潜入の時間です 後こいつでも真剣な顔をする時があるんだなと場違いなことを考えていた。それが自分に向けられているなんて不思議な気持ちだ。 オレよりもまだ小さいと思っていた身体は、いつの間にかさほど変わらないまでに成長していたらしい。 後ろから抱き締める腕はまだ細いものの、これからの成長が伺える長さと力強さに狼狽えた。 本気なのかなんて問うても多分黙殺される。いつでも一度しか言ってくれないし、ヘタをしたら言ってさえくれないのだから今回も同じだろう。何でも一人で完結する癖を持つリボーンだから、気付かなければそのままだ。 だからこそ、その言葉の重みにドキドキと胸が高鳴る。 って、イヤイヤイヤ!今はそんな場合じゃないよな? 「ここ、抜け出してからじゃダメなのかよ…」 「そうやって毎回白を切り通せると思ってんのか?」 痛いところを突かれて押し黙るしかない。 だって答えてしまったら、リボーンとの関係が変わってしまうかもしれないのだ。それは嫌だった。 リボーンのことが好きだと思う。その好きがどこの感情からきているのかを知るのは怖い。傍にいて欲しいと思う気持ちに色を付けてしまうことを自ら禁じたのはいつのことだったのか。 こちらを見詰める瞳が揺らがないことにバツの悪さを感じて視線を逸らす。逃げるように俯いたオレの顔を見続けているリボーンは無言のままだ。 外が少し騒がしくなったことに気付いて気配を探るために顔を上げると、オレの身体に巻きついていた腕が解けて縛られたままだった縄にリボーンの手が伸びる。 しゅる…と音がして、次に今まで腕を戒めていた圧迫感が消えた。 「これでお前は自由だ」 「え…」 まるで何事もなかったかのようにいつもの無表情で脱ぎ捨ててあったドレスを掴み取る。何も見えない表情にひとり置いてきぼりを喰らったオレは、やっと縄を外された腕よりも人形のように感情のない貌をしたリボーンが気になってドレスの裾にしがみ付いた。 「まっ、てよ…!」 「どうした?」 驚いたような顔でオレを振り返るリボーンは、本当に今までのことが嘘だったみたいに目を瞠っている。だから、分かった。 「なあ、待てって!オレ、リボーンみたいにすぐに決められないよ。ダメツナなんだぞ!」 最後の一言に小さく笑った口元を見て、勇気を振り絞って畳みかける。 「何回もなかったことにしたことは悪かったと思ってる。ごめん。…だけどお前だって悪いんだからな。いつも人のことからかってばっかで、本気だなんて信じられなかったんだ」 オレの返事がなかったことが返事だと思ったのだろう。だけどそれは性急すぎる。自分は状況を把握するまで時間をかける癖に、オレには即座に答えを求めるなんて性質が悪い。 なじるようにリボーンの目を見て睨んでいると、肩を竦めたリボーンがドレスを小脇に抱えたままオレの座るベッドに膝をかけて顔を近付けてきた。 今にもくっ付いてしまいそうなほどの距離に逃げ出したくなったけれど、そこを堪えて視線を重ねる。 「どうしたら居なくならない?」 傍にいて欲しいと言葉と視線で伝える。鈍いだの、ダメダメだのと散々言われているオレだけど、ここで手を離したらリボーンが消えてしまうことだけは分かる。 それは、それだけは、嫌だ。 シーツの上で握りしめていた拳の上に自分以外の手が触れた。手の甲がヒヤリと冷えたことに驚いて身体を震わせていると、羽が触れるように柔らかい何かが唇に触れた。 温かく湿った感触につられるように唇を寄せる。 触れるだけの口付けを繰り返していく内に徐々に熱がこもり、重ねた唇が角度を変えて深いものになっていく。 こういうことをリボーンとすることに嫌悪感も違和感もない自分を再確認して目を閉じた。 外の騒ぎは一層激しさを増しているというのに、こんなことをしていていいのだろうか。 いいわけがないと知りながらも離れることが出来なくて、与えられる刺激にか細い息を吐き出せば、それを塞ぐようにまた舌を差し入れられて何も考えられなくなる。 リボーンを手放したくないという気持ちはただのエゴじゃないのか。ボンゴレに縛り付けておくことなんて出来ないという言い訳もどこかに消えた。 手の上に置かれていたリボーンの指が腕を伝って肩へと這わされる。口付けをしたまま肩を押されて、ゆっくりとベッドの上に押し付けられた。 ドキドキしているのに、意外にも落ち着いている。照れや理性を追い払って求めるように手を伸ばす。 目の前にいる存在を欲していることを知らせるために首に腕を回して自ら舌をからめた。 唾液の混じる音に興奮している自分に気が付いて手を緩めると、それを見越したようにリボーンの手に掴まれて指を絡め取られる。重ねた手の平が少し冷たくて、何をしているのかをリアルに感じた。 