1.まったくもってオレの誕生日は毎回理不尽だ。 なにせ前日にはオレを育て上げたと豪語する元家庭教師の誕生日があるのだから。 派手好きな師との共同の誕生日など押して知るべしで、今年も盛大かつ盛況な13日となった。 元々派手好きではないオレだけど、毎年繰り広げられる2日続けてのパーティーには辟易している。 最初はこんなオレの誕生日を祝ってくれるのだからと嬉しかった。 しかし次第に誕生日がメインなのか、バカ騒ぎをすることがメインなのかが分からなくなり始めてからはこの2日が憂鬱になってきていた。 今日もあと10分ほどで終わりを告げようとしている。 リボーンの誕生日祝いだと先ほどまで呑めや歌えのお祭り騒ぎだった会場を抜け出し、やっともぎ取った2日の休日をわずかでも堪能したいとソファに寝そべっていた。 目を瞑ると昨日までの書類の山と抗議の電話が思い浮かぶ。 それに慌てて首を振ると、少しだけ自分のために時間を使わせてくれと呟いて目を閉じた。 きっと、次に起こされる時は自由な時間なんてないのだから…と。 ぬるま湯に浸っている時のような、身体から力が抜けていってしまいそうな温もりに包まれていた。 柔らかな匂いの毛布は手触りすら滑らかでいつまでもここで寝ていたいと思う。 けれど覚醒を促すように鼻腔をくすぐる甘い匂いに意識が浮上し、瞼がゆるゆると開いていった。 ぼんやりと眠気が残る眼を擦り辺りを見渡すと微妙な違和感を覚える。 いつもの自室なのに何が違うのかと寝起きで回転が鈍った頭で目を凝らしていれば、頭の上から突然声が掛った。 「おはようございます。ご主人様」 聞き覚えのある声。 美声というに値する低音と台詞に眠気も吹き飛んで顔を上げる。 「リボーン!」 そうリボーンだ。 しかしいつものブラックスーツではない。帽子もなく、レオンすらいない。 張り付いた笑顔というには板についた表情と着ている服装は、執事そのものに見える。 だけどリボーンなのだ。 違和感なんてもんじゃないほどの変わりように、オレはただただ目を剥いた。 そんなオレを無視する形ですまし顔のリボーンは腰を折るように頭を下げたまま訊ねてきた。 「本日は休暇ということで承っております。ご起床なさいますか?」 「え?あれ?」 今日はどんな趣向の遊びなんだと思っていれば、リボーンは堂に入った笑顔でそう問いかけてくる。 どうやらオレの休暇は確保されているらしい。 しかし、しつこいようだが相手はあのリボーンだ。 自分の欲求のためには、手間も都合もこちらの気持ちもお構いなしの傍若無人ぶりを発揮する最悪の家庭教師だということを忘れてはならない。 嫌というほど記憶と身体に染みついているオレがいうのだから本当だ。 部屋に影を落とす日の入り具合を見るに、おそらく今は午前中ということは分かる。つまりは早朝ではないということに驚きと、そして一抹の不安が過る。 そもそもリボーンがオレの意見を聞くなんて天変地異の前触れで間違いないのだ。 「…今日は何させる気なんだよ」 出来ることなら逃げてしまいたいが、どうせ逃げられないことも知っている。 ならば観念してリボーンの遊びに付き合った方が建設的だと無理矢理思うことにして訊ねれば、リボーンは下げていた頭をやっと上げて首を横に振った。 「何のことなのか存じ上げません。本日は私、リボーンがご主人様の御用聞きを務めさせて頂きたいと思います」 にわかには信じ難い台詞にベッドから転げ落ちそうになる。 お遊びにしてもリボーンには1ミリも得がないのに、何を思ってこんなくだらない『執事ごっこ』に興じるというのか。 表情の見えないポーカーフェイスはお手の元とはいえ、リボーンの意図もその後もさっぱり見えない。 ひょっとしたらお遊びにかこつけた訓練かもしれないと緊張に身を硬くしていると、手を差し出されベッドの上に座り直させられた。 いつの間にか背後に置かれていた大き目のクッションがオレの身体を抱き留めてくれる。 そこへ流れるような所作でベッドテーブルが現れて、先ほどの匂いの元が姿を見せた。 「フレンチトースト…」 とバニラアイスが添えられている。皿を彩るフルーツも、サーブしてくれている紅茶も、何もかもが自分の好きな物ばかりだ。 ぐうたらなオレは一度でいいからベッドで朝食を食べてみたいと常々思っていたが、ボンゴレのボスにそんな時間的余裕などありはしない。 本当にどうしてと叫びたいぐらい毎日が騒動だらけなのだ。 思い出すだけで頭痛がしてくる顔たちを頭を振ることで意識から追い出せば、目の前を手袋をつけた長い指が音も立てずに朝食のセットを終えた。 チラリと覗いたリボーンの横顔はまるで本物の執事のようにオレの世話に勤しみ、何かを企んでいる素振りも見せない。 これはひょっとしたら、今日のオレの誕生日に対するプレゼントなのかという気にもなってきた。 「どうぞ、お召し上がり下さい」 普段のリボーンとは違うきちんと前髪を後ろに撫で付けている髪型と、執事になりきっている表情からは何も読み取れない。 