13.傍らに在るリボーンの寝顔に今がどちらなのかが分からなくなった。 どちらが夢でどちらが現なのかはっきりしないほど、リアリティに溢れている。 前世だの生まれ変わりだのには興味もないし、信じてもいない。だからただの夢だと思うことにしていたのに。 小さいリボーンの肩に布団を掛け直し、音を立てないようにベッドから抜け出すとキッチンへと向かう。 帰りのバスの一件から記憶が飛んでいるところをみるに、リボーンに眠らされたのだろう。話し合う気はないらしいリボーンに何をどう話せばいいのだろうか。 寝室を抜け出し、冷たい廊下を裸足のまま歩いていくと足の裏の感覚がなくなっていく。 冷えた足でキッチンに辿りつくと朝日が差し込んでいた。 冬の柔らかい日差しがテーブルに置かれたままのグラスを照らすと短い影を作っている。 ヤカンを火にかけ何をする訳でもなく椅子に腰掛ける。 まだドキドキしていた。 あれは夢でこちらが現実の筈なのに、実はこちらが夢なんじゃないのかとさえ思う始末だ。 深くため息を吐き出し、それから最後の最後まで口を割らなかった夢の中の自分のことを考えた。 時代的には魔女狩りがあったと思われる頃だろう。 魔女なんて居る訳ないと思っていたが、ヴァンパイアも人狼も居るのだ、ひょっとしたら存在しているのかもしれない。 「それにしてもバカだよな…」 そんな時代に本物のヴァンパイアと心を通わせるなんて、物語の主人公だってやりはしないだろう。 分かり切っていた結末に、けれど笑うことなどできなかった。 夢の中のリボーンとオレはキスさえ交わしていなかったけど、好きになっていたらしい。 独りきりの淋しさ故か、はたまたただの同情だったのか…本当に死ぬまでリボーンのことを口外しなかったのだ。 最後まで守り通した約束に胸を張りたい気持ちがあった。 だが。 シュンシュンとヤカンから湯気が立ち上り、慌てて火を止めるとお茶の支度にとりかかる。 急須に母から送られてきた茶葉を入れ、2つのマグにお湯を注ぐと少し冷めるまで待つ。 廊下から気配がして慌てて顔を作ると後ろから声が掛った。 「寝ている間に消えるな。起こせばいいと言ってるだろう。」 「ん、そうなんだけどさ…家の中ぐらいなら平気だろ?」 にこっと笑うとリボーンの眉間に皺が寄る。一度失ったからだろうか。それともただの癖なのか。 それを訊ねることはしたくない。だってあれは自分じゃない。 人生にやり直しはないし、この気持ちは自分のものだ。 ただの夢なのか、本当にあった現実なのかを知りたいとは思わなかった。 訊ねれば壊れてしまいそうな危うい関係に疼く胸の奥を押し殺してお茶を淹れるとリボーンに手渡した。 「ご飯にするね。そろそろ出勤の時間だし。」 「あぁ。」 もの言いたげな表情のリボーンから顔を背けると声を掛ける暇を与えず、わざと忙しそうに支度を始めた。 ダメになってしまったモミの木の代わりに、去年まで使っていた模造品のツリーを出してまた一から飾り付けをしなおしていた。 昨日は突然倒れてダメになってしまったツリーを見て泣き出していた子供たちも、今日は新しいツリーに目を輝かせていた。 さすがに大きなツリーにポップコーンで飾りつけするのは貧相なので、去年と同じく電飾やリボンオーナメントを取り出してみんなで飾る。 当日はみんなで小さいロウソクに火を灯し、馬小屋で生まれたこの世の救世主の誕生を祝うのだろう。 幾度となく繰り返されてきた光景だというのに、今は何故か空々しく感じる。 オレの隣で電飾を手に飾りつけを手伝うリボーンという存在は、何を思って同じ季節を過ごしてきたのだろうか。 ずっと独りだったのだろうか。誰か想う相手はいたのだろうか。 それは誰?今でも生きている人間?それとも同じヴァンパイア? 考えだすと止まらなくなってきた。 これではダメだと頭を振って、リボーンに声を掛けると少しだけ離れることを許して貰った。 物言いたげなリボーンの視線を背中に貼り付けながらも廊下に出ると、丁度外から木の実を両手一杯に抱えた獄寺先生と山本先生が入ってくるところだった。 「おつかれ。いっぱい拾ってきたね。」 「そうなんスよ!こっちの松ぼっくり、金色に塗ったら豪華になりそうじゃないっスか?」 「あはは、本当だ。」 「オレの拾ってきた松ぼっくりも大きいぜ!」 「うん、いいね。」 年が同じということもあり、この2人の先生たちとはついタメ口になってしまう。 それでいいと笑う2人に、今はホッとする。 ここにオレが居るのは夢じゃないんだと、そう思える。 一通り採取した木の実を見せてくれた獄寺先生は、オレの顔を見てうっと声を詰らせると妙な唸り声を上げ始めた。 「どうかしたの?」 「う〜…その、スね…」 珍しく歯切れの悪い返事に何か良くないことでもあったのかと慌てて顔を覗き込む。すると、勢いよく上げた顔は少し赤みを帯びていた。 「クリスマスの夜は暇っスか?」 「へ?」 「抜け駆けはずりーのな。」 「はぁ?」 獄寺先生と山本先生が肩で突き合って牽制し合っていた。 とりあえずクリスマスの日のことらしい。 とくに予定などないオレは別にないけど?と返すと2人がにじり寄ってくる。 「それじゃ、プチパーティしませんか?!どこか予約しときます!」 「オレんちすし屋だぜ!うちでよければ今からでも空けさせるのな。」 「バカ、誰がてめーんちなんか、」 「へぇ、山本先生んちすし屋なんだ。いいなあ、すしで一杯も。」 酒には強くないが、飲んでいる雰囲気が好きだった。 すしと熱燗と土瓶蒸も暖まるよなとにへらっと顔を緩ませていると、獄寺先生が慌ててフォローに入る。 「沢田先生がいいんならそうしましょう!」 山本先生と仲が悪いらしい獄寺先生は悪態を吐きかけてオレの言葉でコロッと変わった。 その様子にくすくす笑っていると、そういやチビはどうする?と山本先生が訊ねてきた。 「オレはその頃には居ねぇから安心しろ。」 といきなり声が割って入ってきた。 振り返るとリボーンが真後ろに腕組みをして立っている。どうやら遅いオレに痺れを切らせて覗きにきたらしい。 驚いたオレが声を掛ける間もなくまた教室へと戻ろうとするリボーンに駆け寄って小声で訊ねる。 「あれってどういう意味?」 斜め下のリボーンの表情は見ることが出来ない。 その問いにリボーンは平坦な声で応える。 「その頃には片付いているからな。それに、いつまでも一所にはいられねぇんだ。」 「そんな…」 言葉につまるとそんなオレを振り返りもせず教室へと足を踏み入れた。 保育士がいなかったせいで騒がしい教室の中を泳ぐように園児を掻き分け、飾りつけ途中のツリーの前で止まる。 足の早いリボーンにどうにか遅れずついていくと、ツリーの前で並び立つ。 「仲間がヤツらの根城を探り当てたと連絡が入った。今晩、仕留めに行く。」 突然の言葉になにも返すことができなかった。 . |