リボツナ | ナノ



20.




突然の大声に驚いた綱吉はビクリと肩を震わせると男から一歩後ずさりました。
男の手で握られている白いリスは苦しいのか小さい鳴き声を漏らしています。
ユニが可哀想でどうしたらいいのかと綱吉が男を見上げていれば、後ろから伸びた手が男の手から白いリスを優しく取り上げて綱吉の肩にそっと乗せたのです。

「平気か?それにしても、てめぇんとこの部下は礼儀がなっちゃいねぇぞ」

まるでごめんなさいと言うようにユニは白くふわふわの尾を振って、助けてくれたリボーンに小さな鳴き声を上げました。

「なにを……」

リボーンの言葉の意味が分からない男は、けれども自分の非礼を自覚してか口籠りました。怯えた綱吉に気付いた男は頭を下げたのです。
それを黙って見ていたリボーンは、ようやく納得したのか頷くとラフスケッチに取りかかっていたビアンキに声を掛けました。

「少し部屋を借りるぞ」

「いいわよ。好きに使ってちょうだい」

いってらっしゃいとビアンキに手を振られ、リボーンと見知らぬ男とそれからユニを肩に乗せたまま綱吉はスタジオの奥のいつもは現像に使われている部屋へと連れてこられたのです。
今日は日の光が差し込んでいるそこに足を踏み入れると、リボーンはドアのカギを掛けてから男へと向き直ります。

「随分早かったな」

「ッ!決まってるだろう!?姫は!!姫はどこにいる?」

先ほどからの男の言葉を考えるに、姫とは綱吉の肩に乗っているユニに違いありません。しかしユニはリスの格好のままで、そのことをこの男は理解していないようでした。
それはそうでしょう。まさか人間がリスになっているとは誰も思わないからです。
綱吉だとて目の前でリボーンが黒い兎からこの人間の姿になるところを毎回見ているにも関わらず、本当に理解しているのかといえば少々怪しいのですから。
どうするつもりだろうかとリボーンを眺めていれば、リボーンは綱吉の肩から白いリスを手の平に乗せてそのまま男の眼前まで運んでいきます。
男は意味も分からずにただ口元へと近付いてくるリスを凝視していました。

「……おい、どうするつもりだ?」

一応は女の子ということでリボーンも配慮しているのでしょう。両手で落とさないように気を配っているようです。
それにつけても姫だのミューズだのという単語から女の子だと綱吉は判断していましたが、一体どんな女の子なのか今更興味が湧いてきました。
可愛い子だったらいいなと少しだけドキドキしていると、男と向き合っていた筈のリボーンの顔が突然こちらを振り向いて鋭い眼光で睨みつけてきたのです。

「な、なんだよ」

そうどもった綱吉にもう一度視線を向けてから、また前に向き直ったリボーンは白いリスを男の鼻先に突き付けてから念を押します。

「いいか、オレの言うことを絶対に疑うんじゃねぇぞ。意味なんて分からなくてもいいんだ。とにかくユニに逢いたいと念じろ。念じてこのリスとキスをするんだ」

「はぁ?」

それじゃ益々怪しまれるだろうという綱吉の内心の突っ込みをよそに、男は藁にも縋る思いなのかごくりと唾を飲み込んで目の前のリスに視線を落としたのです。
恥じらうようにリスは小さな手で顔を隠そうとしましたが、いかんせん小さ過ぎるせいでそれも叶いません。
男はユニの保護者なのか、それとも仕事上のパートナーなのでしょうか。かっちりしたスーツに金髪を後ろに流した姿をしています。
しかし余程急いで来たのか髪が横に飛び出ていて、スーツのジャケットもボタンは開いたままです。
恋人みたいだなとチラリと心の奥で思っていれば、白いリスが綱吉を振り返って小さい頭を振りました。
言葉はなかったものの、ユニの切ない気持ちは伝わってきます。
違うけれど、そうとは言いたくない。
そう言われたように綱吉は感じて、驚いてユニに視線を合わせました。
リボーンの手の中で小さく身震いをしたユニは、近付いてくる男の唇に硬く目を閉ざしました。
色んな意味で綱吉の心臓は踊りっぱなしで、しかし視線は目の前に釘付けされたままです。
綱吉とリボーンが見守る中男は目に力を込めると唇をリスの鼻に押し付けました。けれど何の変化も起こりません。
このキスに意味などあることを知らない男は、2度3度と繰り返すもユニは一向に変化の兆しもみせなかったのです。
予想外だったのでしょう。リボーンは首を傾げながら白いリスに顔を近付けていくではありませんか。
先ほどのもやもやより明確になった綱吉の気持ちが、リボーンからユニを遠ざけようと動き出します。
いつもの鈍くささが嘘のように素早くリボーンの手元から白いリスを奪い取ると、抱えるように腕に柔らかい毛ごと抱き寄せました。
ユニはといえば元に戻らなかった落胆からか、ピクリとも動かずにされるがまま綱吉の手の平に転がってきます。
それを優しく手の平で包むと、リボーンと男に背を向けて日当たりのいい窓辺へと逃げ出しました。

