潜入の時間です 前ギシリ…と軋んだベッドのスプリングの音を顔の真横で聞いて、それから恐る恐る視線だけを自分の真上に向けた。 勿論そこには綺麗に引かれたルージュが迫っていて、しかもここ数ヶ月でまた成長した彼の小憎らしいほど整った貌がオレだけを見詰めている。 「勘弁してよ…」 「それは出来ねぇ相談だぞ。据え膳食わぬは男子の恥っつってな」 どこが男子だ。というかこの状況でどうしてそんなことが言えるのか。 オレの上に跨るリボーン先生は何時にも増してお綺麗なドレスを身に纏い、これまた特殊メイクじゃないのかというほどばっちりメイクをきめて不敵な笑みをたたえていた。 しかしその笑顔は裏のある、怖い笑顔だとオレはよーーっく知っている。心当たりなんてありすぎるほどあるから、目の前の先生に愛想笑いを浮かべてみた。 「え、えへっ。まさか潜入先に身元がバレるなんて思ってなくてさ……助かったよ、ホント!」 「ああ、だろうな。オレがてめぇの後ろに着いてったことも分からなかったみてぇだし」 ヤバい。これはオレの行動を見切られた上でかなりご立腹の様子だ。ヘマをしただけでなくそれをつぶさに見られていたということか。 ザーッと血の気が引く音が自分でも聞こえた気がした。 浮かべていた笑みも引き攣り、乾いた声が喉の奥に張り付いている。 「バカだバカだと思っていたが、ここまでバカだといっそ清々しいな。この前は逃げられちまったが、今回は邪魔も来ねぇ…いっちょここでスルか」 「ななな…なにを?!」 だからそういう場合じゃない。 なのにリボーンは返事もせずにオレの上に乗り上げた足を鳩尾に押し付けて、ジャケットの上から肩を掴まれた。身動きが取れない格好でリボーンの唇が眼前に迫る。 「オレのオンナにしてやるぞ」 酷く雄臭い笑みにゾワリと背筋が凍り付いた。 3時間ほど前の話だ。 オレの留守を狙ってボンゴレのシマで人身売買と薬を捌いていたのは新興マフィアなどではなく、国外のマフィアだった。 オレとリボーンとで叩き潰した組織の根城から見つけた手掛かり。その背後を洗っていた隼人の調査報告書に一点だけ不可解な部分をみつけ、それを再度洗いなおしてみれば…という訳だ。 だが確定的な証拠があがってこない。 マフィアというものは掟で縛られている。それは何者にも変え難い習性にも似た絆で、その法を犯す者には相応の罰が待ち受けていた。 ボンゴレの掟には代々受け継がれてきたものが幾つもある。そのひとつが『薬に手を出さない』、それから『一般人を傷つけない』こと。初代の時代からあるというその掟を破り、ボンゴレの眼前で掟を破られたことにオレはボスとして罰を下さねばならない。 国外のマフィアが何故ボンゴレのシマ内で商いを出来たのか。理由などひとつしかない。 同盟、関連ファミリーから末端に至るまでつぶさに情報をあげさせてみれば、意外なところから綻びがみえた。 ボンゴレの関連会社として孤児院と福祉を担当する会社の社長の親族が、どうやら抜け道になっていた。 ボンゴレからは直接手出しの出来ないクリーンな事業。それを逆手に取られた。 潰してしまえば預かっている子ども達の行く先がなくなってしまう。不況続きの世の中だから、わずかな資金繰りの途絶えでも孤児院などは命取りになりかねない。社長を解任してもその周辺も汚染されているから、多分変わりはないし。 ならばどうすべきか。 そうして思い付いた作戦がこれだった。 薬への耐性はあった。ちっともありがたくないがリボーンに身につけさせられていたのだ。主に死ぬ気になりながら薬を盛られること数十度、しかもシャマルのトライデントモスキートと相まって散々な目にあったこともある。 そんなことを繰り返していたら大抵の薬には免疫が出来るというものだ。 強制的に体質改善をさせられたオレは、だからこそそれを利用してやろうと思い付いた。 幸か不幸か20を越えたというのに私服でいればいまだ高校生に間違えられる童顔だ。しかもスーツを脱げばマフィアにすら見られない。 ……自分で言っていて哀しくなってきたが、ともかく潜入するにはうってつけだった。 下手に獄寺くんや山本に声を掛けようものなら、反対されることは知れていた。だから一人でやってきていたのに。 さすがに関連企業ということで面が割れていたのか、早々に男たちに取り囲まれVGを取り上げられてしまった上に、こうして手足を縛られて安モーテルのベッドに寝転がされてしまったのだ。 薬は効かないから大丈夫、痛みにはいまだに慣れていないが、それもあんな小物たちに屈してしまうほどではない。 先生のスパルタ教育の賜物だ。…全然ありがたくないけどね。 いざとなれば自力で死ぬ気になれるのだからと、様子を見るために大人しくしていればこれだった。 塞がれた唇の隙間からぬるりとした生温かい感触が口腔へと忍び込んでくる。