リボツナ | ナノ



14.




突然現れて、突然消えていく。
それもきっとリボーンが居たということすら記憶に残らないようにしていくのだろう。
ヴァンパイアの吸血行為を覚えている者は少ないのだとこの前獄寺先生から借りた本に少しだけ載っていた。
その本は古今東西のバケモノや妖怪、ツチノコなどの未確認生物を文献を紐解きながら解説していたものだった。

そこに記されていた話では、気配もなく現れたヴァンパイアが生娘に印を付けその印を付けられた娘は操られるままに毎夜ヴァンパイアに血を吸われていくとあった。
しかしほとんどの娘は血を吸い尽くされて絶命するとも。

それを読んで違和感を覚えた。印は付けられた。けれど血はあの針を刺した時にわずかに滲み出た一滴にも満たない一舐め分程度しか口にしてはいない。
いくら真祖とはいえそれくらいで乾きが満たされるとも思えない。

吸血行為は死ぬことのないヴァンパイアの唯一の生存本能ではないのか。
『乾き』というものがどれほどの強さで、どれほど抗いがたいのか知る術はないが、そこに在るために必要な行為なのだとしたら、それは人間の食事のようなものだと推測できる。

けれどそれに逆らってまでオレの血を頑なに拒むリボーンの考えはオレには計り知れない。
リボーンを縛る『何か』を知りたかった。

電飾を手渡すリボーンの手を握ると煩そうにこちらを見上げる。
ビスクドールのような整った顔立ちからは表情というものが見られない。元々乏しい表情が今はまったくといっていいほど見当たらなかった。

「オレを守ることがリボーンの仕事なんだよね。」

「ああ。」

「なら仕事の報酬は何?オレの血は…いらない?」

欲しい筈だと膝をついて目線を合わせても表情は変わらない。

「いらねぇぞ。報酬はお前以外の血だ。守る対象から吸血してどうする。」

そう素気無く返され胸の奥がチリリと焼けるように痛む。このままだと2度と会えないかもしれない。
嫌だと思った。
どうすればいいのか言葉を探していると、聞き覚えのない声が掛かる。

「ふーん、まだ吸ってないのかい?それならボクが貰おうかな。」

突然、オレとリボーンの肩越しに声が掛かり慌てて振り返るとフードを目深に被った子供が浮いていた。
そう空中に『浮いて』いるのだ。

「誰?!」

「誰ってこいつの……同胞ってヤツかな。認めたくはないけどね。」

はじめまして。と言う声には一片の感情も見られない。初めてリボーンと会った時のような違和感を感じながらも頭を下げるとフム、と口をへの字に曲げてふわりと腕の中に降りてきた。

「男だって聞いてたからどんなヤツかと思ってたけど悪くないね。ボクを抱っこさせてあげる。」

「ありがとう?」

リボーンより見た目が2歳ほど幼い子供は男の子か女の子か分からなかった。
腕の中にちんまり納まる小柄な身体を抱え直すと、それを見ていたリボーンの眉間の皺が深くなる。

「てめぇ、遅かったじゃねぇか。早く来いと言ったんだぞ。」

「早く来たじゃないか。ジャッポーネの裏側から飛んできたんだよ。本業も放り出してね。」

目元が隠されているにも拘わらずバチバチと火花散る視線の応酬にオレは慌ててリボーンに背中を向けて2人を引き離す。

「まあいい。オレが居ない間、ツナの警護を頼んだぞバイパー。」

「マーモンだって言っただろ。もうその名は捨てたんだ。」

拒絶するような声でそう言うと、さっさと行けよとリボーンを追い立てた。
チラっと振り返ったリボーンの顔がこれで今生の別れになるのではと思うと居ても立ってもいられない。
オレの視線から逃れるように教室から出て行くリボーンの背中に思わず声を掛けた。

「…っ、突然居なくなるのはなしだからな!」

その言葉に一瞬だけ止まるとすぐに何事もなかったように歩き出した。届かなかった声にマーモンを抱える腕に力が籠ると、教室から出ていくほんの手前で分かったというように振られた手に小さく息を吐き出した。
それを見ていたマーモンがフンと鼻で笑う。

「君の一族は変わり者が多かったけど、お前はその中でも一番変わってるみたいだね。」

「そうかな。」

「だろ。普通はボクたちを怖がったり、気味悪がって遠ざけるのに、君の一族ときたら誰も普通に接してくる。あまつさえお前はあいつが好きなんだろう?まったくもって変わり者だね。」