「……で?姫はどこにいるんだ?」

綱吉の言動を見た男は気にした様子もなくそうリボーンに訊ねます。どうやら大切なペットを取られまいとしているのだろうと判断したようです。
リボーンは綱吉の嫉妬に駆られた行いを問い質すことなく、けれど嬉しげに頬を緩めながら綱吉の赤くなっている横顔を眺めただけでした。

「ツナ、家に帰ってからいっぱいするぞ」

ナニをだとは聞き返すことはできません。
とりあえずは頭を横に振ることで拒否すると、何も聞いていないと示すために2人から完璧に背を向けてガラス窓に額を押し付けました。

『綱吉くん?顔、赤くなってますよ』

ユニにまでからかわれて立場のなくなった綱吉は、ユニを腕に乗せるとずるずるとしゃがみ込みます。
背後からは男とリボーンの話し声が聞こえてきますが、もう綱吉の耳には入ってはきませんでした。
はぁ…というため息を吐くと、腕にいるユニも同じく息を漏らしています。
てっきり戻ると思っていただけに肩透かしを食らったようです。
リボーンやスカル、コロネロは綱吉からのキスで短時間ながらも元に戻ったというのに、どういうことなのでしょうか。
そこまで考えてひょっとしたら以前考えたように『同性』がポイントなのではと綱吉は思い付きました。
顔を上げてリボーンを振り返ろうとした綱吉を、ユニは声を掛けて引き留めます。

『待ってください。残念ながら、それはもう試しているのです』

「そうなの?」

引き止められた綱吉に白いリスはええと頷きます。そのまま意気消沈の様相で項垂れたユニを見て綱吉の胸は痛みを覚えました。
あまりにユニが可哀想でどうにかしてあげたいと考えていれば、ユニは頭を上げると綱吉の顔に小さな手を伸ばしてきたのです。
腕を上げてユニのさせたいようにしていると、白いリスは綱吉のすべすべのほっぺに手をつくと鼻を擦りつけてきました。
途端にボン!という音と覚えのある白い煙が辺り一面に立ちこめたのです。
目を白黒させたまま、綱吉は濃い煙に覆われている一辺を見詰めます。
霧のような煙が部屋のあちこちに霧散していくと、先ほどまでおぼろげに見えていたシルエットがはっきりと線を結びました。
白いマントに白い帽子、おまけに白いブーツを履いた黒い髪の女の子です。

「姫!」

と呼ばれた女の子はようやくそこで正気を取り戻したのか男の声がした後ろへと顔を向け、それからキョロキョロと辺りを見渡しました。

「あら……?視界が随分と高くなりましたけど、」

茫然といった調子の呟きに、綱吉は声も出せずに見詰めるだけです。
男は女の子の傍に近寄ると確かめるように顔を覗き込みます。

「姫!今までどこに行ってたんだ!ずっと探してたんだ!!探して……!」

感極まったのか、それ以上は言葉にならないようでした。
ということは、この少女がユニということなのでしょう。
ようやく戻ったことに気が付いたユニは、躊躇いながらも手を伸ばすと男のジャケットを握りしめて肩に顔を寄せていきました。
小刻みに震え始めたユニの背中を微笑ましい気持ちで眺めていた綱吉は、突然回された腕に首をホールドされて息も心臓も止まりそうになりました。
見れば自分とさほど変わりない細い腕はリボーンのものです。
何をするんだと後ろを振り向くと、黒い暗雲を背負った顔が眉を顰めていました。

「え?あれ……?」

それはどう見ても怒っているように見える表情です。
リボーンは何に怒っているのか分からない綱吉は、曖昧な笑みを浮かべてリボーンの機嫌を損ねないようにと気を使って口を閉ざしました。
口は災いの元といいますが、今回に限っては災いはあちらからやってきたようです。
どうしようと焦る綱吉を押さえ付けたまま、リボーンは顔中にキスの雨を降らせたのでした。


2012.11.22



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