分は、決してデキのいい側の人間ではなくて、どうにか滑り込んだ大学でもその人見知りのせいだけではなく親しい友人も出来なかった。
かろうじて友人といえる2人は高校卒業と同時に各々の進路へと旅立っていって、だから成人してから初めてできた友人といっても過言ではない位置に彼はいる。
なのにだ。
そんなリボーンに、オレは今告白しようとしていた。
バイト店員がリボーンのカップを置いていくと少しだけ沈黙が降りる。どうやって話を切り出そうかとドキドキしながら俯いていると、リボーンがテーブルに肘をつきながらオレの手元を指さした。

「今日は何頼んだんだ?」

「あ、うん……マンデリンとカフェ・モカなんとかってやつ」

ブレンドからストーレート、果てはスイーツに分類されそうな甘い飲み物まであるこの喫茶店メニューはかなりバリエーションに富んでいる。
コーヒーを美味しいと思えなかった当初、オレはそれを制覇しようと考えて手当たり次第に注文していた。
相席するようになるとリボーンはエスプレッソしか注文したことながなかったとかで、オレが頼むものを興味深そうに眺めては感想を求めてくるのだ。
今日は3杯飲んでいて、1杯目はすでに片付けられているから聞かれるとしたらマンデリンの方だろうか。
甘い物がどうやら苦手らしいリボーンは、チョコレートやキャラメルの匂いのするそれらを見なかったことにしてブレンドやストレートの時だけ訊ねてきていた。
どう答えるべきかと考えて、それからいや違うと自分に突っ込みを入れた。
ここに1時間も前から座っていたのには訳がある。気付いたのはほんの1週間前だとしても、想いは本物で正直自分ひとりで抱えていられないぐらい膨らんでしまっている。
今まで好きになった人は女の子ばかりで、どうしてこんな自分より体格がよくて稼ぎもよくてしかも毎回連れている彼女が違うような不誠実な男を好きになってしまったのか理解に苦しむ。
だけど、いやだからこそ潔く告げて玉砕してしまおうと思っていた。
既に冷めきっていたマンデリンに口をつけ、それから匂いの飛んだ黒い液体を胃に流し込む。こうなってしまえばもうただの苦い飲み物で、美味しいとか不味いとかとは別次元だ。
それでも火照っていた顔と蒸発しそうだった頭が少し覚めた。
意を決して顔を上げると、リボーンは何をするでもなくぼんやりと外を眺めながらデミタスカップに口をつけていた。

「あの、さ」

そう呼び掛ければ切れ長の目がこちらを向く。
黒い瞳が先を促すようにオレを覗き込むから、思わず逸らしそうになって慌てて戻すと見詰め返した。

「好き、なんだ」

どうにか口にしてリボーンがどんな反応を返すのかと様子を伺う。
なのにリボーンは驚くでもなく平然とした表情でカップをテーブルに戻すとそうかとだけ返してきた。焦ったのはオレだ。

「いや、あの……意味、分かってる?」

マンデリンの感想じゃないんだけどと口籠ると、リボーンは分かってるぞとあっさり答えてまたカップを口元に運んだ。それを見ながら自分がこれからどうすればいいのかと自問を繰り返す。
告白はした。分かったと返されたのだからここはもうひとつ進んで自分をどう思っているのか聞くべきだろうか。
それともリボーンのこの無言は伝えられただけで満足だと思えという意思表示と捉えるべきなのか。
じわりと手に汗を滲ませながら考え込むと、目の前のリボーンは頬杖をついていた手を外して背中を背もたれに押し付ける。
距離を取られたのだろうかと内心落胆していれば、リボーンは組んでいた足を逆の足へと組み直してオレの手に自分の手を重ねてきた。

「それでツナはどうしたいんだ?」

「どう、って……?!」

情けなくも裏返った声に笑うでもなく、リボーンはオレの手を握ると指を絡めてくる。
自慢じゃないが彼女いない歴が人生と同じというモテないオレには、これがどういう意味なのかすら分からない。分かるのはオレよりリボーンの手が少し冷たいことぐらいだ。
引き抜いていいのか、同じように絡めればいいのかすら判断が出来ずに固まっていると、リボーンはオレの顔を見ながらニヤリと笑った。

「さすがに男は初めてだが、意外とツナなら違和感がねぇもんだな。いいぞ、どこでヤる?」

「やる?」

言葉の意味を計りかねて首を傾げると、リボーンが突然声を上げて笑いだした。
休日の夕暮れ時の静かなひとときをぶち壊す笑い声に周囲の人が何事かと興味深げに視線を寄越す。
それに慌てたオレはリボーンの手から自分の手を抜き取ると、こちらに向いている視線を遮るために下を向いて抗議の声を上げた。

「リボーン!」

そう名を呼ぶとようやく声を落として笑い声を抑える。含み笑いに落ち着いたリボーンを半眼で睨んでやれば、まだクツクツと喉の奥で燻っているらしいそれをおさめながら口を開いた。

「悪いな。まさかそこまで箱入りだとは思わなかったぞ」

「箱入り?」

その単語はよく初心な美少女などに付随していたりするあれだろうか。
自分とは縁のない言葉に裏の意味でもあるのかと思考を巡らせていると、リボーンはテーブルに肘をついくとこちらに身を乗り出してきた。

「女の場合だとデートだとか、家に遊びに来てくれだの言うな」

成る程、そっちか。
言われてやっと理解したオレは、けれども続く言葉を持ち合わせていなかった。
リボーンと何かをしたいと思った訳ではなくて、リボーンとこうして顔を合わせている時間を含めて好きだと思っただけだという事実に気付く。
そもそも玉砕すると確信していたのだから、先なんて想像している筈もない。
というより、どうしてリボーンはオレなんかと付き合う気になったのだろう。

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