不本意ながらリボーンとの口付けは一度や二度じゃないから、これが舌先なんだということは分かっていた。 だけど今はそんな場合じゃない。やめろと言うつもりで首を振って逃げ出そうとするも、リボーンの舌は追い掛けてきてまたすぐに塞がれる。 「ん…んン…っ」 喉の奥から漏れる自分の声に赤面した。か細く甘えるような響きを聞いて耳を塞ぎたくなる。 逃げ出す方法を探していたオレの先手を打ってリボーンの手はオレを顎を掴むと、口付けを深くしていく。 舌でねぶり、縮こまれば吸い付かれる。唇と唇の間から飲み込みきれなかった唾液が糸を引いて零れ落ち、その肌を伝う刺激に身体が震えた。 嫌味なほど手慣れたその仕草に心の中でぼやけば、オレの舌をべロリと舐め取ると口付けを解いて顔を覗き込んできた。 「誰がドスケベだって?」 「…そこは流せよ!」 一々オレの心の中まで読むなと言いたい。だけど毎回毎回こんな目に遭っているのだから、リボーンはよっぽど溜まっているのかと下世話なことを考えていれば、今度はスラックスの上から起立を掴まれた。 「ひ…っ!」 「溜まってんのはてめぇだろ?」 鼻先で笑われて耳まで赤く染まる。 リボーンの手の中で硬く膨らんでいた前を布地越しに撫でられて言葉もない。形を確かめるように強く押されて息を詰めると、唇から離れたリボーンの舌先は耳朶を舐めた。 ぞわりと背を這いあがる痺れにも似た昂ぶりは、行き場を求めて唇から洩れる。 吐きだした息の熱さと、中心から湧き上がる快感に瞼を閉じれば、それを了承と勘違いしたリボーンが手をベルトのバックルに伸ばした。 「ちょ…ば、だめ!やめろってば!」 オレの言葉を無視したまま、リボーンはあっという間にオレのスラックスを剥ぎ取ると下着に手をかけた。 芋虫のように手も足も出ない状況では抵抗のしようもなくて、それでもやすやす見せて堪るかと身を縮める。 そんなオレの上からため息とも呆れともつかない声が聞こえてきた。 「相変わらずガキみてぇな下着だな」 「うう…うるさい!何だっていいだろ!母さんが送ってくるんだよ!」 「それを何の疑問も持たず履いちまうところがいいっつーか、悪いっつーか」 自分でも少し心当たりがあるだけにグサリときた。ようはマザコンだといいたいのだろう。 返す言葉が思い浮かばなくて唇を噛んで睨みつけていると、先ほどのキスで剥がれ落ちたルージュを拭い取った腕がオレのジャケットに伸びる。 いつも着せられている上等なものではないそれを脱がし、シャツのボタンに指を掛けた。 「待っ、ちょっ……本当にする、の?」 気が付けばリボーンはカツラも取って、ドレスも脱ぎ捨てていた。オレの横に放り投げられたままのドレスはこれからを暗示しているようで空恐ろしい。 オレに跨った格好でボタンを外していく指先とリボーンの顔とを交互に眺める。最後のひとつを外し終えたリボーンの視線がオレの顔を撫でた。 「情けねぇ面してんな、イケナイ気分になるだろ」 「だって…」 こんな状況でなんて嫌だ。リボーンみたいに数をこなしてるとこんな状況じゃなきゃ楽しめなくなるのだろうか。 結局、リボーンにとってはオレなんて遊びのつもりなんだろう。だけどオレは違うのに。 素肌を直接触られてビクンと身体が跳ねる。 逃げようと身体に力を入れて首を振ることでリボーンの手を振り払うと、足を宙に蹴り上げてベッドの上に起き上がる。だけどリボーンからそう簡単に逃げ出せる筈もなくて、すぐに背後から手を回された。 「どうしても、嫌か?」 「ッッ!」 抱きしめるみたいに肩を抱かれ、身動きが取れなくなる。 オレよりガキの癖にとか、愛人がいっぱいなんだろとか、イヤイヤそんなこといってる場合じゃないんだよ!と叫ぶ声とかが頭の中でせめぎ合ってもうグチャグチャだ。 後ろから確かめるように顔を覗かれ、慌てて視線を逸らした。 「日本での成人式の件も、この間の2人きりの強襲の件でも…お前が嫌がるから諦めたんだぞ。さすがに3度も拒絶されっとキツイな」 リボーンの言葉に顔を上げて横目で様子を伺う。いつもは読ませない表情が少しだけ綻んで眉を顰めている。それがどういう意味を持つのかオレには分からない。 オレばかり非難されているようで、だけど素直になれないから迷う。 「だって、お前にとってただのお遊びだろ?」 訊ねればリボーンは驚いたように目を瞠った。 「遊びじゃなきゃいいのか?」 その問いにオレは動きを止めて、リボーンの顔をマジマジと見詰める。 「へ…?え、えぇぇ?」 まるで本気だと言わんばかりの台詞に声が裏返り、驚きのあまり逃げることも忘れてベッドの上に座り込んだ。 「オレが本気ならお前はどうする?」 子供とは思えないような貌で迫るリボーンに言葉を失った。 2012.04.12 prev|top|next |