リボツナ | ナノ



19.




その翌日。
綱吉はリボーンと一緒にビアンキの待つスタジオへと足を運びました。
今日はコロネロやスカルはついてきていません。撮影というより次のシーズンへの着想を得るためのラフデザインを考えたいのだとビアンキは言っていました。
着想という単語の意味は分かりませんが、自分も呼ばれたということに喜んでいいやら警戒した方がいいやら綱吉としては複雑です。
しかし今日は獄寺もリボーンに誘われていたのだからと気持ちを切り替えて、少しだけ慣れたスタジオの奥へと入っていきました。

「こんにちは……」

イタリア出身だというビアンキとその仲間たちはやはり挨拶もイタリア語です。勿論綱吉はイタリア語なんて分かりません。
ちんぷんかんぷんな言語が飛び交うスタッフに恐る恐るそう声を掛ければ、馴染みとなった彼らは綱吉が怯えないようにコンニチハとつたない日本語で返してくれるのです。
日本語を話すスタッフなどいないスタジオでの日本語の挨拶に、綱吉はぎこちない笑みを浮かべて頭を下げていました。
それを横で見ていたリボーンは口元だけの緩い笑みを浮かべています。そんなリボーンと綱吉に声が掛かります。

『驚きです……リボーンにもそんな顔が出来るのですね』

「沢田さんッッ!!」

あまりといえばあまりに酷いユニの声を遮るように、自己主張の激しい獄寺の声がスタジオに響きました。
驚いて振り返る綱吉に駆け寄る獄寺は、しかし手前で仁王立ちしているリボーンを見ると急ブレーキをかけて立ち止まります。
睨み合う2人に綱吉はどうしようかとオロオロするばかりで役に立っていませんでした。
そこにビアンキが突然割り込むと、何故か獄寺を抱きかかえて頬ずりさはじめたのです。

「ギャアァア!!!止めろ、放せよ!」

「ビ、ビアンキさん……?」

本気で嫌がっているように見える獄寺の様子とビアンキの心底嬉しそうな笑顔との対比に綱吉が困惑していると、白いリスはリボーンの睨みにも屈することなくスルリと綱吉の肩の上によじ登ってきました。

『ビアンキさんは彼のお姉さまです。ですがその……ビアンキさんの愛情が偏り過ぎていて彼の心とお腹には食傷気味というか、なんといえば』

ユニは言葉を選びながら説明をしてくれます。そんな中、ビアンキと獄寺が姉弟であるということを知って目を瞠った綱吉の前で、獄寺が蒼白な顔で気を失っていったのです。
ガクリと事切れた獄寺を抱えたままのビアンキは、心底不思議そうに首を傾げています。
それを見ていたスタッフはといえば、またかと言いたげに目を逸らすと散り散りに自分の仕事へと戻っていったのでした。

「本当にしょうのない子ね……」

言葉とは裏腹に嬉しそうな顔のビアンキは獄寺を軽々と抱えてソファまで運んでいます。随分と年の離れた姉弟のようです。
兄弟の居ない綱吉には姉という存在は憧れの象徴でもあり、獄寺が羨ましくて仕方ありません。
仕事を放って獄寺に膝枕をしているビアンキはとても嬉しそうな顔をしています。
それにしてもどうして獄寺はビアンキの顔を見ただけで顔色を悪くしていたのだろうかと不思議に思っていれば、ユニが続きを説明してくれました。

『ビアンキさんと隼人さんはお母さまが違う姉弟なのです。こちらへはビアンキさんのお仕事の都合で来日されたと聞いています。ですがビアンキさんは本当に彼を可愛がっていて……忙しい日でも毎日手料理を振舞われているのですが、その』

ならばなおのこと獄寺がビアンキから逃げ出す意味が分かりません。
あまつさえ気を失うほどなど尋常ではないのですから、綱吉はユニの濁した言葉の続きが気になってきました。
肩の上でこちらを見ているユニの紺色の瞳に問いかけると、その向こうからビアンキの声が掛かりました。

「何ぼんやりしてるの。いいからこっちにきなさい。ツナが来るって聞いてたからクッキーを作ってきたのよ」

呼ばれて喜んだのは綱吉だけ。見れば寝ている筈の獄寺は脂汗を掻いて唸り声を上げ、リボーンとユニはといえば首を振って断固拒否の姿勢を見せているのです。
どういうことだろうとソファの前にあるテーブルに近付いていくと、何故かそこから禍々しい雰囲気が漂っていることに綱吉は気付きました。
興味本位で覗き込んだ先には、クッキーというより異物に見えます。とても食べ物には見えません。
そこでやっとユニとリボーンが全身全霊で拒否している意味を知り、綱吉は心の底から獄寺に同情したのです。
臭いからして魔界の食べ物なのではといったそれを受け取るだけ受け取ると、ティッシュに包んで上着のポケットへと押し込めました。
それに気付かないビアンキは、目を覚まさない弟を膝に乗せたままソファの後ろに立ったままのリボーンに視線を向けました。