気持ちいいと思う自分に嘘を吐けないと閉じられていた視界を広げたその瞬間、リボーンの背中の向こうにある扉が開いた。 「10代目!リボーンさん、しっぽを掴みまし…」 「ッッッ!」 突然現れた侵入者に目を見開くオレと、何が起こっているのか分からないといった表情の獄寺くんと。それから絡ませた舌をべロリと舐めてから、やっと唇を離したリボーンがオレの上から身体を起こした。 「じゅ、じゅじゅ10だいめぇ」 こんな情けない獄寺くんの声をオレは聞いたことがない。飛び込んできた格好のままで固まっている獄寺くんと、いいようにのせられたことに気付いて顔を赤くしたオレにニヤリと笑いかけると、リボーンは落ちていたドレスをオレの顔の上に放り投げた。 「よくやったな、獄寺。ツナが囮になったお陰ですぐに裏が取れただろ?」 どうやらオレが動くことをリボーンは分かっていたらしい。分かっていて、オレを餌に裏切り者たちをあぶり出したという訳か。 しかもオレを救出するという大義名分で乗りこんできたのも関わらず、それをオレに知らせないばかりか、その時間を利用してオレに揺さぶりをかけてきた。 「なしだからな!今のはぜんぶなし!」 お前に言わされたんだからと首を振って否定すれば、それを鼻で笑って着替え始める。 「全部か?オレに舌を絡めたことも、オレの首に腕を回したこともか?」 「んなっ?!!」 リボーンの言葉に何故か悲鳴を上げた獄寺くんは、オレをチラリと見るなり鼻を押さえて倒れ込む。 「ちょ…えぇぇえ?」 よく見ればリボーンによって脱がされた上着やスラックスが床に散乱していて、身体を覆うものといえば、先ほど放り投げられたリボーンのドレスだけといった有様だ。だけど女の子じゃあるまいし何に獄寺くんが興奮したのかさっぱり分からない。 そこをいつものブラックスーツに着替え終えたリボーンが顎をしゃくって早く着替えろと急かしてくる。 「何でドレスを着なきゃならないんだよ!さっきのジャケットとスラックスでいいだろ!」 「本当にいいのか?ぐちゃぐちゃのしわしわになってんだぞ」 言われて床の上を覗けば確かに着てきた洋服はもう一度袖を通すことも憚られるほどの状態になっていた。 リボーンが来るまでの間に殴られたり蹴られたり、お世辞にも綺麗とは言い難い床の上に転がされていたせいだろう。自分で選んだジャケットやスラックスは、自分の身の丈に合った安物だったせいかもしれないが。 無言でドレスを手にしたまま顔を上げずにいれば、リボーンは自分だけいつものように黒い帽子まで被って肩を竦めた。 「それ以前に立てるのか?」 「はぁ?なに言って、」 リボーンの特訓じゃあるまいし、それほど酷く殴られてはいないと立ち上がろうとして愕然とする。 「……立てない」 足に力が入らないことに焦って縋る思いで顔を上げると、確信犯的な笑みを浮かべたリボーンがオレの顎に手をかけた。 「気持ちよかっただろ?」 「え?あ…ああぁぁあ!!」 意味深長な口ぶりに先ほどまでのキスを思い出す。蕩けるほど気持ちよかった口付けは確かに誰とするよりよかったけれど、それでもこんな風に腰が抜けるなんて思ってもみなかった。 自分が思っていたより溺れていたことを思い出して、恥ずかしさに顔を赤らめていれば、床の上に転がっていた獄寺くんがようよう立ち上がってこちらに声を上げる。 「…10代目、もうお時間がありません。掟を破った裏切り者に断罪を」 このまま有耶無耶にすることだけは出来ない。それを許せば組織としての体裁が崩れていく。 そうすればボンゴレの秩序は荒廃し、暴力と権力者に都合のいい秩序がまかり通る。 それは自分の望むものではない。 ブルブルと頭を振って気持ちを引き締める。けれど身体は相変わらずオレのいうことを聞きそうにない。 虚像よりも実を。それをオレに教えた元家庭教師の顔を見上げた。 「オレと同じぐらいの身長でよかったな」 どうにも図られた気がするも、この歳になってまで下着姿で出歩くことも出来ないからため息を吐く。手にしていたドレスをやけくそで被り、袖を通してリボーンを睨んだ。 「責任取れよ!」 手を広げて抱きかかえることを要求すれば、リボーンは恭しく頭を下げるとオレの背中と膝裏に手を伸ばした。 「ちなみにオレは成長期だからそいつはもういらねぇぞ。よく似合うからツナにくれてやる」 「いらないよっっ!」 忌々しいまでに厚顔に言い放ったリボーンはオレとさほど変わりない体格のくせに軽々とオレを抱え上げる。そんなリボーンの顔を横から見て、ふとあることに気が付いた。 これもリボーンにオンナにされたってことなのかな、と。 終 2012.04.13 prev|top|next |