先ほど会ったばかりだというのに、ずばりと言い当てられて返す言葉もない。
ヴァンパイアというのは人の心の機微が見えるのだろうか。
顔を赤くして横を向いていると、小さな手がオレの頬を抓った。

「イテテ…!」

「ちょっと失礼だろ。言っとくけど読んだ訳じゃないからね。読心術なんて出来るのはあいつくらいのもんさ。ボクが敏いんじゃなく、お前が分かりやすいだけ。……それにしても、これだけあいつの匂いがするのに血は吸われていないのかい?」

「うん…」

いかにも驚いたと言わんばかりの言い草に返事の声が小さくなる。それを聞いた腕の中のマーモンはふーんと興味を惹かれた様子でまた訊ねてくる。

「お前の血はヴァンパイアやその他のモンスターにとって貴重で美味しいものだっていうのは聞いてる?」

「聞いた。なのにオレの血を受け取らないんだ。報酬って何?」

聞き返すと小さい肩を竦める。一人前に…と言いかけてやめた。
そういえば、見た目は子供でも中身はそうとは限らないのだと思い出したからだ。

「それも聞いていないのかい?やれやれ、面倒だな。……プリンはあるかい?」

突然そう言われ小首を傾げるとギブアンドテイクだよとニヒルに笑う。
時計を確認すると丁度3時のおやつの時間だ。

「プリンとクッキーでどう?」

「ムッ、チョコもつけて。」

我が儘な情報提供者にホットチョコを付けることで手を打って貰った。







オレの膝の上が気に入ってしまったらしいマーモンは、それからおやつも膝の上で食べさせながらとなってしまった。
それを見ていた園児たちが目をぱちくりさせて驚いた顔でこちらを見ている。

「今日はリボーン君、甘えんぼさんなんだね。」

「どこか悪いのか?」

と口々に声をかけてくる。驚いたのはオレだけだった。

「ちょっと、どういうことなんだよ?」

「ボクはまやかしを使うことが得意っていうだけさ。だからみんなにはボクがリボーンに見えるように術を掛けているんだ。」

「へー…ヴァンパイアって言っても色々違うんだ。」

「そう言うこと。ほら、早くプリン頂戴。」

あーんと小さな口を広げるマーモンにプリンを口まで運んであげると、それを見ていた京子ちゃんがそっと自分のクッキーをマーモンのお皿に乗せた。

「早くよくなってね!」

体調が悪いと誤解されたらしい。それはそうだろう。リボーンはオレの膝の上に乗ることもなければ、甘えたりもしなかったのだ。
にこっと京子ちゃんに笑い掛けられても頷くだけだったマーモンに返事を促す。

「ありがとう、は?」

「ムッ…ありがと。」

「どういたしまして!」

京子ちゃんの顔をじっと見ていたマーモンがポツリと呟いた。

「何、この子も君ほどじゃないけど綺麗な血の持ち主じゃない。だからあいつがボクを呼んだのかな。」

「え…京子ちゃんが?」

残りのプリンを食べている京子ちゃんをそっと覗き見ると、膝の上のマーモンがそうだよと頷く。

「そういえば報酬は何かと言っていたが、ボクたちはヴァンパイアだよ。血に決まっているだろう。」

「血って…」

「だからといって昔のように直接吸うなんて今時そんなことしないよ。足が付く。だから分けて貰うのさ、輸血パックでね。」

「どういうこと?」

さっぱり意味が分からない。手が止まったオレに痺れを切らせたマーモンがクッキーを自分で持ってもぐもぐ食べ始める。

「むぐ、なかなかだね。こうして人間の食事も摂るけど、あくまでこれは嗜好品に過ぎないんだ。そしてやたらに人を襲えない世の中だから、お前の血族から都合をつけて貰って血を調達している。真祖と言われるヴァンパイアはボクやリボーンをいれて知っているだけで7人。なりそこないを入れれば8人だけどね。報酬で繋がった縁てヤツかな。」

「それじゃ、血は欲しいんだ?」

「当たり前だろ。まあボクや他の同胞は手軽に手に入るからどうしてもの時だけ呼ばれるだけだけどね。あいつみたいにお前の血族の番人なんかじゃないよ。」

それだけ言うとホットチョコをぐいっと煽り、熱さにへの字に曲がった口の角度が深くなる。
番人という言葉に胸が抉られる思いがする。
どうして守るのか。どうして他の人の血は受け取るのにオレの血は拒絶するのか。

ヴァンパイアなのにあべこべな存在のリボーンは何を思って今まで過ごしてきたのだろうか。
やっぱり分からないことだらけだ。
オレはそれを聞く権利を持っているのかすら分からなかった。


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