「リボーン、本当にあの男来るかしら?」

「ああ、絶対来るぞ。何せユニの情報が得られるんだからな」

とリボーンがユニの名前を出せば、ビアンキは背後にある背凭れに身を乗り出して話を聞いています。
ビアンキの膝の上では背凭れと膝に挟まれた獄寺が苦しげに唸り声を上げていて綱吉は少しだけ気になりましたが、ビアンキがユニを知っていることに驚いてそれどころではなくなりました。

「そう……ユニが失踪して半年。世界中のデザイナーがミューズを失って、どれだけ嘆いていることか」

さっぱり意味が分からない綱吉は、自分の肩の上に座ったままの白いリスに視線を向けます。綱吉の知っているユニはこのユニしかいないからです。
白い被毛は寒い冬を乗り切るために、硬く太い毛の間に柔らかい毛がみっしりと密集していて手触りは抜群です。
黒にも見える紺の瞳は何も語らずに、ただ綱吉を見つめ返しています。
リボーンの黒い兎姿も可愛らしいですが、ユニのリス姿も可愛くて綱吉は甲乙つけ難いと一人頷きました。飼い主馬鹿、いえ亭主馬鹿なのかもしれません。
目の前のリスと頭の中ですぐに浮かぶ黒兎を思い出しては幸せそうに笑う綱吉に、ユニが困ったように首を傾げました。
それを見ていたリボーンが肩を竦めながら照れたように眉を寄せていれば、ビアンキがリボーンの手を取ると両手で握り締めます。

「素敵……!あぁ!画が、イメージが浮かぶわ……!」

膝の上の獄寺を完全に忘れたビアンキが、リボーンを引き寄せて興奮気味に顔を近付けていきます。
向こうの人にとっては挨拶だとしても、綱吉にとっては特別なことなのです。
ビアンキの突発的な行動を気にした様子もないリボーンに綱吉は唇を噛んで泣きそうな顔になります。
それに気付いたリボーンがビアンキを押し留めようと手を翳すより先に、綱吉がぐっとビアンキの腕を掴んで引き剥がしました。

「ダッ、ダメ!」

自分でもよく分からない感情に突き動かされるまま叫んだ綱吉は、自分の発した言葉に顔を赤らめるとすぐに手を離しました。
酷く恥ずかしそうに目を伏せてしまった綱吉を、ビアンキは追うとむぎゅうと力いっぱい抱きしめたのです。
ゴトリと音がして獄寺が床に放りだされたことを綱吉に知らせます。
慌てている綱吉を余所に、ビアンキはグリグリと綱吉の髪に頬を押し付けると声を上げました。

「あの……!」

「リボーンを取られると思ったのね?フフフ、可愛い……!それにしても、ユニと全然似てないのにどうしてツナとユニはイメージが被るのかしらね」

不思議だわと呟くビアンキに抱えられたまま綱吉は手をバタつかせて逃げ出そうともがきます。
肩の上にいたユニは危険を察知したのか、綱吉から離れるとテーブルの上にちょこんと立っているのでした。
そこに聞き覚えのない男の声が割り込んできました。

「てめぇら、失礼なことをほざいてるんじゃない!姫は姫以外の何者でもないんだ!姫の代わりなんざいないぜ!」

熱く語る男の声を聞いたビアンキは辟易のため息を吐くと、ようやく綱吉を離して後ろを振り返りました。
綱吉もそれにならうとビアンキの肩越しに男の顔を確認します。
視界の端に移った白いリスは、ふさふさの尻尾を一度大きく振ると飛び出すようにテーブルから男の元へと駆けていきました。

「ユニ……?!」

驚いた綱吉がそう名を呼んでも、リスは白い毛をふさりと揺らしながら男のスラックスを這い上がっていったのです。
それを聞いた男は額に青筋を立てると、ユニである白いリスをむんずと掴んで綱吉に突き付けてきました。

「そこのガキ、何でリスなんかに姫の名前を付けてんだ!」

この男はユニとどういった関係なのでしょうか。



2012.11.20







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