リボツナ | ナノ



12.




窓を破って逃げていった人狼のせいで、バスに乗り合わせていた乗客は警察の事情聴取を受けることになった。
けれど誰ひとりとしてあの人狼を覚えているものなど居なかった。
突然ガラスが割れ、そしてその音に驚いた運転手が慌ててブレーキを踏んだという調書しか取れない警察は帰宅時間で込み合う道路にパトカーを並べ、乗客ひとりひとりに声を掛けていた。

その輪からリボーンに手を引かれ歩き出す。
誰からも警察からも声を掛けられないところをみると、どうやらリボーンの仕業に違いなさそうだ。
そこにオレとリボーンが存在していることすら気付かれないまま、堂々と人で込み合う道を抜けだした。

手を握ったまま前を歩くリボーンの背中を見詰め、どう聞けばいいのかを考えてどう訊ねても上手く聞けないことに声を掛けることを躊躇う。
そのままバスが走る道路を辿って歩いていると、ぽつりと前から訊ねられた。

「怖くなったか?」

そう問われて恐怖を感じていない自分に気が付いた。
ううんと首を振って否定すると前を歩く肩が竦められる。

「変わったヤツだな。普通は人喰いヴァンパイアだと知れば逃げ出すぞ?」

「違うよ。リボーンは人喰いなんかじゃない。」

顔を合わせないリボーンの肩を掴むとこちらを振り返ることもしないで歩を進めていく。
焦れったさに繋いでいた手を力いっぱい握り返すも顔色すら変わらなかった。
醒めた横顔を見詰めらがらも小走りでついていき必死に言い募る。

「人喰いならどうしてオレの血すら吸わないんだよ?契約?そんなのお前たちの前ではただの言葉遊びに過ぎないだろう?人間とヴァンパイアじゃ対等になんかなれっこないんだ。なのになんでそんなにも頑なに約束を守ろうとするんだ?」

契約だと言うリボーンに違和感を覚え始めていた。
そもそもヴァンパイアという種族にとって人間なんてただ餌程度だろう。なのになんで美味しい餌である筈のオレの血を吸うこともなく人狼から守ってくれているのか。
希少な血ならなおさら自分の餌にすればいいのに。

性行為ですら拒めず、リボーンの存在を受け入れている状況で血を吸われることも今のオレなら厭わないのに、それを拒絶するリボーンにいいようのない感情が湧き上がる。
夢と現の境界線が曖昧過ぎて、けれど夢の中のようにリボーンはオレを受け入れてはくれなくて自分が混乱していることも分からなかった。

「オレはリボーンとならどこへでも行くのに!」

そう言ったオレの顔を覗きこんだリボーンが顔に手を翳すとふっと意識が途切れていった。











お城の火の番がない休日は日がなゴロゴロしている…という訳にもいかず、父母の残してくれた田畑を耕したり収穫したりと生きるために精一杯の暮らしをしていた。
最近ではヴァンパイアが町の娘を襲うこともなくなり、領主からもお役目ご免を言い渡される日も近いだろう。

オレはといえば、これといった特技もなくまた要領も悪いのでどこかに出稼ぎに行くとか店番をするなんて出来はしない。
かといって腕自慢というほど腕っぷしに自信がある訳でもない。
これからどうしようかと溜息を吐きながら近くの井戸に水を汲みに行くと、井戸の前で子供が座り込んでいた。

「リボーン?」

「チャオ。相変わらずしけた面してんな。」

膝を抱えて座り込んでいたのはリボーンだった。誰かに殴られたのか顔に痣が出来ている。
どうしてこんな小さい子供を…と思いかけて気が付いた。
リボーンは子供なんかじゃない。
そして人間でもなかった。

それでも心配で傍に駆け寄ると他にも蹴られたのか足跡がついている。
手で埃を払いながら傷を見ているとリボーンに突き飛ばされた。

「近付くな。多分まだこの近くにいる筈だぞ。オレと仲間だと思われる。」

「そんなの知らないよ!オレはリボーンの知り合いで、知り合いが怪我をしていたら放っておくことなんか出来ないだけだ。」

突き飛ばされ、小石に躓いて尻餅をついてもまた立ち上がるとこちらを睨むリボーンに手を差し出した。

「オレんちに来いって。どうせ誰も居ないし、ついでに友だちも居ないしさ。」

差し出したオレの手を睨んでいたリボーンは、祈るように深い皺を眉間に寄せると瞼を閉じ、それからオレの手の平をパチンとひとつ叩くと自ら立ち上がった。

「しょうがねぇ、お節介野郎の世話になってやるぞ。」

「うん!」

オレの手を借りることなく、リボーンはよろけながらもオレの後に着いてきた。






家に着くと椅子に座らせて傷の手当を始めた。
だが傷は驚くほどのスピードで見る間に治癒していく。
汲んできた水で少し綺麗に拭いただけで治っていくリボーンに人間ではないのだと実感した。

「しかしさ、どうしてリボーンが人間じゃないってバレたんだ?しかもリボーンがやられるなんて何で?」

そう訊ねるとリボーンはちょいちょいと自らの足元を指差した。
最初はなんのことだか分からなかったが、それでもよく見ていれば違和感を覚える。
でも違和感の正体が分からず顔を顰めていると頭を思い切りよく叩かれた。

「バカが、影がねぇだろ。お前、本気で役立たずって言われねぇか。」

酷いがその通りである。容赦ないリボーンの罵倒に涙を浮かべていると、さすがに悪かったと思ったのか叩いた頭を撫でてくれた。
それにしても。

「ない、ね。」

「ああ、ヴァンパイアだからな。怖いか?」

そう訊ねる顔は平静を装っていても、瞳の奥が寂しげに揺れていた。
だからという訳ではなく、オレは頭を横に振った。

「ううん、ちっとも。」

答えれば瞬間歓喜に煌いて、それからすぐに瞳を閉じるといつものクールな顔でフンと鼻で笑う。

「やっぱり足りねぇんだな。」

「おまっ、酷いよ!」

抗議の声を受け流し、ツンと横を向いた顔が少しだけ赤くなっていたような気がした。
それでこそリボーンだと思う。
オレもリボーンも何がおかしいのか笑い出し、しばらく意味もなく笑い合う。

町一番のバカと人懐っこいヴァンパイアなんておかしな組み合わせだろうか。
だけど縁あって知り合ったリボーンとは波長が合って今更放り出すことなんて出来ない。
ただの知り合いじゃないし、友達でもない。
それでいいと思った。

「そう言えばリボーンがやられるなんてどんな猛者が相手だったの?」

なんとなく興味を惹かれて訊ねると嫌そうな顔をしながら教えてくれた。

「エクソシストだぞ。最初はオレに悪魔が取り憑いているといいだしやがって、クソつまらねぇ聖書と十字架を押し付けてきたんだがそれくらいじゃ何ともねぇ。そうしたらいきなり聖水をぶっかけやがって…身動きが取れねぇのをいいことに殴る蹴るだ。」

「へー…リボーンにも弱みはあるんだ?」

「……いっとくが日が昇っている間だけだぞ。夜なら平気だ。」

殴る蹴ると暴力を奮われたことより、弱みだと思われることが我慢ならないらしい。
負けず嫌いなんだなと頷いていると、耳をぎゅうと引っ張られた。

「いてて…」

「いいか、誰にもしゃべるんじゃねぇぞ。」

「喋らないよ!」

絶対に喋りはしないと誓ったことがその後の運命を変えようとしても、それだけは守り通した。


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