どんな企みがあろうとも今は聞きだせないだろうと諦め、口の中でいただきますと呟いて手を合わせた。 乗るしかないのは分かっているが、どうにも後が怖くて腰が引ける。 それでも鼻先に立ち上るバターとメープルシロップの香りに唆されて、一口大になっているフレンチトーストを口に運んだ。 「んっ!」 思わず声が漏れるほど驚いた。 ふわふわした食感と口いっぱいに広がる香り、甘すぎないほどよい甘みの次に少しだけ塩がきいている。 今まで食べた中で一番美味しい。 貪るように頬張ってから、そういえば誰がこれを作ったのかと気になった。 「なあ、これって誰が作ったんだよ?」 「私でございます」 当然だという顔で告げられた台詞に鼓動さえ止まりそうになる。一拍置いてからやっと飲み込めた会話に大声を上げた。 「えぇ!?」 いくらごっことはいえ、そこまでするだろうか? これが世界一のヒットマンの仕事なのか。だとしたら空恐ろしい。 完璧を喫するというリボーンの信念を垣間見たような気分で、それでも止まらない手の動くままに皿の上にフォークを滑らせていく。 寝起きからこれまでの騒動で目はバッチリ覚めたが、代わりに別方向からの衝撃で少しクラクラしていたオレは、無意識にフォークのままアイスを口に運んでいた。 フォークの間からすっと蕩けたアイスが零れ落ちる。 突然、胸元に落ちていく冷たさを感じて手からフォークが飛んだ。 「…大丈夫でございますか?」 残念ながら大丈夫ではない。 見事なまでに寝巻きも布団にもアイスと紅茶が飛び散って、ベッドテーブルごとひっくり返されている。 最後の一切れだったフレンチトーストに至っては床下に落ちていた。 「ご、ごめん」 せっかく用意してくれたのにと申し訳ない気持ちで顔を伏せていれば、リボーンの手が伸びて身体の上からテーブルと食器を片付けていく。 慌てて手伝おうと体を捩ると、リボーンの白い手袋がそれを遮った。 「お怪我はございませんか?…でしたらそのままの恰好で少々お待ち下さい。すぐに片付けさせて頂きます」 「いや、でも!」 「お任せ下さい、ご主人様」 フッと淡く浮かんだリボーンの笑顔に罪悪感が疼いた。 敬われることに慣れていないオレには、何から何まで過剰すぎてどうしたらいいのかすら分からなくなる。 返す言葉も持ち合わせないから、うんと頷くだけで精一杯だ。 それから、埃ひとつ立てない素早さでベッドの上と下を片付けたリボーンは、汚れたベッド上のリネン類を取替えようとして何かに気付いたように顔を上げた。 「申し訳ございません、ご主人様。お着替えの支度を忘れておりました」 「えっ!いや!ちょっと!」 無造作に伸びてきた手が寝巻きの襟を掴んでボタンへと落ちていく。 まさか小さい子供のように着替えまで手伝われるとは思ってもいなくて、伸びてきたてを払おうとリボーンの手首を掴んだ。 「ご安心下さい。ご主人様の好みは理解しております」 「ちが、」 誰も服なんて気にしちゃいない。もとより母親任せだった上に不恰好でなければ構わない程度しか興味はないのだ。 などという見当違いな言葉に惑わされている間に、リボーンはオレの手などものともしないで脱がしにかかってくる。 確かにベトついている寝巻きは気持ちが悪い。 何故か肌着も着ていないから直接胸元から腹にかけてアイスの湿り気とぬめりが肌に当たっているからだろう。 上から一つずつボタンを外されて、自分の貧弱な身体が晒されていく。それなりに育ちはしたが周囲がもっと育ったせいでいまだにひょろりとした印象しかない。 目の前でオレを剥いていくリボーンと比べれば情けないとしかいいようのない細さだ。 露わになっていく胸元の肉付きの薄さにため息が漏れる。 だから嫌だっていったのだとリボーンの顔を睨んでいると、ボタンを外しおわった手が今度は肩に掛かった。 その動きにいつぞやの夜を思い出して、自分でもびっくりするほど身体が跳ねた。無意識にリボーンの手を跳ね退けてベッドの端まで逃げる。 「い、いいよ!シャワー浴びてくるからこれ以上はいい!大丈夫だって!」 動揺しているのがバレバレなほどひっくり返った声でそう叫ぶと、寝巻を身体に巻き付けてベッドから立ち上がった。 逃げ出したい一心で端にいることも忘れ足を後ろに引けば、あると思っていたベッドがなくてお尻から落ちる。 ズドンと音を立ててベッド下へと転がっているオレを追うようにリボーンはベッドの上に乗り上げた。 「ご主人様?」 そう言って覗き込んでくる顔は全部忘れてしまったようにも見えて、それがポーカーフェイスの賜物だとしても悔しい。 自分ばかりあの時のことを覚えているようで、バカみたいだ。 ぐっと唇を噛んだことを見られまいと慌てて俯くと、横を向いて立ち上がった。 「ここ、適当に丸めといてくれていいから」 これ以上は顔を見ていられなくて、逃げ出すために浴室へと足を向けた。 2012.10.5 |